一時の休息
「ルーイさん! 今日娘さんとお昼からお祭りに行ってもいいですか?」
朝一番に朝食を食べ終わったルーイさんを見つけて声をかけた。
レオンはすでに王国騎士団に昨日の件で調査のために朝早く出て行った。
私も午前中はドレスのサイズ合わせがあるのだが、それが終われば午後が空くので聞いてみたのだ。
「無理して頂かなくて大丈夫ですよ? ティツィアーノ様もお忙しいでしょうし」
「いえ、大丈夫です。私も気分転換がしたかったので、一緒にいければと思ったんです」
そう言って、ルーイさんのドレスの横に隠れるようにこちらを伺う可愛らしい女の子の前にしゃがみ込む。
「こんにちは。私ティツィアーノっていうの」
「ミミ……です」
「ミミね! 上手にお名前言えるのね。今日はママがお仕事している間私とお出かけしない? 美味しいものや面白いものが沢山あるのよ」
そういうと、ミミはチラリとルーイさんを見上げた。
「行きたい?」
ルーイさんが尋ねるとミミは小さく頷く。
「では、お言葉に甘えてもよろしいでしょうか。どうぞよろしくお願いします。……お祭りなんて、連れて行ったことがないので喜ぶと思います」
ふわりと微笑むルーイさんはミミの可愛らしい頭を優しくなでる。
「ではミミ、あちらでお出かけの準備しましょうか」
そう言ってリタがミミを連れていく姿をルーイさんが優しく見ている。
「ふふ。あの子、今は大人しいですけれど、慣れたらワンパクなんてモノじゃないんですよ。何にでも興味を持つ子なので、すぐどっか行っちゃうんです」
「ネロ君が動き回るようになったらもっと大変ですね」
「本当に」
ふふふ、と笑うルーイさんの表情がふと陰った。
「……実は、今回こちらに子ども達を連れて来るのを迷っていたんですけど、やっぱり連れてきて良かったです」
「え?」
「ミミは主人が亡くなってから手がつけられなくて、そんな中ネロを産んで、……どうして私の人生うまく行かないんだろうって。毎日私の言う事なんて聞いてくれないし、予定通りにいくことなんて何もなくて、あの子たちにしてあげたいことが沢山あるのに、時間を言い訳にしてやれなかったり。イライラもしてしまうんですけど、……それでもこの子達の笑顔に沢山救われているんです。だからどんなに辛くても、毎日あの子達の寝顔を見るだけで頑張ろうって思えます」
ご主人を亡くしてこどもを一人で育てるのがどれだけ大変かだなんで想像も出来ない。
ほぼ同時期にお父さんまでも体調を崩して……。大変だったでしょうと言葉にするのは簡単だけれど、私が言葉にすると、軽いものになりそうで何も言えなかった。
「こちらに来て、臨時のお仕事も頂けたので、子ども達に王都での思い出を何か買って帰ることができます」
そう微笑むルーイさんは嬉しそうだ。
「あ! それから『例の物』もできていますので、後は……」
その言葉に私も力強く頷く。
「はい、こちらも準備出来次第お渡しします!」
「楽しみにお待ちしておりますね」
ルーイさんは私の真剣さがツボだったようで、おかしそうに笑った。
賑やかな町は、人で溢れかえり、熱気に酔ってしまいそうだ。
国内外からの集まった人たちで王都はいつもとまた違う雰囲気が漂っている。
「ティツィアーノ様! あれなぁに⁉︎ お祭りには雲が売られてるの⁉︎」
「ふふ、ミミ。あれはね、あまーいあまーい雲なの。お口に入れると溶けちゃうのよ」
街に来るまでの短時間でミミは私とリタに打ち解けてくれて沢山話をしてくれるようなった。
「え⁉︎ 食べたい! お祭りって魔法のお菓子を売ってるのね!」
ミミが頬を染めながらそんな可愛い事を言う。
「お嬢様、嘘を教えてはいけませんよ」
「何言っているの。私たちだってルキシオンにそう思わされていたじゃない」
「まぁ……そうですけど」
「ママやネロも一緒に来ればよかったのに」
ミミは少ししょんぼりしながら言った。
一歳のネロはライラ夫人と一緒にお留守番をしている。
ルーイさんは流石にライラ夫人に子守をしてもらうのはと恐縮したのだが、「孫の面倒を見る練習がしたい」と言った為、誰も夫人
から子守りの役を取り上げることが出来なかったのだ。
「大丈夫よ、ミミ。お祭りは長いからママたちとも来れるわよ」
「そっか! じゃあミミがママたちに教えてあげないとだね!」
小さな手で作る握り拳の何と可愛いことか……。
そんなふうに張り切ったミミは、見たこともない大道芸や、露天に並ぶ食べ物や工芸品などに夢中になっていた。
「お、お嬢様……子供ってパワフルですね」
「そうね……。私体力に自信はあったんだけど……ミミ? ちょっとお休みしない?」
「はーい」
人混みを歩くのがこんなに疲れるものだなんて思わなかった。
耳にも、嗅覚にも刺激が多すぎて、疲労感がものすごいことになっている。
一日中訓練をしている方が実は楽なのかもしれないとすら脳裏を過ぎった。
近くの広場に空いてる場所を見つけ、腰をかけた。
リタは飲み物を買ってくると言って近くのお店に行っている。
ミミは持っていた串肉を美味しそうに頬張っていて、その一生懸命さに口元が綻んだ。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう」
買い出しから戻ってきたリタからジュースを受け取り、ふぅ、と一息ついて空を見上げると、どこまでも澄み切っていて……。
「良い天気ですね」
「そうね」
「「……」」
リタが今日お祭りに誘ってくれたおかげで大分気が晴れた。
何よりミミがいたことが大きい。
「そろそろ帰りますか? 明日の狩猟大会の準備もおありでしょう?」
「そうね、そろそろ……ミミ⁉︎」
今そこで、りんごジュースを飲んでいたはずの場所にミミがいなかった。
「いつの間に……⁉︎」
ほんの数秒。
気持ちが一瞬昨日のことに気が向いていたせいだと自分を叱咤する。
近くにあった木の見晴らしの良さそうなところに移動して、身体強化を最大にする。
目を凝らし、耳を澄ませ、ミミの匂いに集中する。
ところどころで起きている喧嘩、飛び交う外国語、このエリア一体に充満した食べ物の匂い、入ってくる情報量の多さに気分の悪さ
さえ感じてくる。
「ミミ……どこ?」
万が一の恐怖が襲ってきて、子供の面倒すらまともに見られないのかと、情けなってくる。
その時、「これ、ママへのお土産にしようかなぁ」と、ミミの声を捉え、その聞こえた先に目を凝らす。
「リタ! あそこ!」
アクセサリーの露天の前でちょこんと座っている、可愛らしい黒髪の後頭部が見えた。
目と鼻の先だけれど、あんな小さな子ではこの溢れかえった人混みでは一瞬で消えてしまう。
「「ミミ!」」
慌ててその店に駆けて行くと、振り返ったミミが私たちの名前を呼んだ時の笑顔に泣きそうな程安堵した。
「良かった……。さすがお嬢様です」
リタも安堵したようにため息こぼす。
ミミを抱き上げて立ち上がった。
「リタ、帰りましょう」
「ええ、そうですね……。お嬢様?」
安堵したのも束の間だ。さっき身体強化した時に聞こえた会話。
「レグルス騎士団に行くわ」




