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側に立つのは




 今日は王都一の本屋『ボレイ書店』にレオンと二人で来ていた。


『ここで見つからない本は無い』と言われるほどの広大な敷地面積を誇るボレイ書店は、初めて足を運んだ人は迷子になること間違いないだろう。


 カミラ皇子がレグルス邸に来てから特にトラブルは無かったが、結婚式は三日後と迫った。

今日、朝食後にリタが「注文していたパールも届き準備は万端です。本日お嬢様はもう暇なのでどこかお出かけされてはいかがですか? 明日からはお風呂にエステに休む暇などありませんから」と言われた。


 私がする事はなくても、リタたちはやる事が山積みだそうで、何か手伝おうかと言うもすげなく断られる。


 当然、レオンのいる前で言ったものだから、レオンに町でも散策しようかと誘われ、一度来てみたかった『ボレイ書店』にやって来たのだ。


 書店に併設されたオープンカフェで一息つこうとレオンに誘われ小休憩を挟んだ。


 通りに面した席は気持ちいい風に吹かれながら街の賑わいも感じられて心地いい。

が、店内にいる女性や、横の通りを歩く女性たちの視線はレオンに集中しているのが分かる。


 ヒソヒソと聞こえる「あの隣の女性は誰かしら」「妹?」「侍女じゃない?」「恋人ではなさそうね」何て会話がガッツリ聞こえてくる。


「ティツィ、それ美味しい?」


 そんな女性達の会話が聞こえているのか、慣れているのか、泰然と微笑みながらレオンが聞いてきた。


 暑いからと注文した果実水も口の中に広がる甘さと爽やかさが絶妙で、一緒に注文したクリームたっぷりのフルーツタルトも絶品で幸せが体を満たしていく。


「ええ、美味しいです」

「良かった。ところで、たくさん本を買ったみたいだけど、いい物が見つかったみたいだね」

「え、えぇ。……以前読んでいた小説の続きが出ていて、時間のある時に読もうかと思っています」

「へぇ? 何て本? 私も読んで見ようかな」

「いえ、ただの恋愛小説なのでレオンの好みには合わないかと」



 思わず紙袋に包まれた数冊の本を無意識に椅子の背もたれと私の背中の間に隠す。



 この中に恋愛小説は一冊だ。

 しかもカムフラージュ用の。



 レオンが他の本棚を見ている間に目に留まった恋愛指南書が数冊。


『彼の心を掴んで離さない女でいるための掟』

『恋愛の必勝法』

 

本棚に並ぶタイトルに目を奪われた。


 『一、『男は狩人』である。故に常に追いかけられる姿勢を緩めてはならない。自分を全て曝け出すのではなく、どこかミステリアスな部分が必要だ』

 ――ミステリアスって何⁉︎

 

『二、相手に依存しないことが大事である』

 ――はい、現在進行形でレオンに頼り切っています!


『三、魅力的な笑顔に、素直な感情表現、甘え上手であることも大切』

――さっきと書いてあることが逆!



