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招かれざる客



「なんで貴殿がこちらに? お忙しい中式に参加して頂くなど恐れ多い。

 

 ――訳すと『なんで貴様がここに居るんだ。失せろ』かな、とレオンの言葉を聞きながら目の前のお客様を見つめる。


 皆んなで昼食を取ったあと、不愉快な客が訪れていた。

 婚約式から半年経ち、やっと晴れの日を迎えられそうという時に……。


「めでたい日にお祝いに来たんだよ。そんな額に青筋を立てることないじゃないか」


 誰をも惹きつける金色の瞳、人当たりの良さそうな、それでいて私にとっては不愉快極まりない笑顔。


 そこにはリトリアーノ国第一皇子のカミラ皇子と、その国が誇るべレオ騎士団長が立っていた。


 レオンは言葉こそ丁寧だが、不快感を隠す事なく二人を睨みつけている。


「君たちの結婚式が執り行われると聞いていてもたってもいられなかったんだよ。ひどいじゃないか、声をかけてくれないなんて。本来の目的はカサノ村での後処理……国交回復の為に立太式と、狩猟大会参加する為にエリデンブルクに来たんだけど……もうモンテーノ領はサルヴィリオ領に統合されたんだって?」



 嘘くさいにこやかな表情の中に、鋭い視線を向けてきた。


「えぇ。これで国境警備がしやすくなったと母も騎士団のみんなも言っています」

「モンテーノ領の真珠養殖に関しても僕が貰うつもりだったのになぁ」



  カミラ皇子のその言葉を聞いて思わず頭に血が上ってしまう。


 拳を握りしめて、彼の飄々とした顔を睨みつけた。



「……モンテーノ家は一家断絶。首謀者であったモンテーノ男爵は処刑され、マリエンヌは終身刑です。……何も……っ何も感じませんか?」


 なんでも無いことのように話すカミラ皇子に、何か思うことはあるだろうと思わず言葉にしてしまう。


「別に。彼らだってそれを承知で僕らと手を組んだはずだし、他国の僕より彼らの方がリスクが高いと分かっていたはずだよ」


 私も審判の全てを見届けた。彼らの末路は当然だ。


 国を裏切ったモンテーノ男爵の処罰に民衆は歓声を上げていた。


 平民からすれば自分達の欲の限りを尽くし、自分達を見下し、虐げた彼らのその姿に興奮するのは当然だろう。


 その時の熱気は立ちくらみがするものだった。


 それは分かっている。分かっているけれど……。



「不満そうだね」

「そうですね。分かっていても簡単に自分の中で処理できるお言葉ではありませんから」


 その時ふっと肩に温もりを感じた。


 見上げると、レオンが優しくこちらを覗き込んでいた。


「ふふ……。まぁ彼らの話はいいじゃないか。実はお祝いはもちろんなんだけど、お願いがあってきたんだ」

 どうでもいいように手を振ってその話題を強制終了させたカミラ皇子は極上の笑みを浮かべる。


「なんですか?」



「ちょっと、トラブルに巻き込まれて、立太式までの間、匿って欲しいんだよね」


「お断りします」


 レオンが即座に一刀両断する。


「ひどいなぁ、間髪入れずに断るなんて」


 さもショックを受けたように、大袈裟な反応を示すカミラ皇子にレオンは冷えた目で一瞥した。


「貴方と関わって、碌なことなどまずないですし、そもそもトラブルを抱えている時点で、検討の余地なしです」


 レオンの言葉に私も横でうんうんと頷く。


「実はさ、弟に命を狙われているっぽいんだよね」

「はっ、おたくのお家騒動に我々を巻き込まないで頂きたい」


 鼻で笑ったレオンにカミラ皇子が意味深に笑みを返す。


「だ、そうなんだけど、君はどう? ティツィアーノ嬢」


「え?」

「僕は、ここより安全な場所は無いと思っている。王国騎士団団長であるレオン=レグルスがいて、更にその父君であるヴィクト=レグルスがいる。彼の戦闘における実力も折り紙付きだ。そして何より君がいるからね、……ティツィアーノサルヴィリオ」



 意味深にこちらに視線を流す彼に、嫌な予感しかしない。



「……どういう意味ですか?」


「君の実力を疑うことなどしないけど、レオン=レグルス公爵の唯一が住んでいる場所だ。この屋敷を取り囲む結界は以前僕の駒が公爵家に侵入した時張ってあったモノとは比べられ無いほど強化されている。サリエ=サルヴィリオですら簡単に入れないだろう」


「だから何だと言うんだ。ティツィを守るために張った結界であって、貴様を匿うために張ったものではない」


 怒りを含んだ冷ややかな声でレオンがカミラ皇子を見据える。


「僕は『ティツィアーノ』にお願いしているんだ」

「私が決められることではありません。まだ私は婚約者の身ですから」

「ふふ……。自覚がないというのは恐ろしいな。『鶴の一声、君の言葉が法である』だよ」

「……何を言って……」


「それに、王城に僕の部屋は用意してあるけれど、僕だけが身分あるものではないし、これから続々と来賓客が来るんだろう? ……王城の警備が分散されるのは目に見えている。ここを狙われないわけがないだろう」


