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上手く行かない結婚式 2

「フィローラ皇女!」

 

 森の中で、今にも壊れそうな結界の中で震えていたフィローラ皇女達に襲い掛かろうとしていたフェンリルに火炎魔法をぶつけると、その光景に皇女の悲鳴が上がる。

 結界の外には、いつもフィローラ皇女の側にいた侍女が二人ほど、大怪我をして倒れていてた。

恐らく結界が間に合わなかったのだろう。


「お怪我はありませんか?」


 そう尋ねるとアメジストの瞳を大きく見開き、侍女たちに守られるように震えながら地面にへたり込んでいる皇女が小さな声で言った。


「あ……貴方。なぜここに……」


 「間に合って良かったです。リタ、狼煙を上げて。それから彼女達の治癒を」


「はい」


 そう言ってリタは、スカートの下に仕込んである諸々の中から連絡用の狼煙に魔法で火をつけた後、フェンリルに襲われたであろう地面に倒れ込んだ女性の治癒を始めた。


 今の不意をついた一撃がフェンリルを昏倒とさせているが、私程度の攻撃で簡単にやられてくれはしない。

動けない女性たちを治癒するまで結界を張りつつ戦うしかない。


「……残念だけれど、レオン様はこの結婚をお望みでないそうよ」


 「え?」


 唐突に言ったフィローラ皇女の言葉に思わず結界を張っていた手が固まる。


「『この結婚は執り行わず、貴方と一緒になりたい』と、彼の名前と家紋付きの手紙をもらったのよ」


 ざわりと不快な何かが駆け上がるも、新郎控え室ではレオンとセルシオさんの声が聞こえていた。



 そんなはずは無い。


 万が一、レオンの心が私から離れて、フィローラ皇女に心奪われたとしても、こんなひどい裏切りをするような人ではない。


 そう言い聞かせながら震える手で手紙を開き、そこに並んだ文字を見つめた……。


 手紙の中には彼女の言った言葉と、待合わせ場所が書かれていた。





「……これは、レオンの文字ではありませんよ」


 そう彼女に言うと、フィローラ皇女は言葉を失った。




「……は?」



 「その手紙はレオンが書いたものではありません」


「何を言っているの! ここに、レグルス家の家紋が!」


 彼女の指差したそこには確かに、獅子が胸に一つの星を抱いている家紋。けれど、細部が異なるこれはレグルス家の家紋ではない。


「違いますよ。それは似せて作られただけでしょう」


 レオンから何度も送られた手紙も、毎日部屋に飾られる花に添えられたメッセージカードも、何度読み返したか分からない。


 彼女の手元にある文字とは大きく異なり、綺麗で、それでいて力強い文字がレオンの文字だ。


 そう言うと、彼女はその場にへたり込んだ。


 こんなに有能な彼女がレグルス家の家紋を見間違えるだろうか。


 その時、フェンリルが唸り声を上げて襲いかかって来た。


 交わしつつ切りつけたフェンリルの足から飛び散った血が、ドレスにかかる。


 続け様にくる攻撃を避けながらも、いつもと違う足捌きの悪くなった裾を踏みつけてしまい、一瞬つんのめった。


 このままでは戦うことも、彼女達を守ることもできないと思い、動きにくいドレスの裾を太ももあたりから裂き、足元で広がっている邪魔なドレープを切った。


「リタっ……! 治癒はどう⁉︎」

「あと一人です!」



 私一人では彼女達に結界を張りながらフェンリルを倒すのは無理だ。


 襲いかかって来たフェンリルの爪を避け切れず、ドレスに飾られた真珠の飾りに当たり、真珠が弾け飛ぶ。





 キラキラと、目の前で真珠が光を反射している。



 あぁ、本当にどうしてこんなに私の結婚式はスムーズに行かないの……。




「お嬢様!」

「大丈夫! リタは治癒に集中して!」



 そうして黒竜の剣に通した魔力を一旦切り、氷結魔法で攻撃すると、フェンリルが間合いを取るために下がった。



「はぁっ……はっ……」


 上がった息を整えながらも、剣にもういちど魔力を流し、フェンリルを見据える。


「貴方……今から結婚式だというのに……」


 そう澄んだ声で、私に言うフィローラ皇女はこんな状況でも女神かと思う程完璧に美しい。


 月の光を依ったかのような銀髪に、紫水晶を思わせる澄んだ瞳は驚きで大きく見開かれていた。



 そこに立っているだけで、神々しさが滲み出ている。



「サルヴィリオ嬢。貴方のような女性は……レオン様には相応しくないわ」 



 冷ややかに言った皇女殿下の言葉に思わず唇を噛み締めた。


 殿下のような人がレオンの隣にはふさわしい。


