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旧モンテーノ領

結婚式の一ヶ月前。


 

レオンとリリアン様、ウォルアン様と一緒に旧モンテーノ領へと足を向けた。

もちろん侍女のリタやセルシオさんも同行している。


  レグルス領から旧モンテーノ領に向かう途中にサルヴィリオ領へ立ち寄り、オスカーとテトも合流する形となった。


 

私は半年前の婚約式の後、サルヴィリオ家に戻ることなく、そのまま公爵家の花嫁教育を執事のアーレンドさんから受けていた。

 本来は、レオンのお母様から聞くべき話だが、実際公爵家の運営はレオンがほぼ一人で回しており、アーレンドさんはその補佐に当たっているからだ。

 

 その教えてもらう公爵夫人としての業務もまた多岐に渡り、覚えることがいっぱいで頭も疲れたのを見兼ねてか、屋敷に篭ってばかりなので、レオンが外の空気を吸おうと外出を提案してくれたのだ。


 レオンの方が私以上に多忙なのに、自分の仕事を前倒しで済ませてくれた優しさに、申し訳ないと思いながらも、嬉しかった。


「姉上、義兄上、見てください。ここが真珠の養殖場です。ここから少し行った街に、義兄上がお探しのジュエリー職人のいるの店がありますよ」

 

馬車の窓から覗く港を指差しながらオスカーが誇らしげに言った。


「オスカー様、そんなに身を乗り出したら危ないっすよ」

 

 定員オーバーの為馬車に乗れなかったテトが馬車の横を騎馬で並走しながら心配そうに言った。

 そのテトの後ろからはセルシオさんも、「ウォルアン様も身を乗り出さないでください」と心配そうに続く。


「すごいわね、オスカー。この港街の整備も貴方がしたの?」

「いいえ、僕だけじゃなく港街の皆さんの意見を参考に職人の人達と改装案を出し合って、父に相談しながら作ったんです」

「すごいな。ここがあの『モンテーノ領』とは思えないほど栄えている……」


 レオンがそうため息を零しながら言った言葉を誇らしく思いながら、彼の顔を見て微笑んだ。


「あ、義兄上様。ありがとうございます。僕がやったと事といえば案を出したぐらいで、実現化してくれたのは父上なんです。やりたいことはもっとあったんですが、予算や実現性が低いものはもっと考えなさいと言われて、まだ勉強中で……」


 誉められたのが恥ずかしかったのか、顔を真っ赤にしながらそう言うオスカーは年相応でとても可愛い。

 本当に可愛いくて、オスカーのふんわりした雰囲気にこちらの気分がほっこりしてくる。



 窓から流れていく景色には、かつての廃れた港町の名残は無い。

 サルヴィリオ領に統合されたモンテーノ領は東側が海に面しており、昔は真珠の養殖が盛んだった。



 窓から覗く景色は、整備された船着場に、横に併設された市場。

 食事処や漁業関係者のための簡易宿泊施設まであり、その建物も機能性とデザイン性を兼ね備えた作りになっている。



今までここの海は年を重ねる毎に魔物が増えていき、モンテーノ領が対策をしてこなかったので、漁業も観光も、収入源の三割を占めていた真珠の養殖も何年も行われていなかった。


 

サルヴィリオ領統合後に母が騎士団と魔物の討伐をして魔物から取れた魔石を資金源にここの港の整備費用や雇用対策に当てているそうだ。

 

 私も、統合直後に足を運んだが、あの死んだ街とは思えないほどだった。


 


『どうです? 私の弟すごいでしょう?』と言うのが顔に出ていたのだろう。

 頭をぽんぽんと優しく叩かれながら、「すごいよ、君の弟は。とても十二歳とは思えない。君がいつもオスカー殿の魅力を嬉しそうに話してくれるのが良くわかるよ」とダークブルーの瞳を優しく細めて言った言葉に……自分が大切に思う人を認めてくれた言葉に胸の奥がじんわりと温かくなった。



