来訪者たち
応接室に行くと、そこで待っていたのは、ベイリーツ宝石店のルーイさんだった。
「ご無沙汰しております。……突然のご訪問申し訳ありません。公爵様からご注文頂いた魔石のピアスと指輪が出来上がったので、お届けに参ったのですが……」
そう言って、ビロードの箱を出した彼女の横には、眠たそうにしている三歳ぐらいの女の子と、一歳ぐらいの男の子が腕に抱かれ、スヤスヤと寝息を立てている。
「申し訳ありません、子連れでいきなりお伺いしてしまって。娘のミミと、息子のネロです。王都に来たらまずご注文の品を一番にお届けしようと思っていたもので」
とても申し訳なさそうにしている顔を見ると、おそらく今日の結婚式が行われなかったことを誰かから聞いたんだろう。
お子さん達を別室で休ませるようレオンが指示すると、ルーイさんが申し訳ないと頭を下げた。
「とんでもない、ルーイ嬢こそ自ら、来て頂いて申し訳ない。お子さんと一緒に王都まで来るのは大変だっただろう?」
「あ、いえ、とんでもございません、公爵様。立太式なんて、滅多に見られるものではないので子供と一緒に少し王都に滞在することにしたんです。一週間ぐらいお祭りが続くと聞いて」
何でも、旦那さんは去年息子さんが生まれる前に、他界しており、一人で二人を育てているそうだ。中々子供に時間が取れないが、今回の依頼のおかげで特別報酬と少しの休暇を貰ったそうだ。
「その……この度は……」
魔物が現れて結婚式が行われないなんて誰が想像するだろうか。
話題を何か話そうとしてくれているのに、混乱しているのが手に取るように分かる。
きっと、「おめでとう」の祝福に来てくださったであろうに、申し訳ない気持ちにさせたこちらが申し訳ない。
「あの、宜しければ、ご注文のお品をご確認ください」
そう言って、置いてあったビロード生地の宝石箱を示した。
「着けても?」
「もちろんでございます。ティツィアーノ様のお指に合うかサイズ感等ご確認頂いて、必要であればお直しもいたしますので」
「工具を持ってこられているんですか?」
「はい、万が一お直しがあった場合モンテー……サルヴィリオ領に往復するのも時間がかかりますので」
きっと、『立太式』を見に来たと言うのは、万が一の直しの時間を確保するためのもので、気を使わないようにそういう事にしておいてくれたのかもしれない。
レオンがビロードの箱を手に取り、蓋を開けると、ダークブルーの魔石がついた指輪とピアスが鎮座していた。
シンプルだけれど、繊細なカットを施されたそれは、服装、季節問わず着けられそうだ。
「綺麗……」
思わずそう溢した言葉をレオンが拾う。
「気に入った?」
「はい、こんな素敵なものを作っていただけて嬉しいです。着けても良いですか?」
「私がつけよう」
レオンがそっと耳にピアスを着けてくれ、指輪は左手の薬指に嵌められる。
「似合ってるよ」
「ありがとうございます。サイズもピッタリです」
へへ、とあまりの照れ臭さに、笑ってごまかすように答えると、不意に左手を取られ、指輪にキスを落とされる。
「誓うよ。永遠に君だけを守り、全てを捧ぐと」
「レオン」
祈るような彼の声に、胸が締め付けられた。
「リタさん、……何か、思ってたより元気ですね」
「そうですね、セルシオさん。お嬢様さっきまであんなにベッコベコだったんですけど」
「公爵様も元気のないティツィアーノ様を見てへこんでましたし。二人とも部屋に閉じこもってる間に……あ! まさか!」
セルシオさんのその言葉にリタもまさかと呟く。
「あ、開いちゃいました⁉︎ お嬢様と公爵様の部屋にある、あの開かずの扉が!」
思わずぎくりと肩を強張らせるとリタの痛いほどの視線を感じる。
「ちょっと、黙っててくれる⁉︎」
リタを睨みつけながら言うも、自分でもわかるほど顔に熱が集まるのが分かる。
そんなやりとりをルーイさんがクスリと笑ったかと思うと、意を結したように口を開いた。
「あ、あの……、差し出がましいことかと思いますが、パールの飾りはどうなりましたでしょうか……、破損したと伺ったのですが」
「……リタ、持って来てもらえる?」
「かしこまりました」
奥から持ってきたパールの飾りは、見るも無惨な姿になっており、拾ってくれたであろう飛び散ったパールが小瓶の中に集められていた。
これを見るだけで胸が締め付けられ、鼻の奥がツンとして溢れそうになる涙をなんとか堪える。
「これは……」
息を呑んだルーイさんを直視することが出来ず、ただただ、ごめんなさいと言うしか無かった。
「せっかく、作って頂いたものを、このように……」
「パールは直りますよ」
「え?」
見上げた視線の先は満面の笑みのルーイさんだった。
「こんなになってるのに……直るんですか?」
「正直、白金の部分はここでは直せませんが、パールだけなら三日……二日いただければ直ります。今持っている工具では足りませんが、ここは王都ですし、すぐに必要なものが揃えられると思います」
「ほ、本当ですか⁉︎」
「はい」
レオンが私の為に用意してくれたものが一つでも身につけて式を行える事に、嬉しさが込み上げた。
「では、ルーイ嬢、お願いしても良いだろうか? 当然相応の費用は支払うし。その旨滞在が伸びることをベイリーツ宝石店にも伝えよう」
「ありがとうございます」
ルーイさんは、王都の中心からすこし外れたところで宿を取っていたそうだが、王都滞在中はレグルス邸に滞在する事となった。
治安が悪いという訳ではないのだが、子供を連れて往復するのも大変だし、安心して作業に集中出来ないだろう。
ルーイさんは「工賃も頂くのに、そこまでして頂く訳には」と言ってくれたのだが、休暇を返上で作業してもらうのだから、出来ることはしたい。
そうして、レオンはルーイさんの作業部屋や必要な工具、客間、子供達につけるメイドや、ベビーベッドなどものすごい勢いで用意を整えたのである。