 彼の側に立つのは私のようにドレスを着たまま、剣を振り回し、ウェディングドレスを裂き、泥と血で汚すような女ではない。




 一度失敗した結婚式。


 二度目までも……。





 「――そんなこと、私が一番分かっていますよ。皇女殿下」



 誰よりも、自分が感じている。


 それでも、ここから引くことなど出来ない。


 嘆くことなら後でも出来る。



 ひとつ、深く呼吸をして、目の前の敵に剣を向けた。


 フェンリルの攻撃を交わしながらも、全てを避けることが出来ず、なんとか致命傷となる攻撃を避けることだけに集中する。


 体力の限界を感じ、一旦殿下やリタ達の元に戻り結界を張るも、壊されるのは時間の問題だろう。


 それでも少しでも体力の回復をと呼吸を整える。


「貴方、もう限界じゃない。私の……侍女は放っておいて、貴方の侍女に治癒してもらいなさいよ!」


「私より彼女達の方が致命傷です。優先度が違います」


「……! なんなの? 恩でも売ろうっていうの? それとも私を憐れんでるの⁉︎」

「憐れむ?」



「そうよ。貴方はこの襲撃を偶然だなんて思っていないでしょう? 私だって、これがレオン様の名を騙ったものだったなら。……恐らく私の事業に反対する人たちの仕業よ……。国を出る時も、ここに来てからも脅しの手紙を何枚ももらったわ! 『生きたまま国に戻れると思うな』ってね……。国に戻っても敵だらけよ。味方なんていない」


「……それで、何故私が貴方を憐れむ事に繋がるんですか?」



「こんな……、こんな手紙に浮かれて、騙された私を憐れんでいるんでしょう? 貴方はいいわよね。女性でありながら、騎士団長として輝かしい人生を歩んできて、レオン様と結婚して。私の……気持ちも分かっているでしょう? こんな結果になって満足⁉︎」



「……貴方達を、無事に守り切れれば満足ですね」



 その時、フェンリルの攻撃で結界にヒビが入った。



 一旦結界を解除し、フェンリルに攻撃することで、意識を私に向けさせる。


「ぐ……っ」


 思った以上に体力は回復しておらず、まともに攻撃を受け、地面に叩きつけられた。


「貴女、どう見ても限界でしょう? もう良いわ! もう良いから!」



 叫ぶようなその声に、視線だけで彼女を見る。


「もう良いって何ですか?」


「え?」



「今の……私には……これしか無いんです。戦うことと、諦めないことだけが私にできる唯一ですから。貴方のように美しくも、才能も、女性らしさも無い。でも、レオンはそれでいいと言ってくれたから! ……ここで命も、貴方を守ることも諦めたら……っ」




  何も私から残らない。



「……助けてもらっても、感謝なんてしないわ」

「そんなこと望んでませんよ」




 その時、ドォンという衝撃と共に、目の前でフェンリルが動きを止めた。


「間に合ったかな?」

「カミラ皇子⁉︎」


 金の髪を靡かせながら、整いすぎた顔に笑みを広げて、再度雷撃をフェンリルに向けて放つと見事に直撃し、一瞬気を失ったフェンリルに背後からべレオ隊長の大剣の一撃によって、フェンリルは二度と動かなくなった。


 その光景を不敵に笑ったカミラ皇子が、そこに落ちていた小さな木箱を手に取った。


 その木箱は内側から押し開かれたように、蝶番が外に向かって曲がって壊れていた。


 小さな木箱の蓋についた、大きな魔石。そして、いるはずのない王家の森に、高ランクのフェンリルの出現。


 カミラ皇子から聞いたマジックアイテムに間違い無いだろう。




「あ、あなたが……」

「え、何? ティ……」



「あなたが狙われてるんじゃ無かったんですかー‼︎」

「え、第一声がそれ? 『カミラ皇子強ーい』とか、『カミラ皇子素敵』とか無い?」

「あるかー!」



 思わずその胸ぐらを掴むも、くらりと視界が歪む。


「おっと」


 安心からか、大声を出したからか、足の力が抜け、ふらついたところをカミラ皇子に背中を支えられた。

「お嬢様!」


 侍女達の治癒が終わったようで、リタがこちらにかけて来た。


「ああ、君か。早くティツィアーノの治癒をしてあげて。出血がひどい」



 その言葉に、リタが一瞬怯んだのが分かる。


「大丈夫よ、リタ。動けるわ。魔力の無駄使いしないで」



 本当はリタの魔力がほとんど無いことは分かっている。瀕死の人間を二人も治癒したのだから、消費した魔力は相当なはずだ。


「カミラ皇子、助けていただいたことは感謝申し上げます。けれど、なぜこちらに? 貴方にはルキシオンが護衛についていたはずでは?」

「あぁ、そのルキシオンが狼煙に気づいたんだよ。『リタがお嬢様の緊急事態を伝えるものだ』ってね。それで僕とべレオが先に来てルキシオンは君の母君に報告に行ったんだけど……」