 けれど、今回の目的は統合された旧モンテーノ領の視察ではない。

 

 半年前の結婚式の時にレオンが用意してくれたドレスは、メイドとして公爵邸に行く際、屋敷に持って行く訳にも行かず、売ってしまっている。


 しかし、事件というか……諸々が解決した後、取り戻しに行こうとしたところ既にその街の大きな商家の娘さんが一目惚れして、購入してしまったとのことだった。


 取り戻すことも考えたが、その商家の御令嬢が式を楽しみにしていると言われれば、水を差すような真似はしたくなかった。



 レオンに説明をすると、「初めから全てをやり直したい」と言ってくれたので、半年かけて新しくドレスを作ることになったのだ……が、ほぼほぼドレスが完成したところで、一週間前に南部の討伐出張から帰って来るなり、『最高のジュエリー職人が見つかった!』と言って、その職人がいるという『ここ』、旧モンテーノ領に来ることになったのだった。


 特に『真珠ジュエリーの第一人者』と呼ばれる人がいるそうで、レオンが言うには、『頑固な職人だそうだが、知人に見せてもらったネックレスは目を見張るものだった』と言っていた。




 リリアン様も真珠ジュエリーは好きらしく、道中も真珠の魅力について嬉々として私に説明してくれている。

その横で、男の子たちの会話もとても盛り上がっていた。

……決してと年相応の会話ではないけれど。


「オスカー殿、真珠の販売ルートはどのようにお考えですか? 元々モンテーノ領の真珠は質が良いと有名ですが、最近の市場を考えると……」

「ウォルアン殿。それが、最近新しい販売ルートを開拓しまして……」

 


 興味津々で質問するウォルアン様の様子に戸惑いもしないオスカーは、理路整然と説明をしているし、そんなオスカーの話をキラキラした目で聞いている二人の姿を見ると、ほっこりしてくる。


「ウォルアン様、楽しそうですね」

「そうだな。リリアンの店の手伝いをしたいと言い出してから、帳簿や販売ルートの確保など経済に興味が出てきたようだ。リリアンの杜撰な帳簿を見て、ブツブツ言っている姿は見ものだったな。ウォルアンは魔力が金ランクだが、今は剣術や魔力の操作訓練よりもそっちの方が楽しいらしい」



「ふふ……。ウォルアン様、僕が兄様の為に手伝えることはこっちしか無いからって仰ってましたよ」



 そう言うと、レオンはキョトンという顔をした。




「どう言う意味だ?」

「レオンは強くて、騎士団長として最強じゃないですか? ウォルアン様が、僕に出来ることは何だろうって。色々考えてらっしゃったみたいですよ。私も大きすぎる背中を追うのに必死でしたから、ウォルアン様の気持ちが分かります」



 そう言うと、レオンは驚いた顔をした。


「守るべき存在と思っていたが、それがあの子の負担になっていたのか……」

「違いますよ。レオンの事が大好きだから力になりたいと思うんです」



 私も、結婚したら何が出来るかずっと考えている。

 王妃教育を受けても、剣を握っても、明確な目標があったあの時とは随分違う。



 ――認められたい。

 その一心で頑張ってきたものが、今形を変えている。



 ――力になりたい。

 大事な人の力になれると分かれば、それは更に自分を動かす原動力となるだろう。


「そうか、いつまでも小さい子では無いんだな……」

「ええ……。私も、オスカーが、いつまでも可愛い弟で無いことを最近知りました。……あの子も母の背中が大きくて、経営手腕の高い父の後を継ぐ責任に押しつぶされないように……。私が何か力になれればいいのだけど」



