末路
彼が黒龍の剣を振りかぶった瞬間、炎と共に悲鳴が上がった。
「あ゛ぁぁぁぁ!!手が!!手が!!」
単調な魔力操作のみで黒龍の剣を扱おうとしたが故に暴発し、彼の手が焼け爛れている。
「おのれ、ティツィアーノ!!俺様を嵌めたな!!」
「いいえ、暴発すると申し上げましたよ。」
彼の落とした黒龍の剣を拾い上げながら、魔力を通す。
「こうするんですよ。」
その様子を彼に見せると、悔しそうに私を睨みつける。
「リタ、殿下に治癒魔法を。」
「えっ……。」
すこぶる嫌そうに顔を歪め、「私、あの人に近づくと蕁麻疹が……。」そう言って拒否をするも、「リタ。」と声をかけると渋々彼を治癒した。
「では、殿下。気を取り直してやりましょう。」
そう言って自分の持っている剣を彼に渡す。
私を睨みつけながらも、黙ってそれを受け取り彼は立ち上がる。黒龍の剣をテトに渡し、得物を持たず立つ私にアントニオ王子が眉根を寄せる。
「おい、貴様もさっさと剣を持て。」
そう不愉快そうに剣の先を向けながら言った。
「要りません。」
そう言って軽い身体強化をし、彼を見据える。
「何だと……?」
腹立たしげに顔を歪め、怒りで額に血管が浮き出ている。
「貴方の相手に武器は要りませんよ。どうぞ、遠慮せず切り込んでください。」
「言い訳は聞かんからな!!」
「お互い様ですよ。」
そう言うと同時に真っ直ぐこちらに切り込んできた。
誰にでも扱える剣に魔力を流し、発火する剣を振り下ろしてくる。
何の考えもないただ振り下ろすだけのそれを避け、手をはたいて剣を落とさせる。
そのまま足払いをし、床に叩きつけ、上から押さえつけた。
「がぁっ……!」
「勝負あり。ですね。」
「くそっ。ありえない……!!」
苦々しく言うも、完全に押さえつけているので彼は微動だにできない。
「……ここまで弱いと負けたフリって言うのも結構大変なんですよ。」
思わず稽古の日々を思い出し、ため息と共に溢れてしまった。
「きさっ……ま。」
「私が得物を持っていないから油断したなど言い訳はしないで下さいね。」
「くっ……。」
そう言って上から押さえつけていた腕を外し、彼から離れた。
そのまま微動だにしない彼に背を向け、こちらを優しく見つめるレオンの元へ戻ろうと足を進めた。
一歩、足を進めたところでレオンの顔が険しくなった。
それと同時に背後から寒気のする様な強大な魔力を感じ、反射的に身体強化をする。
振り返った瞬間、目に狂気を宿したアントニオ王子の右手に魔力が集中していた。
あんなもの、ここで暴発させたら周りの人もタダでは済まない。
自分を守れても、怪我人が大勢出る。……怪我で済めば良い方だ。
なぜそれが分からない。
自分の行動が自分の首を絞めている事に。
「俺様を……馬鹿にするなぁぁあああ!!」
怒りと共に放とうと振りかぶったそれを抑え込みに行こうとした瞬間、レオンが横を通り過ぎていった。
「どう頑張ってもクズだな。」
レオンがアントニオ王子に吐き捨てると同時にアントニオ王子の右手にある魔力をレオンの魔力で相殺する。
少しでも魔力の大きさが違えば魔力同士で暴発するというのに、瞬時に、寸分狂う事なく同じ魔力で相殺させる才能に魅せられる。
「ティツィアーノを……殺すつもりだったか?アントニオ王子。」
背筋の凍る様な冷たい声でレオンがアントニオ王子に言った。
あまりのレオンの圧で何も言えないアントニオ王子はゴクリと喉を鳴らす。
ふわりとレオンの全身を魔力が纏う。
「二度とそんな事が出来ない様に消し炭に……。」
「レオン。こやつの処罰はワシに任せてもらおう。」
レオンの怒りを遮り国王陛下の声がフロアに響き渡った。
「アントニオ、其方には生涯タイロ鉱山で強制労働に就かせる。魔力に関しては封印をし、二度と使える事はないと思え。」
「父…上……?」
タイロ鉱山というのは、囚人達が強制労働させられる場所で、刑罰としてはかなり重い。
それでも強制労働期間を決められるのがほとんどで、生涯というのは聞いたことがない。
犯罪者同士のいざこざだけでなく、石切りなどの作業による怪我も多い。食事も衛生面も劣悪と聞いたことがある。
王宮という温室でぬくぬくと過ごし、プライドだけは高いアントニオ王子には死ぬより辛い処罰だろう。
まして魔力を封じられては逃げ出すことも、荒くれ者の多い囚人達の中で立場を確立することもまず無理だ。
「父上!!なぜですか!?私は何も悪くありません!マリエンヌの件も私は騙されただけと申し上げたではないですか。それともティツィアーノとの婚約破棄の件ですか!?王位継承権は……。」
「だまれ!!これ以上見苦しい姿を私に見せるな。アントニオ、お前の代わりはいるが、サルヴィリオ家の代わりはいない。お前が捨てたのは国の守りで、その時点でお前の王位継承権はなくなった。レオンとティツィアーノ嬢の結婚と王位継承権を結び付けたのも、お前が勝手に言った事で一言もワシは了承していない。」
茫然と父親を見つめるアントニオ王子の顔色は真っ白と表現しても語弊はないほどだ。
そんな息子を冷ややかな目で見ながら言葉を続ける。
「何も悪くないだと?モンテーノ男爵家の娘に唆され、国を売り渡した貴族と関係を持つなど王家の人間として問題にならぬ訳がない。知らなかった、騙されたでは済まされない。それが王位継承者なら尚更だ。……大人しく自分の部屋で謹慎しておれば幽閉か、平民へ落とすだけで済んだかも知れぬものを……。」
その言葉を聞いたアントニオ王子が一縷の希望を、目に宿し食いつく。
「確かに謹慎するよう言われていましたが、ちょっと舞踏会に出ただけではありませんか!鉱山で強制労働に就くほどでは……!」
「阿呆が!!このホールに集まる貴族が今まさに貴様に殺されかけたではないか!!貴様の思うがままにあんな魔法を放っていたらどれだけの死傷者が出たと思っておる!!レグルス公爵がいなければ被害は計り知れなかった!!」
国王陛下でも庇いきれない。
感情のまま、何も考えず行動する王族など誰も求めていない。
共に国を支える貴族たちも自分達が害されるとなれば当然支持など誰もしない。そもそもサルヴィリオ家の後ろ盾なしに彼を支持する貴族は居なかったのだから。
床にへたり込むアントニオ王子は周囲の貴族を見回し言葉を失った。
アントニオ王子を見つめる貴族の冷ややかな……侮蔑のこもった目。
今まで散々金魚の糞のようについて回っていた取り巻き達ですらもはや目を合わせもしない。
父親も、母親も、小さな弟ですら彼を他人のように冷ややかに見ている。
彼は、一人だ。
王子という立場に胡座をかき、勉強も、武術も、自己研鑽する事なく。
彼を思って口を出す人間を排除し、自分に甘い言葉だけをかける人間を側に置いた。
その結果がこれだ。
陛下にアントニオ王子を連れて行くよう指示された近衛兵たちが彼を連れて行くが、以前レグルス公爵邸で連行された時とは異なり、騒ぐ事は無かった。
焦点の合わない目で心は壊れていた。
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