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最終話

「ティツィアーノ嬢。」

「アッシュ殿下。」



アントニオ王子が連れて行かれた後、もうすぐ五つになられる第二王子のアッシュ王子に声をかけられた。

兄によく似た顔立ちだが、年齢に似合わぬ聡明そうな顔つきをしている。


我儘なアントニオ殿下と違い彼の評判は貴族にも届いており、これから彼の婚約者の地位争いも激しくなるのだろう。

 

「この度は兄が大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。」



「とんでもないことでございます。アッシュ殿下のせいではありませんから。彼の横暴さも、傲慢さも貴方がお生まれになる前からですから。」


言葉を濁す事なくそう告げる。


彼は純粋さしかない瞳で私をじっと見つめ、少し戸惑いながら口を開いた。


「ティツィアーノ様……。大変不躾な質問なのですが……。」


「はい。……?」


本当に言いにくそうにしながらも、上目遣いで私をチラリと見ると意を決したように言った。

 

「な……なぜ兄様との婚約を続けられたのか。お伺いしてもよろしいですか?」


「え?」


「ティツィアーノ様程の方なら、兄様と婚約破棄をしても引く手数多だと思います。兄様のティツィアーノ様に対する態度は僕から見ても……気分の良いものではなかったので……。だからと言って、貴女が兄様を好きなようにも見えなかったし、権力欲しさに婚約者の地位にしがみついているようにも見えなくて……。」


恐るべし五歳児!!

こんな小さな子に恋愛の機微が分かるのか!?

 

と、ツッコミたいけれど、きっと小さな子から見てもお互いを思い合い、支え合うという姿はカケラも見えなかったのだろう。


国王陛下も、王妃陛下も恋愛結婚ではないけれど、お互いが支え合い、信頼し合い、国の為に協力している。

そこに愛があるかは分からないけれど、夫婦の愛の形はそれぞれだ。


アッシュ殿下の目には、兄が婚約者を罵り、鬱陶しがり、それを私が冷淡に受け流している様は異様に見えたのかも知れない。

直接、アッシュ殿下に私の悪口を言っていても不思議ではない。



「私には、……拒否権はないと思っていたんです。それでも、いつか王妃になった時、国民にこの国に生まれて良かったと。誇ってもらえる国にしようと……。後は、個人的な事情です。」


母に認められたい。


レオンに、私がこの国の王妃で良かったと誇ってもらいたい。


国民のためだけじゃない、個人的で、欲にまみれた思いもあった。

 

「兄上が謹慎中、議会で先王の孫でいらっしゃるレグルス公爵に王位継承権第一位を与えてはどうかと話が出ていたのですが、公爵さ……。」


「いらん。」


アッシュ王子の思いがけない話を遮ってレオンが不機嫌そうに言った。


 

「と、まあこの様な感じで辞退されまして……。でも、ティツィアーノ様は、今まで王太子妃になるべく努力され、その座に相応しい方だと僕はずっと思ってました。」


「ありがとうございます。アッシュ殿下にそのように評価して頂き、とても嬉しいです。確かにそうなるべく頑張ってきたつもりですが、婚約破棄をして頑張る必要がなくなったと正直ホッとしていたんです。王太子妃の椅子は私には……荷が重すぎでした……。」


そう言うと、殿下は微笑みながらも少し寂しそうに「そうですか。」と言った。


荷が重すぎるだけじゃない。

他にも王太子妃になりたくない理由はある。


 

「―――それに、王太子妃となった時、彼が側室を持つ可能性もあるじゃないですか。」


「「え!!??」」


私がそう言うと、レオンが蒼白になってアッシュ王子と同時に言った。


「私は愛人など持つつもりはない!!ティツィがいれば他の女など……。」


レオンがものすごい勢いで否定をしてくれたのが嬉しかったが、彼の言葉を遮って言った。


「貴方がそう思って下さっても、国王陛下となれば別ですよ。もし私が貴方との子に恵まれなければ議会は貴方の血を後世に残すために他の女性をお側に置くことを勧めます。それは私が王太子妃として教育を受けた内容の一つです。」


アントニオ王子が別に何人側妃を置こうと気にもならなかっただろう。

むしろ、そうしてくれと思っていたぐらいだ。


でも、レオンが他の女性をその腕に閉じ込めることを私は我慢できないだろう。


「……私は、もうそれを許容できません……。」

 