 オスカーもまた、自分なりに戦っている。

 軍神と名高い母に、敏腕で手難い領地経営を行う父。



 あの時代のサルヴィリオ領は良かったと言われないよう、彼は頑張っているのが目に見えている。


 そんなことを考えながらオスカーとウォルアン様を見ていると、ふと急に視界が陰った。



「え?」

「君は?」


 ダークブルーの瞳が心配そうに揺れながら、優しくこちらを見つめた。


「何……」

「君もいつも悩んでる。最近物思いに耽っているみたいだけれど」



 ギクリと身体が強張り、思わず乾いた笑いがこぼれる。


「いや、なんて言うか。公爵夫人として何が出来るかな〜……。とは考えていますけど。今までは国境警備の仕事が忙しくて、社交界の場にも殆ど顔を出した事が無いですし。でもそうも言ってられな……」

「……君はあんまり、お茶会とか開催しなくて良いと思う」


 私の言葉を聞いたレオンが、少しひんやりした声で言った内容に軽くショックを受けた。


「それは、つまり……。私では上手く催しが出来ないと……。でも。私だって王妃教育を受けてきたので、後は経験だけですよ!」


 思わず、自分にも出来ます的な事を言うと、「いや、そうじゃなくて」と、少し困った顔をされる。


「じゃなくて、お嬢様が令嬢方を落としていく様が簡単に想像出来ますね」

「お兄様が心配しているのは、そっちですわね」

「寄ってくる男性を牽制することは出来ても、女性となるとちょっと……難しい部分がありますからね。力技では無理ですし」


 と、横の会話を拾い、思わず横を睨みつけた。


「リタ、リリアン様。ふざけた事言わないで下さい。私真面目に話してるんですよ」


 そう言うも、何故かため息をつかれる。

 文句の一つでも言おうとしたとその時、目的の『ベイリーツ宝飾店』の前で馬車が止まった。





「すごいわ、街も賑わっているのね」

 

多くの人が行き交う大通りには、笑顔と活気が溢れ、その熱気に圧倒されるほどだった。

その大通りでも一際大きな建物が目の前にあり、歴史を感じさせる荘厳なそれが、どれだけの長い間多く貴族が真珠を買い求めたのかなど容易に想像できる。



その門の数メートル奥にある重たそうなドアがゆっくりと開くと、白髪に、黒のジャケットを着た男性が出迎えにきてくれた。



「ようこそお越しくださいました。レグルス公爵様、サルヴィリオ伯爵令嬢様。ベイリーツ宝飾店の支配人を勤めております、クルト=ベイリーツと申します。本来ならばこちらから商品をお持ちしてお屋敷に出向くべきところを、ご足労いただきました事、誠にありがとう存じます」

 


 深々と頭を下げる支配人の横には、一人の女性が立っていた。



「そしてこちらが、我がベイリーツの宝石職人のルーイです」

 


 黒い髪を後ろでお団子にした、三十代の女性が頭を下げた。


「初めまして、ルーイと申します。この度はご指名いただき、誠にありがとうございます」

「女性だったのか」


 

そう呟いたレオンに、ルーイさんが頭を下げたままギュッと拳を握りしめたのが分かる。



「先日体を壊して引退した父の代を引き継いだ身ではございますが、女であれど、……職人としての腕は父にも引けを取らないと自負しております」



 頭を下げたままそう言った彼女にレオンは少し目を見開いた。


「すまない、失言だったな。知り合いから『頑固な職人』と聞いていたので、勝手に男性だと思っていただけだ。知り合いに見せてもらったジュエリーは見事なものだったから、若い女性だとしても、君の腕を侮ったりはしないよ」



 そう言って申し訳なさそうに微笑んだレオンに私も同調した。



「私も勝手に頑固な年配の男性かと思って緊張していたのですが、女性と伺ってちょっと安心しました。何というか、私はファッションや宝石といったことに疎いので、色々とご相談させていただけると嬉しいです」


 


 すると、彼女は少し驚いたように顔を上げ、綺麗な琥珀の瞳を見開く。

 ひょっとして、今まで女性というだけで不当な扱いを受けてきたのかもしれない。


「……、最善を尽くさせていただきます」


 

 そう小さな声で言ったルーイさんは再度深く頭を下げた。


 





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