 そうやって夢中になっている間に、コソコソと読み切ることは不可能と感じ、カムフラージュ用の小説と一緒に購入してきたのだ。


 これ以上話を深掘りされては困ると話題を逸らす。


「あ、レオンは何かいいものが見つかったんですか? 何か買ってましたよね」

「え? あ、あぁ。探していた経営学の本が見つかったよ」


「レオンは、騎士団の仕事に当然公爵家の経営と二足の草鞋ですごいですね……。私は王妃教育と両立するのも必死で、余裕なんてありませんでしたから」


「そうかな? 大部分を部下に任せているのも大きいと思うけどな。アーレンドも優秀だが、セルシオもああ見えて優秀だからな」


「セルシオさんは優秀ですよ。レオンのせいで霞んで見えるだけです」

「セルシオが聞いたら喜ぶな」



 笑いながら言ったレオンがお茶を口元に運ぶす姿は何とも優雅だ。

 なんで女の私よりレオンの方が、雰囲気が出てるのと言いたいが、もうこれは持って生まれた『品格』だろう。


「あっ! ごめんなさい」


 どんっと椅子に何かがぶつかり、謝られた声に少年だと気づく。


「ティツィ!」

「ごめんなさい! 僕前を見ていなくて……」

「大丈夫よ。貴方は大丈夫?」

「はい、僕は大丈……。あ! みんな待ってよ〜!」


 通りをキャッキャと楽しそうに走っていく少年少女を恨めしそうに見ながら少年が声を張り上げた。


「ふふ、早く追いかけないと置いていかれちゃうわよ。今度はちゃんと前を見てね。怪我しちゃうから」

「あ、ありがとうございます!」


 そう言って少年は先を走っていく集団に追いつこうと去っていった。


「元気ですね」


 笑いながらレオンを見ると、何とも言えない無の表情をしたレオンが私の椅子の下あたりを見て固まっていた。


「……ティツィ」

「え? 何ですか?」


 何だろうと思ってレオンの視線の先を見ると、そこには私の背中に隠していたはずの本が散らばっていた。


「……‼︎」


 その瞬間、一瞬で身体中の血が沸騰するのではないかと思うほど体が熱くなり、慌てて床に散らばった本をかき集め、袋の中に戻す。



「見、見ました? ……よね」

「そうだね」


 悠然と笑ったレオンに、思わず羞恥から反抗心を出してしまった。



「れ、レオンは恋愛なんて、余裕かもしれないけど……」


 いつだって翻弄されるのは私だけ。


「ん?」


 照れる私の様子を優しく見るレオンのあまりの視線の甘さに、「か、顔洗ってきます!」と言って、顔を隠しながら奥のパウダールームに向かって逃げていった。







「ふぅ」


 パウダールームの端っこで、火照った顔を水で冷やしながら席に戻るタイミングを見計らっていた。


 しばらく籠っていたので、席に戻る為周囲の状況を確認しようと聴覚を強化する。



「ミア嬢、さっきの女性見ました? フィローラ王女ですわよね」

「まぁ、テイラー嬢も気づかれました? レグルス公爵様と並ばれると本当に絵画から抜け出たようでしたわね」


 ため息をつくような声で話す聞き覚えのある令嬢方の声が聞こえ、さっきまで火照っていたはずの体が一瞬で冷えた。

 結婚式にも参列される伯爵家と子爵家の令嬢方だ。 


「フィローラ皇女様はレオン=レグルス公爵様とご結婚のお話がおありだったでしょう?」

「お見合いのような場があったみたいですが、両国の条件が合わなかったのか婚約に至らなかったそうですわ」


「まぁ、公爵様も残念でしたわね。どう見たって皇女殿下の方が全てにおいて優れていらっしゃるのに、大して美人でもないティツィアーノ様とご結婚することになるなんて。皇女殿下と公爵様お二人のお似合いなこと。そう思いません?」

