狩猟大会 3
「お嬢様、やる気満々ですね」
「ちょっとね……。ところでさっきから気になってるんだけど……」
カポカポと馬の歩く音が森に心地よく響きながらも、ずっと気になっていることを聞いてみた。
「私の護衛多くない?」
「公爵様は過保護ですからねー」
ほほほと笑うリタは今回は私と同様のハンターコートを着ている。
私を挟むようにリタとテトが並び、その後ろにオスカーとウォルアン様。さらに後方にリリアン様と一緒に馬に乗ったセルシオさんに並ぶようにルキシオン。おまけにその後ろにレグルス騎士団からも数名護衛にあたっていた。
「――でねルキシオンさん。お姉様のドレスを作るのに素材や合わせるアクセサリーの話をするんだけれど、お姉様に単語が通じなくて、困ってらっしゃる様が可愛いの」
「お嬢様は、本当にそういった事に疎いですからね。王妃教育として受けた勉強内容はとても優秀だったと聞いていますが、リタがそちらは壊滅的だと呆れていました」
「そう、リタがとても心強いのよ。お姉様ってば隙あらば楽な格好で過ごそうとするから」
「ははは。想像できます」
「レオン様はそう言った点でもリタさんを信用していますからね」
リリアン様とルキシオン、セルシオさんのそんな和やかな会話が後ろからさっきから止まらない。
「……リリアン様は初級エリアが良かったんじゃないかしら」
「お嬢様の勇姿を見たいそうなので、……というか、リリアン様の護衛を引き連れて来たかったんじゃないでしょうか」
「みんな過保護だわ」
そう言うと、愛されてて幸せじゃないですかと二人に笑われた。
オスカーとウォルアン様は相変わらず楽しそうに話をしていて、二人が仲良く話している姿に思わず笑みが溢れる。
大好きな弟が、自分の新しい家族を好きになってくれたのが嬉しくて、胸が暖かくなった。
「オスカー様もここ最近腕を上げてらっしゃいますから、今回の狩猟大会のお嬢の好敵手っすよ」
「バカね、テト。あの子を侮ったことなんて一度も無いわよ」
そう言って、感覚強化をフルにした。
近くにあった一番背の高い木を駆け上り、そのまま飛べるところまで身体強化を使って飛び上がる。
母や、レオン、カミラ皇子や他の参加者の位置、魔物や今回の上位の獲物の位置を把握する。
着地した木の幹から、自分の馬に戻ると、オスカーが声をかけた。
「どちらに進みますか?」
「北東の方向に大きなクマがいるわ。その手前に高ポイントの『ルー鳥』。レッドボアの群れもいそうだから、せっかくだし頂きましよう」
「分かりました」
リタとテトを見ると、「「承知」」、と重なった二人の返事にサルヴィリオ騎士団で共に戦った感覚がよみがえってくる。
サルヴィリオを出て、一年も経っていないのに、懐かしいと思ってしまう。
そんな気持ちが二人に通じたのか、目が合うと、同じように二人とも不敵に笑った。
「行くよ!」
「「はっ」」
その言葉と共に、馬を全速力で走らせた。
***
「いやー、今夜はご馳走ですね。お嬢の手料理を公爵様に披露できますね!」
「……。しないわよ」
「え、僕ティツィアーノ様のお料理いただきたいです!」
「ウォルアン様のお口に入れるようなものではありませんよ!」
山と積まれたレッドボアを見ながら、話していると、そんな和やかな雰囲気が一瞬でピリッとする。
オスカーもその気配感じ取ったようで、さすがと感心する。
後ろにいたルキシオンと、セルシオさんもその気配を感じ取ったのか、全員が剣を抜いた。
二人はリリアンとウォルアンを守るように側に立つ。
当然オスカーの護衛はいらないということだろう。
「何頭だと思う?」
「三頭ですかね」
そう答えたオスカーの目はからは先ほどの少年らしさが消えていた。
「いくつ行ける?」
「全部一人で行けます」
そう彼が答えた瞬間、茂みから三頭狼が現れた。
と同時に、二頭が一瞬で地面に倒れる。
残りの一頭が後方のリリアン様達に向かって行こうとした瞬間、そこに到達することなく残りの一匹も倒れた。
「見事ね……」
「ありがとうございます」
嬉しそうにオスカーが微笑んだその時、東の方角から大きな奇声が聞こえた。
「お嬢様! 緊急事態の狼煙です!」
上空に上がる狼煙を見ると、会場に近い初級エリアの方からだった。
木の上に飛び乗り、身体強化をし、目を凝らす。
「そんな……」
「お嬢! 何事ですか⁉︎」
「まだ子供だけれど、レッドドラゴンだわ! このまま本部に向かう途中にレオン達がいるから合流しましょう!」
「「「「はっ」」」」
「レオン!」
「ティツィ!」
フィローラ皇女やウィリア帝国の高官達を連れながらレオン達も狼煙の上がる方角に戻っていた。
「レオン、レッドドラゴンです。広場には陛下がいらっしゃいますし、カミラ皇子も、あちらにいます」
「レッドドラゴン⁉︎ まずいな、サリエ殿は上級エリアの深いところにいるだろうし、トルニア殿も……」
「レオン、先に騎士団とそちらに向かってください。フィローラ皇女は私が安全に王宮にご案内しますので」
「分かった。……気をつけて戻ってくれよ」
「分かっています」
にこりと笑うとレオンが頬に軽いキスをして騎士団を連れて去っていった。
「オスカー、貴方はルキシオンを連れて母上と父上に報告しなさい」
「はい」
「セルシオさんは、後ろのレグルス騎士団と一緒にリリアン様とウォルアン様をライラ様とヴィクト様のところまでお連れしてください。私はウィリア帝国の方々をご案内しますので」
「分かりました」
そう言うと、各々が馬を走らせて行った。
「一体この国はどうなっとるんだ!」
その時、後ろにいたベルモンド財務大臣が声を荒げた。
「まぁまぁ、大臣」
アストローゼ公爵はいつも宥め役に徹している。
「だいたい公爵も公爵ですぞ。貴方がお目付役としてここにき来たのに、フィローラ皇女はやりたい放題ではありませんか。今日も今日とて部屋で大人しくしておれば……」
「そうですね、そうすれば貴方達が死ぬことも無かった」
「……は?」
きょとんとした顔のベルモンド財務大臣は何の事かとアストローゼ公爵を見た。
「今日、貴方達はここで死んで頂く。フィローラと一緒にね」
「な、何を言っておるんだ!」
「ニコラス、貴方……」
先ほどまでの、柔らかい表情が嘘のように、アストローゼ公爵は不愉快そうに顔を歪めた。




