新婦の控室
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「お嬢様。晴れの日に相応しい天気でよかったですね。」
新婦の控室で、私の着替えやメイクをしてくれているリタがとても嬉しそうに言った。
「公爵様の贈ってくださったドレスも本当に素敵で、間違いなくお嬢様の為だけに作られたものですね。合わせるアクセサリーもお嬢様の美しさを際立たせていますわ。」
ドレスの刺繍の柄に合わせたティアラに、イヤリングにネックレス。
用意された香りの弱いトルコ桔梗のブーケは全て公爵様が用意して下さったものだそうだ。
細やかな気配りに彼の優しさを感じ、心が日向にいるような柔らかい温かさに包まれる。
「本当に愛されていますね。慣れない環境は大変だから、公爵家に嫁ぐのにサルヴィリオ家の侍女も一緒に連れて来ていいとまでおっしゃって下さるなんて。これからもお嬢様のお側にいられて嬉しいです。」
「私も嬉しいわ。不安に思うことがない訳ではないけれど、リタがいてくれたら本当に心強いもの。」
そう言うとリタが目に涙を溜めながらそっとヴェールを被せてくれた。
「……お嬢様なら幸せになれますよ。これまで……たくさん、たくさん努力されたから、アントニオ王子との婚約破棄はきっと神様からのプレゼントですよ。」
一拍置いて、思わず笑ってしまう。
「最高のプレゼントだわ。」
そう言いながら声に出して笑ったけれど、目に涙が滲んでいたのはきっとヴェールで見えなかっただろう。
「それに、間違いなく公爵家の食事は美味しいと思います。」
「リタはそればっかりじゃない。」
「だって、公爵様がここに用意してくださっているお菓子や軽食はとっても美味しいですよ。」
そう言って横のテーブルに並べられたタルトやピンチョスを指差した。
「どれもお嬢様の好きなものばかりですし、食の好みは夫婦生活に重要だと言うじゃありませんか。」
確かに私の好きなフルーツをふんだんに使ったお菓子や、クラッカーに載せたトッピングは私の好きなものばかりだ。
「美味しい食事は、人生をより豊かに、荒んだ心を潤してくれますから。」
そうど真面目な顔で言うリタはいつも私に美味しいものを薦めてくる。
彼女の気遣いだと気づいたのはいつからだったか……。
「そういえば、黒竜の剣はご実家に置いてきて良かったんですか?サリエ様がお嬢様にと用意された剣なのに……。」
あんなに立派な剣なのだ。後を継ぐオスカーが、使うべきだ。
「良いのよ。もう戦うこともあまり無いだろうし、オスカーが団長就任時に使ってくれたら嬉しいわ。」
そう言うと、リタは小さく「そうですか。」と言った。
「あら、もうこんな時間。私は最終確認に行って参ります。すぐ戻りますが、何かありましたら外にいる騎士にお声がけ下さいね。」
そう言ってリタが出て行った直後、入れ替わりでノック音がした。
「はい。」
「リリアン=レグルスと、ウォルアン=レグルスです。ご挨拶させて頂いてもよろしいですか?」
リリアン様とウォルアン様といえば公爵様の十歳の双子の弟妹だ。
慌てて立ち上がり、「どうぞ。」と言って入室を促した。
「初めまして、リリアン=レグルス様、ウォルアン=レグルス様。ティツィアーノ=サルヴィリオと申します。ヴェールをかけたままでのご挨拶をお許しください。」
セットされたヴェールを自分では上げられない。下手に上げてティアラや髪飾りに引っ掛けるわけにもいかない。
「僕らの方こそ、お忙しい時間に伺って申し訳ありません。僕がウォルアンで、こちらが妹のリリアンです。式が終わったらすぐにハネムーンに向かわれると聞いて、早めのご挨拶をと思って来てしまいました。」
ヴェール越しに聞こえる少年の声は穏やかで、優しい。
薄い生地の向こうに見える二人は顔立ちがよく似ているが、表情は対照的だ。
ウォルアン様は穏やかに微笑んでいるけれど、リリアン様は口を真一文字に結んでいる。
そのリリアン様が花の蕾の様な綺麗な唇を動かした。
「……貴方、まさか自分がお兄様の一番だなんて勘違いしていないわよね?」
「……え?」
思いがけない言葉に自分の体が固まった。
じわりと足先から登ってくる不快な何かが全身に行き渡るのに時間は掛からなかった。
「リリアン!?何を言うんだ!?」
驚いたようにウォルアン様が彼女を窘めるが、リリアン様は気にする様子もない。
「お兄様には貴方なんかよりもっと、ずっと大事にしている人がいるっていうことよ。勘違いしないように先に教えてあげるべきだと思って。」
その途端、動揺が……私特有の能力、感覚強化を発動させてしてしまった。わずかな魔力で発動してしまうそれは、よくふとした瞬間に使ってしまうことが多々ある。
――――三つ隣にある新郎の控室の会話が私の耳を占領した。