「テイラー嬢のおっしゃる通りですわ。憧れますわね」 



 そんな会話を聞きながらも、震える腕でパウダールームのドアをあけ、早足で戻ったテーブルの光景に思わず足が止まる。

 レオンの……先程まで自分が座っていた席にいたのは、想像通りフィローラ皇女だった。


 二人が並ぶその光景に、足が止まる。


 二人の並ぶ姿が、あまりに絵になりいすぎていて呼吸が止まった。


 周囲は一定の距離を置いて二人を見ており、レオンと王女の周囲は近寄りがたいオーラが出ている。


「――それはぜひお話を伺いたいですね」

「あら、でしたら是非リリアン様もご一緒に。素敵なお店のお話も伺いたいですわ」

「リリアンもご一緒しても?」

「もちろんですわ。『リゼリア』を経営されてらっしゃるリリアン様とはとても有意義な時間が過ごせそうですわ」



 ふふふと、柔らかな笑みを湛える皇女殿下の向かい側に座っているレオンも、彼女に柔らかく微笑んでいる。



『令嬢達を冷たくあしらう――』


 以前、テトにレオンの印象を聞いた時の言葉を思い出す。




 どうして彼の笑顔が私だけのものと思ったんだろう。



 私に向けられるものが、私しか知らない彼の柔らかい瞳が……。



 胸の奥に何か不快なものが溜まり、黒く重たい澱が、じわりじわりと心を侵食していった。



「あ、ティツィ。お帰り」


 声をかける前にこちらに気づいたレオンが、笑顔で私の名前を呼び、立ち上がった。

 そのことになぜか安堵する。



 ――良かった。……まだ。


 脳裏をよぎったその考えに、なんて浅ましい感情をと自分を叱りつけた。


『まだ私の事を好きでいてくれる』なんて、いつまで立っても成長しないな……と、ため息をつく。

 綺麗な女性が側にいるからと言って、レオンはそんなに簡単に心を奪われたりしない。




 大丈夫。大丈夫。

 まだ、大丈夫。




 そう自分に暗示をかけるように、ぎゅっと拳を握った。



「レオン、お待たせしました。……フィローラ皇女殿下も、今日は街を散策ですか?」


 そう彼女に挨拶すると、私にもにこりと彼女が微笑む。

 その後ろにいたアストローゼ公爵に「こんにちは」と笑顔で声をかけられ、彼の存在に今更ながらに気づき、慌てて挨拶を返した。


 レオンと皇女の並ぶ姿しか目に入らなかったが、実際はアストローゼ公爵も、彼女の侍女の人たちも当然一緒だった。


 そしてフィローラ皇女の後ろに控える侍女たちは、明らかに私に冷ややかな視線を隠そうともしていないけれど、そんな視線には慣れている。


「こんにちは、サルヴィリオ嬢。今日は私の事業の関係でサロンをまわってましたら、レオン様をお見かけしたのでご挨拶を」

「事業……ですか」

「ええ、我が国では紡績業が産業の軸となっているのだけれど、私も服飾関係の事業を始めましたの。ドレスやバッグ、靴などの販売をしているのだけれど、女性を飾るのが楽しくて。趣味が講じたものですけれど、以前、レオン様がウィリアに来てくださった時にご

相談をしたことがあって、レオン様のおかげで上手く行ってますの」


 そう言ってレオンを見上げたフィローラ皇女の目はキラキラと輝き、美しさを増している。


「殿下、私のしたことなど話を聞いただけにすぎませんよ。貴方の努力と実力が成し得た事です」

「レオン様、謙遜ですわ……、でも褒めていただけて嬉しいです」

「ティツィ、……彼女の国では女性の地位は遥かに低く、働くことすら難しい。寡婦や孤児となった人たちは、男性の保護下の元でなくては生きられない。彼女はそんな人たちの為に事業を立ち上げ、働く場所と学ぶ場所を提供しているんだ」


 それは王女といえど簡単なことでは無いだろう。

 この国でも男女の地位は男性の方が高く、女性騎士だって少ない。


 けれど、働き口が無いというわけではないし、女性が経営する店舗も多く、活躍している女性は多い。


「レオン様、だからこそ貴方にご相談に乗っていただけて力になりましたの。立ち上げから、古い慣習に固執する議会の反対など、色んな壁がありましたけれど、頑張ってこられましたわ」


「ティツィ、フィローラ皇女は生地の製造からデザイン、縫製、販売まで全て手がけていて、今回の訪問はその取引に関してする販促を広める目的もあるんだそうだ」


「素晴らしいですね」

「ふふ、メインはレオン様の結婚式とアッシュ殿下の立太式ですけどね」

「ティツィアーノ嬢、王女殿下の事業は我が皇帝陛下も後押しをしていらっしゃるので、僕もお力添えができればと同行させてもらったんです」



 にこりと微笑む公爵様は、彼女の手がけている事業についても話をしてくれた。

 服だけでなく、化粧品や香水なども製造販売しているそうだ。


「僕も広告塔として殿下の作った香水をつけているんです」


 確かに彼からは、この国の男性がつけるものとは違う香りがするが、匂いに敏感な私でも、決して不快な香りではなく、爽やかで、抜けるような香りはとても好感が持てる。


「殿下のセンスはとても素晴らしいですね。とても爽やかな香りでアストローゼ公爵様のイメージにピッタリです」


 そう言うと、「ありがとうございます」と彼は微笑んだ。

 フィローラ皇女は美しいだけじゃない、国民の弱者の為に、自分で事業を展開し、その交易の為に自ら動いているのだ。

 自分の足で立っている殿下は決してお飾りな女性ではない。


 リリアン様と有益な話ができそうと言っていたのも、殿下同様のお店を経営しているからで、当然の話だ。

どうしてレオンと皇女殿下の結婚話が流れたのだろうかと不思議に思わずにはいられない。


 閉鎖的なウィリア帝国との交易を目的とした結婚話はレオンが帝国に行く予定だったのか、それともフィローラ皇女がこちらに来られる予定だったのかは定かではないが……。


 チラリと視線をレオンにやると、「どうした?」という表情をされ、なんでもないと微笑む。


 美しい美貌に、神秘的な雰囲気。国のために自ら動き、王女としての役割を全うしている。


 人としても素敵な女性で、先ほどの令嬢達が憧れると言っていた言葉が良くわかる。


 レオンを見つめる笑顔も、言葉も、仕草も、私とは大違いだ。


 フィローラ皇女はまさにあの『恋愛指南本』に描かれている内容を体現しているかのようで……。







 ――レオンが彼女に心奪われるのは時間の問題ではないだろうか。



 そんな暗い考えが脳裏にこびり着いて離れなかった。


 


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