それほどに、彼を愛している。


不意に体が宙に浮き、レオンが私を抱き上げながらギュッと抱きしめた。


「ティツィ、愛してるよ……。私には君だけだ。」


そう耳元で呟きながら包まれる彼の温かな体温に心が穏やかになって行くのが分かる。

彼無しにはもう生きていけない。


 

レオンの肩越しに、アッシュ殿下と目が合う。

 

「良く分かりました……。では、最後に一つだけ。僕は貴女に憧れていたから、貴女を目標に頑張っています。」


「え?」


思いがけない言葉にきょとんとしてしまう。


 

「もし、レグルス公爵が他の女性にうつつを抜かしたり、愛想が尽きたらいつでも僕のところに来て下さい。」


その言葉に、レオンの周囲の温度が氷点下にまで下がる。

それに気づかない……、いや、気づかないふりをするアッシュ殿下は澄んだ瞳ににこやかな表情を崩さない。


「ほう?アッシュ王子はティツィを手に入れられる機会があるとお思いか。」


レオンの腹の底から出るその声は、私たちを興味津々で見る貴族達を片っ端から凍りつかせていく。



「公爵様、リップサービスですよ。」


慌ててフォローするも、レオンの周囲の温度は上がらない。

まだ殿下は五歳だ。年頃になれば、彼にふさわしい年相応の御令嬢が現れるだろう。



 

「そんなサービスはありがた迷惑だ。」


そう言って私の顎に手を添えて、顔を近づけてきた。


「ちょちょちょちょ、公爵様?」


「何?」


「ま、待って待って……ここでは……。」


「待てない。恨むなら、ティツィをこんなに綺麗にしたリタとリリアンを恨んでくれ。君が誰のものなのか、周囲に分からせる必要がある。」


そう言って、アッシュ王子を睨みつけ、私にキスをしながら流れるように壁際に移動させられていく。


そんなバカな!!


挨拶も無しにその場を離れる彼に唖然とするも、アッシュ王子はにこやかに、「リップサービスではないですよー。」と手を振っている。

 



キスをされながら、周囲の貴族たちが道を開けるのを見ていられなくて思わず目を瞑る。

 

「帰って良い頃合いまでここで君を見る男共から隠しておくのが一番いい。」 


そう言ってやっと唇が解放されたかと思うと、壁とレオンの間に挟まれる様にして囁かれ、心臓が跳ねる。

その彼の腕の隙間から貴族達。特に令嬢達の視線をひしひし……ビシバシと感じる。



「……じゃあ、私はどうやって女性陣から貴方を隠したらいいんですか?」


拗ねながら下から彼を軽く睨んでそう言うと、レオンが目を見開いた。


レオンは綺麗だと言ってくれるが、彼を見ている令嬢の視線の数は圧倒的に多い。


彼の視界に他の女性が入り込んで欲しくない。


ふっと柔らかく笑う吐息が聞こえ、レオンが熱を込めた目を細めたかと思うと魔法が発動した。


隠蔽魔法だ。

ありえない。


「こ……ここでそんな高度なもの使う必要あります?」


「ここが一番の使い所だと思う。」


そう言ってもう一度私の唇に、彼のそれが重なる。

自身の心臓の音が私の耳を占拠し、どうしていいか分からない。


彼の温かい手が背中を優しく撫で、熱がさらに上がる。


「ああああぁ、あの。レオ……。」


 

その時、セルシオさんとリタが横を通り、彼らから見える訳ではないのに思わず両手で彼の胸を押す。

それでも微動だにしないレオンはふっと吐息だけで笑った。

その笑いが恐ろしい程の色気を含んでいて……。


――ッチ。色気の凶器だな。私にも爪の先分だけでも分けてくれよ。


思わずそう内心毒づく。



「お嬢様達はどこに行ったんですかね?確かにこちらの方に行くのが見えたのに……。」


「もうすぐ閣下が待ち望んだお二人の婚約式が始まるというのに……。」


そう言ってセルシオさんはふぅと小さなため息をこぼす。

 

「しかし可哀相に、ティツィアーノ様は本当にこれで閣下から逃げられなくなったな。」


「どういう意味ですか?」


リタが訝しげに尋ねた。

 

