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前公爵夫妻

「初めまして、ティツィアーノ嬢。レオンの父、ヴィクトだ。こちらは妻のライラ。会えて嬉しいよ」


 

 旧モンテーノ領から小旅行も兼ねてのんびり、十日程かけて王都のレグルス邸に帰ると、予想外の『初めまして』に一瞬思考が停止する。

 帰宅と同時にサロンで前公爵夫妻が待っているとアーレンドさんに告げられ、急いでサロンに足を向けた。



「初めまして。ティツィアーノ=サルヴィリオと申します」

「父上も母上も、お帰りになるなら手紙の一つでも寄越して下さいよ」

「水臭いこと言うなよ。お前のために急いで帰ってきたんだぞ」

「結婚の報告をしてすでに半年経ってますけどね」



 レオンは呆れたように言うが、目の前のキラキラが強烈すぎて思わず目を細めてしまう。

 あぁ、こんな旅行用のラフなドレス姿ではなく、もっとちゃんとした格好で挨拶をしたかった……。


 ヴィクト=レグルス前公爵様はレオンが成人すると同時に早々に家督を譲った。


 当時まだ四十歳と男盛り、働き盛りにもかかわらずだ。



 レオンそっくりの濃いブルーの瞳に漆黒の髪の毛。


 穏やかに微笑む彼は優しい瞳でレオンの頭をガシガシと撫でくりまわしている。

 その横でこちらをチラリと見たライラ=レグルス前公爵夫人は見覚えのある金の髪に青い瞳。

 それもそのはず、彼女は現王の妹君でアントニオ王子の叔母にあたる。

 確か御年四十一歳。


 とても年齢にそぐわない美しさで、リリアン様の母親というよりは年の離れた姉と言ってもなんの違和感はない。

 その彼女の指にはヴィクト様と同じ瞳の色のダークブルーの魔石の指輪が鎮座している。


 この二人の結婚に関しては、王家と公爵家という関係にも関わらず、恋愛結婚で有名だった。



「初めまして。ティツィアーノ嬢。ライラ=レグルスよ」


 彼女のその発した言葉に背筋が伸びる。

 元王女然としたひんやりとした声に思わず低頭する。



「初めまして。ライラ様。ティツィアーノ=サルヴィリオと申します」



 ――これは歓迎されていないパターンだ……。



 以前、テトにレオン=レグルス公爵様について知っているかと聞いた時、『二十五歳になっても結婚どころか婚約すらしない事にご両親が泣いている』と言っていた気がするけど、一度逃げ出した花嫁が歓迎されるわけない!

 

 しかもアントニオ王子が散々「野猿」だの「乱暴者」だの言い周り、否定する材料もない。


 誠心誠意謝罪と説明を……。 


「あの、この度は……」

「ほらほら、ライラ。そんなに緊張しないで」


 ……ん?

 緊張してるのは私ですが?

 ヴィクト前公爵のその言葉に、疑問符が頭を埋め尽くす。


 声をかけた夫に向き直る夫人は、先ほどとは打って変わった声音に変わる。


「だってサリエお姉様の娘さんよ。きちんと挨拶をして、いい印象を与えたいじゃない」

「サ……サリエお姉様⁉︎ 母上の事ですか……?」



 思わず頭を上げると、ライラ様はうっとりとどこかを見つめて言った。


「そう、貴方のお母様よ。サリエお姉様は今も素敵でいらっしゃるけど、当時もどの騎士よりもかっこよくて、誰よりも凛々しい方だったわ。もう城内の女性はサリエお姉様がいらっしゃる度になんとか話をしようと後をついて回ったものよ。お姉様はそれを鬱陶しがるでもなく、優しく声をかけてくださって……」


 夢見る少女のように言う彼女を見ながらヴィクト前公爵様が「うーん、君の方がサリエ殿より年上なんだけどね」と苦笑いでつっこんでいるし、レオンはため息をついている。


「お母様! ティツィアーノお姉様もとっても素敵ですわ! サリエ様ももちろん素敵でいらっしゃるけど、いつだってわたくしを助けてくれる素敵な騎士様ですわ!」


 そこにリリアン様がライラ様の夢の世界に割って入った。


「まぁ、リリアン。さすがわたくしの娘だわ……」


 と謎の感動を覚えている。

 そんな二人を見ながら、「「親子だ……」」と私の後ろのセルシオさんとリタが声を揃えて小さく言った。


「あの、ライラ様。以前の結婚式の際私が逃げ出した件ですが……。皆様にも大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 それでも、公爵家の顔に泥を塗った事に変わりはない。

 謝罪はきちんとすべきだ。


 式の当日、式場から逃げ出すなど、前代未聞。



「いいえ、謝るのは私たちの方よ。リリアンもそうだけど、貴方を手に入れようと焦るばっかりの息子がきちんと手順を踏まなかったからこんな事になったのよ。兄様……陛下もアントニオも本当に貴方を振り回してばかりで……。お恥ずかしい身内ばかりでごめんなさいね。せめて私ぐらいはと、きちんと挨拶をしたかったのだけれど……とっても緊張しちゃったわ」

