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ベイリーツ宝飾店




 案内された店舗の二階の一室には、所狭しとジュエリーが置いてある。


 目の前に置かれたテーブルだけでは置き入れず、簡易なテーブルまで数台運び込まれ、ビロードの箱が蓋を開けられた状態で並べられていた。


「こちらが今回のウェディンドレスのデザイン画です」


 リタがそう言って、デザイン画を渡すと、ルーイさんと支配人のクルトさんがそれを覗き込む。


「素敵なドレスですね。それでは、こちらからいくつか商品をご提案させて頂いて、イメージに合うものがございましたらもっと詰めていく感じでよろしいですか?」

「はい、よろしくお願い致します」


 そのままルーイさん達は商品を選びに行き、たくさんの商品を持ったスタッフを引き連れてに戻って来た。


「素敵ですわ! どれもお姉様のドレスに映えそうです! ぜひうちの『レアリゼ』でも取り扱いしたいぐらい!」


 目をキラキラと輝かせて、部屋中の真珠のジュエリーに夢中になるリリアン様の歓喜の声が上がる。

 確かにその繊細なデザインは、どれをとってもため息が出るほど美しかった。


「お姉様、お気に召したものがありまして?」

「そうですね。どれも上品で素敵ですけど、この銀細工の飾りに大小の真珠を組み合わせたものなんて素敵だと思います」


 

 そう言って、目の前の黒のビロードの箱の中に鎮座している、パールのチェーンを示した。



「お目が高いですね、サルヴィリオ伯爵令嬢様。そちらは銀細工ではなく、白金と呼ばれる大変希少な金属で、金よりも価値が高いんです。市場にもほとんど出回っておりませんし、当店でもこの一点のみしかなく……」

「よし、これにしよう」

「レオン!」

「公爵様、それでは、このようなデザインはいかがでしょうか?」



 

 私の驚いた声を無視したルーイさんがデザイン画にささっと絵を描いて、レオンに渡した。

 その横からリリアン様が覗き込み、リタも二人の邪魔にならない位置で覗き込んでいる。


「いいな。ティツィに似合いそうだ。ルーイ嬢に依頼して良かったよ」

「恐れ入ります」

「素敵ですわ! お兄様、本当に素敵な職人さんを見つけられましたわね!」

「で、もう少しこんなふうに、真珠のチェーンを……」


 私を置いてきぼりにして盛り上がっている三人に思わず、声をかける。


「あ、あの……」


 希少な金属……、一点物……。

 クルトさんの言った、明らかな高額ワードに思わず尻込みする。

その時、リタがスッと私の背後に立って囁いた。



「お嬢様、値段を聞くなんて、そんなみっともない事しないでくださいよ。公爵様に失礼ですからね」

「でも、金より希少価値が高いって…」

「今回の結婚式は公爵様とご縁のある他国の賓客もいらっしゃるんですから、ケチってる場合じゃないんですよ。しかも国王陛下のご厚意で王宮にある教会で挙式するんですからね!」


 その言葉に、思わず固まる。


「あの公爵様の嬉しそうな顔、見てくださいよ。もう決定事項ですよ」

「リタ……」

「お嬢にお金を使うのが、公爵様の楽しみっすからね」

「テトまで! で、でも……」


 その時、満面の笑顔を浮かべたレオンが、デザイン画をこちらに差し出した。


「どうだろう、ティツィ。私も少し案を出してみたんだが、良いと思わないか?」


 曇りない澄んだダークブルーの瞳が真っ直ぐに私を見て柔らかく微笑む。

 腰から溶けてしまいそうなその笑顔に反論の言葉など出ない。



「あ、素敵……です」


 実際に素敵なデザインで、思わず目を奪われる。

 何よりも、私のためにレオンが考えてくれたことが、ただ嬉しい。



「そうか、気に入ってくれて嬉しいよ。……早く、君がこのドレスを着たところを見たいな」


 そう言って、耳元で囁く吐息混じりの声に全身が熱を帯びる。

 くそう! 顔だけじゃなく声までも良いなんて!

