上手くいかない結婚式
雲ひとつない澄み切った空は、最高の挙式日和だった。
「お嬢様、とうとうこの日がやって来ましたね」
新婦控室でまたリタが涙ぐんでいる。
「ありがとう、リタ」
胸元で輝く真珠のネックレスにそっと触れながら、テーブルの上に視線をやる。
あの日と同じように、部屋にはトルコ桔梗の花が飾ってたあった。
今回レオンが用意してくれたドレスは以前のものとは異なり、この日の為に彼はたくさんのデザインを用意してくれていた。
時間をかけて試着をして、ドレスから小物に至るまで全て一緒に選んでくれた。
前回は全てが急で、君の意見を聞く時間もなかったからと、公爵家の仕事や王国騎士団長という多忙な業務の中でも時間を作ってくれたことに感謝しかない。
前回と変わらないのは、部屋に置かれたトルコ桔梗だ。
「やり直しですね」
私の視線を追ったリタがにこりと笑う。
「そうね。今度は……」
やっとこの日を迎えられたというのに、なぜか心のどこかに不安が燻っている。
「心配ですか?」
「え?」
「カミラ皇子の件もありますし、今日はあの人も参加されるんでしょう?」
「そうよ、そのために母はルキシオンまで呼びつけて……、護衛につかせてるみたい」
「べレオ団長とルキシオンですか。ギスギスしてそうで近寄りたくはないですね」
「ね、私もそう思うわ。レオンは参加せずに屋敷に引っ込んでいろって言ったんだけど、何でも式場にはレオンのお父様に母上や父上もいて、精鋭が揃っているんだから、そっちの方が安全だってごねたらしいわ」
「迷惑極まりない……」
「まぁ、私も何かあった時の為に黒竜の剣を持ってきたけど、……使わないことを祈るわ」
「全くです」
そう言って、二人で机の上に置いてある黒竜の剣を見つめて思わずため息をついた。
その時、コンコンコンとノック音が響く。
「はい」
リタが返事をすると、耳に馴染んだ声が聞こえる。
「お嬢、失礼致します。お客様です」
そう言って、外からドアを開けたのはテトで、彼の後ろにはウォルアン様とリリアン様が立っていた。
「あ、え、ええと。ウォルアン=レグルスとリリアン=レグルスです。ご挨拶に伺いました」
その言葉に、先ほどの重い空気が消え、思わずリタと視線を合わして笑ってしまった。
「どうぞ。ご足労頂きありがとうございます」
中に促すと、柔らかな笑みを浮かべたウォルアン様と笑顔だけれど緊張したリリアン様が入ってくる。
「お忙しいところ申し訳ありません。ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか?」
今回は、笑顔でリリアン様が言った言葉に思わずクスリと笑ってしまう。
きっと、これはリリアン様の中での前回の仕切り直しだ。
あの日は持っていなかった小さなブーケを、リリアン様が差し出した。
「ティツィアーノ様が、お姉様になってくれてとても嬉しいです。お兄様とお姉様の末永い幸せを、心より……願っています」
「リリアン様、ありがとうございます」
表情は笑顔だけれど、リリアン様のブーケを握る手が震えているのが分かる。
リリアン様の心にどれだけの傷を残したことだろう。
あの日、自分の一言で変わってしまったと思っている歯車を元に戻そうときっとずっと悩んでいたはずだ。
大好きな兄が自分から離れてしまう恐ろしさと、ちょっとした嫉妬心が招いた結末に。
あの日の原因は決して彼女のせいではない。
私が向き合えばよかっただけ。
緊張からかひんやりとした小さな手を握りしめて、リリアン様とコツンとおでこを合わせ、二人の前に跪く。
「リリアン様、ウォルアン様。これからはレオンだけじゃない。私も貴方達を守ります。お二人が大人になるその日まで。私が守ります。そして何よりレオンを必ず幸せにしますから、そばで、……見ていてくださいね」
そう言うと、リリアン様は我慢の限界が来たのか、泣き出した。
「だ……抱きつきたいのに、抱きつけないー! お姉様のドレスがぐちゃぐちゃになっちゃうー」
うわぁぁんと泣くリリアン様の横で、ウォルアン様も泣いていた。
その時、窓の外から女性達の悲鳴と聞こえるはずのない奇声が聞こえた。
「ちょっと……失礼します」
その外から微かに聞こえる声に、緊迫感を覚える。
「お姉様?」
「ティツィアーノ様?」
恐らくリタ達には聞こえないであろうその声に集中し、身体強化を最大にして、目を凝らす。
「お嬢様……? まさか、新郎控え室の会話が聞こえるなんて言いませんよね……」
リタが、乾いた笑いと共にそんなことを言っているが、声のする方に視線を集中させた。
控室から窓の外を見ると、広い芝生の向こう側に、大きな森が広がっており、そこは狩猟大会が行われるはずの場所だった。
視界に飛び込んできたのは、その森に、そんなところにいるはずがない女性達が、そんなところに出るはずのない上位種の魔物に襲われている光景だった。
女性達はマジックアイテムだろうか、結界を張っているようだが、上位種の魔物相手に結界がいつまで持つものではない。
そう考えている間もなく、思わず黒竜の剣を握って窓から飛び出した。
「「またかー‼︎」」
「いやぁぁぁぁ! お姉様ー‼︎」
「ティツィアーノ様‼︎」
部屋に残した人達から悲鳴が聞こえるが、それどころではない。
彼女を、フィローラ皇女を守らなければ。
「リタ! ついて来て!」
空中でそう叫ぶと瞬時にリタも窓から続く……。
「ちょっと‼︎ また俺だけ残して行くんすかー‼︎」
頭上からそんなテトの悲鳴が響き渡った。
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