「王宮の騎士団も精鋭達だ」


「分かっているさ公爵。でも僕としても気を遣っているんだよ。僕のトラブルに他国の王族達を巻き込んだらエリデンブルクとしても困るだろう? それにここでもしティツィアーノに断られたらそのことを王宮で話題にしちゃうかも」


「……貴様っ!」



 レオンが腰に据えた剣を抜くのではと思うほど、怒りに震えている。


「ねぇ、ティツィアーノ。僕が立太式までに殺されるかもしれないよ? もしくは君に会うのは今日が最後かもね」


その言葉に、ざわりと心臓が早鐘を打った。


「まぁ、君を攫おうとした僕の命がどうなろうと気にもならないかもしれないけど、あの『モンテーノ親子』の最期に心を痛めた君だ。縋ってみるのも悪くないだろう?」


「自分の命を取引材料に使うなんて…っ」


 思わずそう溢した言葉にカミラ皇子はさらに笑顔を深める。


もし、カミラ皇子がこのまま王宮に戻り、私に『断られた』と話したら、エリデンブルクの貴族だけではない、諸外国の王族や来賓の心象が悪くなるだろう。


私の悪評など慣れているけれど、レオンにも、レグルス家にも泥を塗ることになる。


 陛下や、アッシュ王子にことの事情を説明すれば、王族の来賓客だからとレグルス家にカミラ皇子の護衛を任せることなど無いはずだ。


 けれど、カミラ皇子の言う通り、ここは国の誇る王国騎士団の団長自らが張った結界で、決して警備も手薄ではない。


 彼の『命』を守るなら……。でも……。




「いいだろう。公爵家で貴様の身柄を預かってやる」

「レオン!」


「ただし、立太式が終わり次第早々に帰ってもらうからな」

「ありがとう、公爵。君ならそう言ってくれると信じてたよ。……段々僕への言葉遣いが荒くなろうともね」


 そう言ってカミラ皇子が満足そうに微笑む。 


「……レオン」

「ティツィ。気にしなくて良いから。これが最良だ」


 レオンが私の気持ちを考えてくれたのが分かる。


 カミラ皇子の命を引き合いに出されて揺れた私をレオンが慮ってくれたのだ。


 けれど、私の気持ちを汲んでくれたのに、こんなにも苦しい。


 私はまたレオンの足を引っ張った。




『最良』な訳がない。




 私ごときが泥を塗られたところで、今までレオンやヴィクト様が築き上げてきたレグルス家の栄光には何の問題も無いだろう。


 既にトラブルを抱えている存在を匿う必要など無いのに、カミラ皇子の脅し文句に一瞬怯んだ自分が悪い。



「レオン、断りましょう」

「いや、寧ろ手の内にあったほうが監視がしやすい」

「監視だなんてひどいな」



 くすくすと笑うカミラ皇子の余裕に、そして彼の口車に簡単に乗せられた浅はかさに、さらに惨めな気持ちになり、無意識に拳を握りしめた。


 その時、そっとレオンが私の手に触れ柔らかく微笑んだかと思うと、カミラ皇子に視線を戻す。



「監視だよ。カミラ皇子。心配するな、君を匿う部屋は別棟にして、父上と私自ら結界を張ろうじゃないか。当然、サルヴィリオ家にも……、サリエ殿にも助力をお願いして、ネズミ一匹、蟻一匹出入りできないように、貴様を守ってやろう」


 そのレオンの言葉に初めてカミラ皇子の笑顔が凍りつく。


「……僕はそこまでして欲しいなんて言ってないよ。ただ、公爵邸にいさせてくれるだけで十分安全だと思うんだけど」

「なんだ? 分かって言ったんだろう? 私にとってティツィが最優先だと。彼女の心を守るのは当然だが、彼女の安全の確保も一〇〇%でないと貴様なんぞ屋敷に置ける訳が無いだろう? 貴様が死んだら何のために匿ってやったのか分からないし、やるからには全力でやるよ」


「レオン、待って。母上やヴィクト様にまで迷惑を掛ける訳には。やっぱり断って下さ……」

「ティツィ。君はもっと他人を頼ることを、甘えることを覚えたほうがいい。君は一人で抱え込んで、自分でやろうとするが、……それは素晴らしいことだと思うけれど、君の周りの人間はきっと頼って欲しいと思っているよ。少なくとも私はそう思っている」

「レオン……」



『頼って欲しい』という彼は、私に負担を、責任を感じさせないように言った言葉だろう。

 そうして私を安心させるように微笑んだレオンに、カミラ皇子が、「レグルス公爵の彼女への溺れ具合の見積が甘かったか……」と呟く声が聞こえた……。



「カミラ皇子、匿う以上は持てる情報は全て出してもらうぞ」

「まぁ当然だよね、こちらも当然そのつもりさ」


 そう言って微笑んだ皇子の話した内容は、王位継承権のこじれとそれに伴う、ある『マジックアイテム』に関してだった。











 

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