「そんな……」


 申し訳なさそうに眉尻を下げる夫人は綺麗だけれど、とても可愛らしい。

こんなところはリリアン様はそっくりだ。


「ライラ、自然なままの君が一番だよ」


 ヴィクト様がしょんぼりとするライラ様の肩を抱き寄せつつ、彼女の頬にキスを落とす。

 そのままラブラブモードに突入していく二人に困惑していると、横から不穏な空気が漂い始めた。


「父上、母上……。私は何を見せられているんですか」


 死んだ目で二人を見ながらレオンが地を這うような声で言う。


「いや、レオン様が言っても説得力ないですよ」


 すかさずセルシオさんが突っ込むと、周りのみんながうんうんと頷いている。

 そんな様子をくすくすと笑いながら夫人が小さな包みを差し出した。


「あ、そうそう。あなた達にこれを渡したくて」


 ライラ様から渡された柔らかな布の中には、両手に乗るサイズの額縁に入れられた絵が入っていた。

 ホタルや夜光虫の淡い光で淡く光る湖畔の幻想的な風景に、半円の橋が水面に反射して綺麗な円を描いている。

 その橋の真ん中に満月が宝石のように添えられ、まるで指輪の様だと思う。


「……綺麗……」

「これはね、ウィリア帝国の『鏡の池』と言う場所の絵なの」

「妖精の住うというあのウィリア帝国ですか?」


 ウィリア帝国とはエリデンブルクから海を超え、南方に位置する島国だ。

 最近は国交も開かれてきたが、まだまだ閉鎖的な国で謎に満ちており、『妖精』の住う国として有名な場所だった。


 我がエリデンブルクはリトリアーノとの国境の境に大きな魔の森があり、その中でも竜種が生息している場所がある。

魔物は魔素溜まりがあれば生息しているが、強力な魔物や、竜種はここか、南海域にしか繁殖、存在しないと言われており、その生態系は完全に掴めてはいない。



 それに反し、ウィリア帝国も魔物はいるものの、魔の森のような魔素の濃い場所は無いので強力な魔物はいないと聞く。

それは妖精が関係しているのでは無いかというがこちらも定かでは無い。



「そうよ。そのウィリア帝国。この池には伝説があって、この橋の向こうには別の世界があって、そこに妖精が住んでいるそうなのよ。満月の夜にだけその世界への入り口を通ることが出来て、伝説では妖精と人間が恋に落ちて愛を育んだ場所と言われているの。この橋に丁度月がかかる時、キスをすると恋人たちは永遠の愛を手に入れられるそうよ」


 うっとりと語るライラ様の話に想像を膨らませる。


「うわ……。お嬢の好きそうな話」

「夢見る乙女だからね」


 テトとリタが背後で呟いた言葉は無視をする。


「で、この絵を貴方たちの部屋に飾ったらどうかと思って描いてきたの」

「え⁉︎」


 描いてきた⁉︎

 この絵を⁉︎


「ライラ様がこんな素敵な絵を描かれたのですか⁉︎」


 絵の才能などこれっぽちも無い自分はこの幻想的な絵をどうやって生み出したのか全くわからなかった。


「やだ。素敵な絵だなんて。ふふ……ありがとう」


 驚きながら手の中にある絵を見つめていると、レオンが覗き込んで絵を眺める。


「素敵な絵ですね母上。ありがとうございます。この絵は僕たちの寝室に飾らせて頂きます。素敵な『伝説』にあやかって……」


  そう言うと、色気を孕んだ瞳で、つぃ……と私の唇を彼の親指がなぞった。


「れれれれれ……レオン?」


 待て待て待てぇぇぇい!!

 

 今、目の前に! 貴方の! ご両親が!

 いつの間にか腰に回された腕と、視界いっぱいの神の力作のご尊顔が、近づいてきて身動きが取れなくなる。


「やだわ。お兄様ってば、伝説に便乗してキスする気よ」

「もう、勝手にやってくんないかな。出ていっていいっスかね」


 リリアン様とテトの謎の掛け合いにツッコむ余裕など無く、全身に力を込めて何とか押し留めようとレオンの胸を押し返すも、フッと小さく吐息で笑われ、揶揄われていたのだと気づく。


「あらあら」

「仲いいなぁ」

「本当。これで僕らも安心して世界中を旅できるというものだよ」


 ヴィクト様のしみじみと言った言葉に、レオンが呆れたようなため息を溢した。


「何を今更おっしゃっているんですか。早々に私に家督を譲って、お二人で辺境から辺境まで飛び回っていたじゃありませんか」


「まぁ、そうなんだが、精神的にはずいぶん楽になるよ。でも確かに辺境にいたせいで、君たちの結婚の知らせが届くのに数ヶ月かかってしまって……。でも今回は間に合って良かったよ。ライラも満足いく絵が用意できたようだしね」


