狩猟大会 2
「レグルス公爵様を絶対に敵に回してはいけませんね」
「アストローゼ公爵様⁉︎」
クスクスという笑い声とともに、不意に声をかけられた方を振り向くと、ウィリア帝国の面々が狩猟際に参加するであろうハンターコートを着て立っていた。
「こんにちは。レグルス公爵、ティツィアーノ嬢。素敵な装いですね。さすがティツィアーノ様は騎士団長を務めていらっしゃっただけあって、ハンタージャケットを着こなしていらっしゃいますね」
「ありがとうございます。アストローゼ公爵様も素敵なお召し物ですね。……フィローラ皇女も参加なさるのですか?」
フィローラ皇女は、シックな臙脂色を基調としたハンティングジャケットに、金糸の刺繍がされ、凛とした中にも女性らしさが滲み出ている。
「ええ。せっかくですもの。参加させていただきたくて」
にこりと微笑む彼女に、今回の戦利品を貢ぐ男が山ほどいることだろう。
「僕は、あんな事があったから大人しくするように言ったんですけど……『無法者に屈する必要はない』……と」
アストローゼ公爵は、申し訳なさそうに笑いながら言うと、フィローラ皇女がレオンに満面の笑みを浮かべる。
「だって、私のことを全力で守ってくださるっておっしゃったもの。そのお言葉、信じてもよろしいのですよね? 王国騎士団団長、レオン様」
「フィ……フィローラ!」
私とフィローラ皇女を交互に見るアストローゼ公爵様が困ったように声を上げる。
「もちろんですよ。フィローラ殿下。王国騎士団の名にかけて、必ずお守りします」
そのレオンの言葉に、思わず無意識に自分の指輪に触れた。
その時、ファンファーレが鳴り響き、国王陛下が中央に進み出た。
王妃陛下と、アッシュ殿下も一緒だ。
「諸君。今日は久方ぶりの参加者もいるようで、明後日に控えたアッシュの立太式の為に参加してくれた来賓客も多い。怪我のないよう楽しんでくれると嬉しい。さて、優勝商品であるが、この度ウィリア帝国から土産として頂いた『妖精の涙』を一つ、此度の優勝者に名誉とこれを授けようと思う」
『妖精の涙』。たった一度だけどんな傷でも、どんな病気でも治してしまうという宝石だ。
瀕死の状態でも治してしまうソレは、クラーケンの魔石百個が相当数。
治癒魔法師でもリタのように傷のみ治療ができたり、病気や毒のみの治療に特化したものもいるが、全てに対応できる神官や治癒魔法使いは稀だ。
竜種の魔石と同等の、希少価値の高い宝石だ。
「妖精の涙か、初めて見るな」
「私もです」
レオンの言葉に、同調する。
彼ほどの高位の人が見たことも無い魔石ということが納得できるほど稀な石なのだ。
「確か、治癒以外の使い方がありましたね……」
「あぁ、……それは!」
思わず視線を合わせ、二人でハッとする。
その時、陛下が、黒のビロードの箱の蓋を開けると、歓声が上がった。
どんぐり程度の小さな石は雫型になっていて、ダイヤのように繊細なカットが施されているようだ。
キラキラと虹色に光を反射する『妖精の涙』に、誰もが感嘆の声を漏らす。
「あれは……加工したものなのかしら、それとも……」
「原石ですよ」
私の言葉に被さるように、アストローゼ公爵が言った。
「あちらは原石のままであの美しさなのです。石の大きさに多少の違いはありますが、カットされたように見えるのもまた原石なのです」
その言葉に驚く。
「何もされていないのにあんなに美しいのね」
「はい、まるで我が国の皇女殿下のようだと国民は口を揃えていうんです」
「え?」
「そこにあるだけで、誰をも惹きつける美しさは、我が国の誇りです」
にこりと笑うアストローゼ公爵は本当に自慢気だ。
その後、今回の狩猟祭のルールや、獲物別における点数等の説明が行われた。
珍しい生き物は高得点で、小さな野うさぎなどと比べると何十倍も異なってくる。
また、国王陛下自らが用意された魔物は『サンダーバード』と発表があったが、獰猛な鳥ではなく、電光石火のように動きが素早い魔鳥で、並大抵では捕えることは出来無いだろう。
また、奥に行くほど、魔物は多いというが、魔の森ほどの強大なものはおらず、比較的討伐しやすい魔物がいるという。
エリアも初級、中級、上級と分かれており、万が一のために騎士団も配置されている。
また、獲得点数については、冒険者が使う魔物別ランクで正当性を図るとのことだった。
更に、今回の大会で自分で仕留めた獲物や魔石は、狩った者の好きにしていいことになっている。
普段、あまり魔物のいない領地で暮らしている貴族は、魔物を狩る気満々で、いつもは市場に出回る物を購入しているので、自分の婚約者や恋人、妻に自分で買った魔石でプレゼントを……と考えている人も少なくはない。
「ティツィアーノ嬢やお母上は、どのエリアを回るのですか?」
「母は当然上級エリアですが、私は弟と中級エリアを回ります。初級エリアは他の御令嬢方のお邪魔になりますし、私は上級というほどのものではないので」
「またまた、ご謙遜を」
「いえ、今回は黒竜の剣も持っておりませんし、レオンに頂いたこの弓矢で頑張ろうかと」
そう言うと、アストローゼ公爵の視線が私の背中の弓に移った。
「綺麗な弓ですね」
「ありがとうございます。あまり実践向きに見えないかもしれませんが、小さなウサギや狐を狩るには十分なんですよ。それに私にも心強い護衛が付きますから」
そう言うと、そうなんですね。と彼は頷いた。
「アストローゼ公爵様はどちらのエリアに?」
「私はウィリアステリア帝国のメンバーと一緒に中級エリアに行くフィローラのお供です」
「レオン達がいるから安心して楽しんでくださいね」
そう言うと、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「あの、ティツィアーノ嬢。……フィローラが申し訳ありません。僕もこの国にきてレグルス公爵にお会いするまで彼女の気持ちを知らなかったものですから……。ご不快にしてしまって……」
「とんでもないことです。我が国に足を運んでくださったお客様をお守りするのは王国騎士団の勤めですから。私も……分かっていますから」
そう言うと、彼は少し安心したようにありがとうございますと、微笑んだ。
そうして、狩猟大会開始の合図と共に各々が獲物を求めて王家の森に入って行った。