「閣下はティツィアーノ様がアントニオ王子と婚約破棄をしてから、ティツィアーノ様の好みを知る為にうちの諜報員を総動員して、サルヴィリオ領に送り込んだんですよ。今までひた隠しにしてきた感情のブレーキが利かなくなったんですかね。ティツィアーノ様に関してもう……あんた誰って感じでしたよ。」


その言葉にレオンの手がピタリと止まる。


「そういえば、……婚約破棄後にお嬢様と街に出かけた時、慣れない視線を感じました。」


「あ、それ。恐らくうちの人間ですね。あの時は南の海域の魔物問題があって、閣下がいないと片づきそうに無かったんです。自分で彼女の情報を集めに行こうとしてたのを、全力で止めたんです。」


「どうやって止めたんですか?」


リタが疑問に思うのも当然で、セルシオさんが力でレオンに敵うとは思わない。


「『癒しの力を持つ大ダコの魔石をプレゼントしてはどうですか?戦場に行かれる彼女は喜ばれると思います。』と。」


思わず、公爵様の方を見上げる。

あの手紙!!!


「まぁ、おかげで南海域の問題は早期解決。でも自分がサルヴィリオ領に行けないということで、一日三回諜報員に報告するよう命令してましたけどね。」


「それは……。」


ドン引きしたリタの言いたいことが分かったのだろう。

 

「「完全にストーカー……。」」


リタとセルシオさんが同時に呟いた。


「あいつら減給だな……。」


そう呟くレオンの口元は柔らかな弧を描いているが、目が笑っていない。

そんな彼が可愛らしくて思わず私が笑ってしまう。




「まぁ、お嬢様も王宮に行くたびに公爵様の訓練の姿を盗み見ていたからおあいこですかね。」


リタのその言葉に今度は公爵様が驚いた様にこちらを見る。



うぉおおおおい!!

やめて!リタ!!

ここでそれ以上口を開かないで!!


 

また目の前のお方がじわりと色気を含み始める。


「ウチの副団長が、お嬢様の太刀筋を見てレグルス公爵様のに似てるって言ってたんです。それでテトに聞いたらお嬢様王宮に上がる度、騎士団の訓練場を能力発動マックスにして熱心に見てるって。それとなく聞いたら憧れの騎士だって言うんですよ。その話をするお嬢様は憧れじゃなく完全に恋に浮かれた少女でしたね。」



それは主人を表現するのにいかがなお言葉かしら、リタ!!

言い方よ!言い方!!!


別の場所を探そうと去って行った二人の背中を睨みつけ、

  

「リタも減給だわ。」


と呟く。

 

「いや、彼女は昇給だな。」


見上げると、ニヤニヤが止まらないレオンが顔を近づけてきた。



「……愛してるよ。あの広い王宮の中、私を見つけてくれてありがとう。」


そう囁いて頬に羽のように軽い口づけを落とす。


「レオンこそ……私がアントニオ王子の婚約者だからと諦めないでくれてありがとう。貴方と他の女性の結婚の噂を聞くたびに経験のない苦しさがあった。……あまりの自信のなさから逃げた私を……捕まえてくれてありがとう。」



 

「……諦めるつもりも、他の女性と結婚する気も無かった。生涯、王妃となった君だけを守り、君の為だけに捧げるはずだった人生だ。君の心を手に入れられるなんて思ってなかった。死ぬまで手放す気はないから覚悟しておいで。……だからまず、早く『コレ』に慣れて。」



そう言って、左手で私の後頭部を優しく支え、右手は明確な意志を持って私の背中を撫でる。

狂気を含んだような、熱の篭った目は直視出来ない程で、迫ってくる彼の唇は私の理性の限界を試そうとしている。

 




「お……お手柔らかにお願いします……。」


そう言って目を瞑るのが私の精一杯だった。


 

新作はじめました。


「妹に全てを奪われた令嬢は婚約者の裏切りを知る〜英雄騎士は愛を乞う」


良かったら覗いてみてください(^^)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 連載終了お疲れ様です! とっても面白く楽しませていただきました(*^^*) レオンさんの溺愛っぷりが好みです! [気になる点] 会話部分の【 」】の直前に【。】は不要だったと思います。 …
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