「でも、この子ってば、本当に中々結婚どころか婚約者すら見つけようとしないからそれが唯一の心配事だったんだけど、まさか……ティツィアーノ嬢……もうティツィちゃんで良いかしら…との結婚話を持ってくるだなんで……。よくやったわ! さすが私の息子ね! っていうか、そもそも、兄様がティツィちゃんを取っちゃうから、こんな面倒くさい事になっちゃったのよ」


「え⁉︎」



 ライラ様のその発言に、一瞬思考が停止する。

 もちろん、その場にいた全員が目を見張った。



「兄様はサリエお姉様に憧れていたから、お姉様に結婚を申し込んだけど袖にされたのよ。何がなんでもきっと繋がりが欲しかったのかしらね。ティツィちゃんが生まれてすぐに息子の嫁にって言ってたもの。うちのレオンにだって是非お嫁に欲しいって言ったのよ。でもレオンは『なんでもいい』って……。」

「「え⁉︎」」


 前後左右からレオンに視線が集中するのがわかる。


「待て! 知らない!」

「言ったわよ。ティツィちゃんがアントニオと顔合わせに行ったとき、あっちは絶対ダメになるから、こちらにお願いしましょうねって。きっとサリエお姉様はあんな子にお嫁にやらないわって……。それで王宮まで行ったのに、貴方ってばさっさと騎士団の訓練場に行っちゃうんだもの」


 その話を聞いて顔面が蒼白になる。

 「あの後、お兄様の勝ち誇った顔と言ったら……。っく……。きっと、お姉様が王宮にいた頃は私ばっかり可愛がっていたから根に持っていたんだわ。本当に、器の小ささは親子だわ!」


 拳を握りしめて悔しがるライラ様の言葉を聞いたレオンが、見るからにがっくりと項垂れた。


「……君の成長を、少女から、大人の女性に花開く瞬間を婚約者としてずっと見守って行けたはずだったなんて知らなかった。人生の八割を損した気分だ」


 それは、私も同じ考えだ。

 あの時、アントニオ王子との婚約を断れるなんて思っていなかったのだから。


「でも、……きっと何もなく婚約していたら、貴方にこんなに想ってもらえなかったかもしれない。レオンが私を知ったのは初陣の時でしょう?」

「そんなはずはない。今毎日、どんどん君を好きになっていくのに君に恋に落ちないなんて考えられない。昨日よりも、朝よりも、これ以上好きになれるハズないと思うのに、心は君に囚われてばかりだ」


 そう言ってレオンがそっと私の頬に触れる……。

 私を見つめる濃紺の瞳に胸が締め付けられた。


「レオ……」

「やだ。あの子。本当にダレ?」

「僕たちの息子だよ」

「あの子も恋を知るとあんなになるのね。今まで私たちを散々白い目で見てきた癖に」



 聞こえてます! 

 聞こえてますよヴィクト様! ライラ様!

 二人のヒソヒソではない会話に、ときめいた胸は羞恥にとって代わり、レオンはレオンで気まずそうに咳払いをする。



「ま、まぁ。母上も父上も王都に戻って来ていただいた事、ありがとうございました。有難くこの絵は頂戴いたします」

「あ、そうそう。こちらに向かう前にその絵を描いたウィリア帝国に行った時、フィローラ皇女にお会いしたのよ。それで、貴方の結婚の話をしたら是非お祝いに参加したいって仰るから結婚式にご招待したの」


「フィローラ皇女ですか?」


 「ええ、アッシュ殿下の立太式にはもともと参加されるご予定だったのだけど、貴方達の結婚式に合わせて観光や、各国との諸々の交渉も兼ねてもういらっしゃってるのよ。今日我が家にいらっしゃるという事だったから、そろそろだと思うのだけど……」


 ウィリア帝国のフィローラ皇女といえば、お会いしたことはないけれど、その存在は有名で、『ウィリアの至宝』と呼ばれる帝国の第一皇女だ。

 美しい銀の髪に紫の瞳を持つ彼女は人外の美しさで、誰もが一目会った瞬間心奪われるともっぱらの噂である。


 そんなことを思い出しながらも、王太子妃教育時代の頭の中にある帝国の情報に収集をかける。


 ウィリア帝国は絹や、レース。繊細で精巧な刺繍など質の良い生地が有名で、各国の貴族が好んで使う。

 以前は輸出入等他国との交易も限られていたのだが、最近は貿易に力を入れていると聞く。



「ライラ様、ウィリア帝国のフィローラ皇女がいらっしゃいました」

「あら、良いタイミングね。是非、こちらにご案内して!」



 サロンの入り口でアーレンドさんが告げた言葉にライラ様の顔が綻んだ。



「ご無沙汰しております」


 柔らかな微笑みを浮かべ、鈴の転がるような声で入り口に現れた女性に、息を呑んだ。

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