 恥ずかしくて思わず心の中で悪態をついてしまう。




「お姉様、早々に素敵なモノが見つかってよかったですわね! 私、ちょっと他のジュエリーも見たいので、一階の店舗に行って見てきますわ!」


 リリアン様がそう言うと、レオンがゆっくり見てくると良いと言って送り出した。


「姉上、僕も少し街を見て回っても良いですか? 少し港の組合とも話をしておきたい事があるので」

「あ、俺もサリエ様のお使いがあるんで、オスカー様とご一緒します」

「オスカー殿! もしご迷惑でなければ僕もご一緒してもよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 ウォルアン様が、はいっと手を上げて、目を輝かせた言葉にレオンがクスリと微笑んだ。


「じゃあ、小一時間自由行動とするか。セルシオ、お前はウォルアンの護衛についていってくれ」

「承知いたしました」

「テト、オスカーをよろしくね」

「ウィス」


 そう言って楽しそうにオスカーとウォルアン様が出ていく様に胸の奥がじんわりと温かくなる。


「二人が仲良くなってくれて嬉しいです」

「そうだな、ウォルアンがオスカー殿から学ぶことも多いだろうな。……ところで渡したいものがあるんだが」



 そう言ってレオンは胸ポケットを探る。



 「これを……」


 レオンから差し出されたシルクのハンカチに包まれたものに目を見張った。


「これは……?」

「先日南部海域の魔物の討伐に行っただろう? その時に退治した魔物たちの魔石だよ」


 海に住む魔物から取れる魔石は青みを帯びた魔石が多く、濃淡、大小いろいろなサイズの魔石は、まるで彼の手の中に小さな海があるようだ。


「どれか気に入ったものがある?」


「え?」

「以前君を宝石店に連れて行った時、金額をこっそり従業員に聞いていただろう? それで購入するのを渋っていたから。……私自身が用意した魔石で作れば石代はかからないからね」


 バレてる!


 いつの間にか横で宝飾店のスタッフさんが用意してくれたお茶とお菓子を配膳していたリタが、小さく「ぷっ」と笑ったのが聞こえた。

 確かに、以前ドレスだの宝石だの一式揃えると言って連れ出された際、目の前に並べられた装飾類を見て驚愕したのを覚えている。

 普段騎士服で装飾品など滅多につけないし、つけてもシンプルな小さな石のついたピアスぐらいのものだ。



 公爵夫人になったらそんなものつけられないなどと言っていられないのは分かっているのだけれど、その値段が自分にふさわしいものか自信がなく、結局購入に至らなかったのだ。


「もちろんアクセサリーの加工の値段が、と言われたらそこは譲って欲しいと君にお願いするしかないのだけれど」


 そう言って優しく私の手を取り、手の甲ではなく指先に優しいキスを落とした。

 そうして私を見上げた瞳と目があった瞬間一拍呼吸がとまり、その後熱が顔に集まるのが分かる。

 いや、なんか……。普通に手の甲にしてもらったほうが……。


 そう思いながらハンカチの中を覗くと小さな魔石に惹かれた。


「で、では。お言葉に甘えてこれにしても……?」


 顔に熱が上がるのが分かりながらも、その魔石を一つハンカチから取り出した。


「これ?」


 意外といった顔をした公爵様がその石を手に取る。


「君はもう少し明るい色が好きなんだと思っていたけれど……。でも君が選んでくれたのは嬉しいな。どんなアクセサリーがいいかな?」


 柔らかく微笑みながら言う彼の目を直視できず、思わず視線を手元に移す。


「出来れば、普段使い出来るようなシンプルなピアスか、指輪がいいです……。あまりゴテゴテしていると、気後れしそうですし……」


 そう言いながら自分のハンカチに乗せて、レオンに渡す。


「分かった。そのように作らせよう」


 レオンが嬉しそうにその魔石を受け取ったその時……。



「あらあら、公爵様の瞳の色ですね」


 と、リタがお茶をテーブルに置きながら言った。



「っ……!」


 「え?」



 ビクンと背筋が伸び、顔どころか、身体が熱くなった。

 リタは平静を装った顔をしているが、本心はニヤニヤしているのが分かる。


 目が! 目が笑っている! この上なく楽しそうに!