「護衛するべき貴方を行かせるなんて」


「僕やべレオが報告に行ったって信憑性が低いからでしょ」



 そう言って、やれやれと首を振る。



「ティツィ!」


「レオン!」



 新郎衣装に身を包んだレオンが母とテトやルキシオン、騎士団員達を引き連れて現れた。

 私を目にしたレオンの瞳が揺らぐのが分かる。

 今、彼の目に私はどう映っているのだろうか。

 こんな格好で、剣を持って立っている私が……。

 レオンは自分の着ていたジャケットを私にかけると、私を抱きしめた。



「何があった? こんなになって……」


「お嬢! クラーケンの魔石です」



 リタの視線で察したであろうテトが魔石をこちらに差し出し、レオンがそれを受け取ると魔力を流し、治癒してくれた。


「ありがとう。テトも……、ふふ、いいタイミングで持ってたわね」


「お嬢が分けてくれてて良かったっすよ。……笑い事じゃないんすからね」


「一体、何があったんだ? フィローラ皇女までこんなところに……」



 地面にへたり込んでいたフィローラ皇女がビクリと肩を震わせた。


「あ、あの……」

「レオン。フィローラ皇女はウィリア帝国を出てからも、エリデンブルクに来てからも殿下の事業に反対する人達に脅迫されていたそうで、今回も脅されて誘い出されたそうです」



 そうレオンに説明すると、殿下が息を呑むのが分かった。


「そんな事が、殿下……ご相談頂ければ……」


「ごめんなさい、レオン様。我が国の事でしたのでお手を煩わす訳にはと思ったのですが、逆にご迷惑をおかけしてしまいましたね」


「そうでしたか……」



「レオン、母上、今会場はどのような状況ですか?」


「あ、あぁ。テトがお前が飛び出したと報告しに来て直後、警備に当たっていたルキシオンがここから上がった狼煙を確認して連絡に来た。格国の要人は全員避難させている」


「では、このまま調査に入れますか?」

「そうだな、フェンリルのような強力な魔物が出て来ては王国騎士団の威信にかけて調査が必要だろう。そうだろ? レグルス公爵」

「そうですね。すぐに調査団を編成させます」


 レオンはすぐ様後ろにいた王国騎士団員に指示を出す。


 私は、フィローラ皇女に近づき、彼女が立ち上がれるよう手を差し出す。



「フィローラ皇女、大変混乱されていらっしゃるかとは思いますが、当時の状況のお話をお伺いできますでしょうか? 一緒にいらっしゃった侍女の方もご一緒に」

「え?」


 そうフィローラ皇女に尋ねると、軽く目を見開いた彼女は何も答えず、年配の侍女が気まずそうに口を開く。


「い、今からですか? でも、貴方の式は……」

「今からです。完全な安全を確認できておらず、式を行える状況ではありませんし、それどころではないですから」



 今、ここにいる人達の視線を痛いほどに感じるも、ただ、淡々と現実を見ることしか出来ない。





「……分かったわ」



そう言った、殿下を立ち上がらせようとすると、フィローラ皇女は膝に力が入らなかったようで、カクンと崩れ落ちそうになるのを支えた。




「大丈夫ですか?」

「ええ。大丈夫よ」



 そう言いいながらも、彼女の体が震えているのが分かる。


 それもそうだろう、ウィリア帝国でほとんどいない魔物に襲われ、死ぬところだったのだ。



 気を失っていてもおかしくは無い。


「失礼致します」


 彼女の背中と膝下に手を添えて持ち上げた。


「えっ……」


 小さく驚く彼女の言葉に、「ご自身では動けそうにないので」と伝え、レオンのいるところに歩いて行く。


「レオン、フィローラ皇女をお願いします。……私は着替えてきますので」

「あ、あぁ……」


そう言って彼女をレオンに託し、私はリタとその場を後にした。

 

 

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