 リタは何故私がこの色の魔石を選び、ピアスか指輪を選んだか分かっているのだ。

 レオンが手に持った魔石と、私の顔を交互に見て何か言おうとした。



「私、リリアン様と下の店舗を見てきます!」


 そう言ってその場を逃げ出そうと立ち上がろうとしたが、不意に右手を捕まれ、元いた場所に『ぽすん』と座る。


「レ、レオン……」


 先程の澄んだ柔らかなダークブルーの瞳と打って変わり、急激に熱を帯びた瞳になる。


「私の、瞳の色…?」


 私を見つめながらリタの言葉を反芻したレオンに、リタが答える。



「その濃紺の魔石は、公爵様の瞳の色とお見受けいたしますが?」


 お願いだから黙って! と言いたいのに、私の顔を覗き込むレオンから目が逸せない。

 魔物から取った魔石は色々な効果がある。

 その魔石が持つ効果は魔物によって異なり、また、色の透明度が高いほど強い魔物から取れる。



 例えばクラーケンから取れる魔石は特殊で色がない。

 水晶のようであり、ダイアモンドのようで透明度が高ければ高いほど癒し効果は高い。

 そして魔石というのは贈る事にも意味がある。



『永遠に君だけを守り、全てを捧ぐ』




 平民ですら弱い魔物を狩って恋人や、告白の際に送るプレゼントにするくらいだ。

 特に自分の瞳の色と同じもので、ピアスや指輪など、日常的につけるそれは所有欲、独占欲の現れを示し、お互いの結びつきを示す。



 つける側も相手に縛られることを意味する。

 恋愛結婚の多い平民ではよくある魔石のプレゼントだが、政略結婚の多い貴族ではそういった行為はレアケースだ。



「ティツィ……君は、意味を分かって言ったのか?」


 不快ではないぞくりとするような声と、そっと私の頬に触れたレオンの手の熱さに、心臓が早鐘を打ち始めた。



「あ、お嬢様、私はリリアン様とお嬢様に合うジュエリーを見て参ります」

「え⁉︎」



 リタの裏切りに思わず声を上げる。


「あ、で、では、我々も、ピアスと指輪等ご参考用の商品を持って参ります。ルーイもデザイン画を持って来なさい」

「かしこまりました」



 リタに倣ったのか、クルトさんとルーイさん、スタッフ全員がそそくさと逃げるように次々と部屋を出ていき、レオンと私だけになってしまう。


 こんな、色気の暴力と二人っきりにさせられたらたまったものではない。


「リ、リタ! ちょっと待……」


「ティツィ。答えて」



 思わずリタの出て行ったドアに伸ばした手をそっとレオンが指を絡めて、より近距離で濃紺の瞳が見据えてくる。


 その瞳と同じ魔石を身につけているだけで、レオンには私だけと思われていると折に触れ感じることができるだろう。


 けれど、リタが先程『公爵様の瞳の色』と言った時、レオンが驚いたということは、彼にその意図はなかったはず。

 本人の意思がないのに、レオンの瞳の色の石を欲しいと言った卑怯さが恥ずかしくなった。




 ーー私だけだと思って欲しい。



 何と答えていいか分からず、思わず羞恥に俯いた。



「ティツィ……。そんな顔で俯くっていうのは、『相手の瞳の色の魔石』を送る意味を知っていたと取るよ?」

 レオンのその凶暴なほどの色気に沈黙で肯定するしか無かった。





 




 

「で、結局下に降りて来たんですか?」


 一階の店舗で、ショーケースを見ながらリタが言った。

 レオンは、支配人に表に出ていないピアスやイヤリングのジュエリーを出してもらい、先程の部屋で見ている。


「あのまま二人っきりだったら私の心臓は過労死よ」

「いい死に方ですね」

「冗談じゃないって!」

「そう仰るならなら、その緩んだ顔をどうにかしてください」

「なっ!」




  リタが、ショーケースの横の試着用に置いてある鏡を私の前にスッと置くと、そこには真っ赤になった私の顔があった。

 恥ずかしくて、思わず下を向くと、上からリタの声が降ってくる。



「幸せでいいじゃないですか。お嬢様には重たいぐらいの愛が丁度良いですよ。私は嫌ですけど、どうぞ存分に幸せを噛み締めてください」


 途中の余計な一言を敢えて拾わず、ショーケースに顔を伏せて「……どうも」と小さく返した。


 私だって分かっている。

 レオンがいつも私をどれだけ想ってくれているのか。

 けれど、この幸せがいつまで続くのかとふと不安が過ることがある。



 レオンがくれる気持ちの一つでも返せているのか、示される愛情にうまく答えられず、恥ずかしくて何もできないでいる自分を、いつか『つまらない』と愛想を尽かされるのではないかと。



 「……うさぎ?」


 その時、蹲っていたショーケースに並べられた指輪が視界に入り、思わず声が出た。


「わぁ、可愛らしいですわね。私このうさぎさんが素敵だと思いますわ。目のガーネットが綺麗です」

ひょっこりと顔を出したリリアン様が目を輝かせて私の視線の先の指輪を指刺した。


「これは、最近リリアン様のお年頃の貴族の方に人気のもので、動物をモチーフにしたものなんです。リリアン様、着けて見られますか?」



 いつの間にか、リリアン様を案内していたルーイさんが、ショーケースからうさぎの指輪を取り出した。

 その横には、馬やテディベア、猫にライオンや小鳥などをモチーフにした指輪が沢山並んでいた。




「あら、テディベアなんて、以前お嬢様が公爵様に頂いた揃いのぬいぐるみを思い出しますね」


 リタが言っているのは、アントニオ王子に婚約破棄されてすぐ、レオンから求婚の贈り物が届いていた頃のものだろう。



「あの頃の公爵様も今と変わりなく、お嬢様への想いの示し方は変わりませんね」

「そうね」


 あの頃も今もレオンのくれる想いを返せていないと思った時……。



「……あっ! ルーイさん、ちょっとご相談いいですか⁉︎」


 そう言って、俯いていた顔を勢いよく上げた。


***


「どうした。楽しそうだな」

 

ルーイさん達と話していると、レオンが二階の応接室から降りてきて、声をかけられた。


「レオン、もうお話はいいのですか?」

「あぁ、話も詰められたし、リリアンは?」

「先程オスカー達が戻って来たのですが、ルーイさんに近くにお勧めのカフェを聞いて、そちらに行ってます」

「そうか、では私たちも行くか?」

「ええ、徒歩ですぐみたいですよ」




 そう言って、支配人とルーイさんに挨拶をした。


「では、レグルス公爵様。ご注文のお品が完成次第すぐにでも王都のレグルス邸にお届けいたします。お時間頂戴いたしますが、どうぞよろしくお願い致します」

「支配人、ルーイ嬢。こちらこそ急がせてすまない。よろしく頼む」

 二人がそう挨拶した後、ルーイさんが近寄って耳元で囁く。


「ティツィアーノ様、またご連絡いたしますね」


「よろしくお願いします」


 そう言うと、「腕によりをかけます」とルーイさんが囁きながら微笑んだ。


 そうして、ベイリーツ宝飾店を後にして、レオンとリタと三人でツーブロック先のカフェに足を運ぶ。




「何かあったのか?」

「え?」

「ルーイ嬢と最後話していただろう?」


 ぎくりと思わず体が強張る。


「あ、ええ。……ちょっと素敵なモノが見つかって」

「へぇ、珍しいな…ティツィが宝石に興味を持つなんて。どんなデザインか興味あるな」

「あ、いえ。本当に大し……た」

「ティツィ?」




 ふと聞き慣れた甲高い音とリリアン様の緊迫した声に思わず体が硬直する。


「レオン! カフェに急ぎましょう!」



 そう言って、急いで人混みを縫って進んだ。

 



 

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