舞踏会 1
「本当に、変じゃない?」
王宮の広間に続く豪華な廊下を歩きながら、こっそりリタとリリアン様に聴くと、二人は鼻息荒く、『変じゃありません』と言った。
今日は、私とレオンの婚約披露を兼ねた舞踏会が開かれる。
バカ息子が散々迷惑をかけたと言って陛下が披露宴を王宮で行うよう手配してくれたのだ。
が!!私としてはこぢんまりと、ひっそりとしたかった。
アントニオ王子の時は気にもならなかったけど、あの美形の横に並んで歩くなど、心臓に毛が生えていないと出来ない!!
残念ながら、私の心臓は絶賛脱毛済みだから!!
「お嬢様がお化粧をあまりお好きでないから我慢していましたが、リリアン様のおかげで最高の出来栄えです。」
リタが真顔なのに、『ドヤァ』を前面に出して言った。
「お姉様の美しさを引き立てるにはやっぱりこのメイクしかないと思っていました。お兄様がお金に糸目はつけなくて良いと言うから、貴重なお化粧品も輸入できましたし、お兄様の選んだドレスをベースに、お姉さまの為だけの素敵なドレスが出来ましたわ。」
そうして、私をうっとり見つめてほぅっとため息をつく。
「よく似合ってるよ、ティツィ。誰にも見せたく無いけれど、君は私のものだと公言する為なら今日一日我慢しよう。」
そう言って、横を歩くレオンは私の頭に優しくキスを落とす。
美形の破壊力の、半端なさよ!!
隣を歩いているレオンは、白い騎士団の礼式の服に身を包み…目が潰れそうなくらい眩しかった。
もはや、後光が差している。あぁ、男性なのにこんなに綺麗だなんて……。
リリアン様が用意して下さったドレスはマーメイドラインで、澄んだ水色をベースに、裾にかけて濃いグラデーションになっている。
首元のレースも繊細で、質の良いものだと一目でわかる。
ドレスの腰から下にかけては繊細な刺繍が施され、シンプルなドレスだけれど、上品さが溢れている。
以前、リリアン様や公爵様とレグルス領で街に買い物に行った時注文しておいたそうで、更に手を加えたそうだ。
「以前見た時も思ったけど、君のためにデザインされたものかと思うほど綺麗だよ。」
レオンの優しい眼差しは、甘い声をより甘く感じさせる。
「あ、ありがとうございます……。でも、ドレスでコルセットを締めないのは不思議…。」
そう、普通はコルセットでスタイルを良く見せるために体を締め上げるのだが、その苦しさも無く随分と楽だ。
「お姉さまは普段鍛えていらっしゃるからプロポーションが抜群で、コルセットなんて必要ありませんもの。」
うふふと微笑むリリアン様は超上機嫌だ。
王宮の大広間に着くと、周りの視線がこちらに集中したのが分かる。
既に多くの貴族が集まっており、妙齢の御令嬢たちがレオンの美しさに見惚れているのが分かる。
そして、その横に立つ私を品定めしているのを肌で感じ取る。
その視線に思わず体に緊張が走る。
すると、ぐっとレオンが腰を引き寄せ私の顔を覗き込んで、心配そうに言った。
「どうした?気分が悪いか??」
そうして体温を測るようにコツンとおでこを合わせた。
その瞬間、会場から『キャー!!』と令嬢たちの悲鳴が上がる。
「嫌!公爵様に見つめられるなんて!羨ましすぎますわ!」
「ご覧になりました!?あの、蕩けるような瞳で……。」
「あんなご尊顔で見つめられたら、わたくし死んでもいい!!」
「公爵様があんなに柔らかい声で女性にお声かけなんて!!やっぱり噂は本当なのね……。」
「コツン……!!コツンて……!!そんなことされたら死んでしまうわ!!」
ああ、耳が良すぎて会場の隅から隅までご令嬢たちの言葉が聞き逃せない!
ねえ、噂ってナニ!?
そこ具体的によろしく!!
そう思いながらも、会場のざわつきと熱気、声に頭がくらくらし、本当に気分が悪くなってきた。
「あ、あの。来たばかりで申し訳ないのですが、私ちょっとテラスで外の空気に当たってきます。」
「それなら、私も行こう。」
心配そうに言うレオンの後ろに母と財務大臣の姿を認めた。
「――――――その話はレグルス公爵にしてくれ。」
「あ、あちらにいらっしゃいますね。」
こちらを認識した彼らの会話からはレオンに話がありそうだ。
「いえ、レオンは母とお話がありそうですので私一人で大丈夫です。リタ、リリアン様をよろしくね。」
そう言って、不満そうなレオンを残して一人でテラスに向かった。
「ふぅ……。」
テラスへと出るドアを開け、外に出る。外に広がる景色を見ると、見慣れた庭園が広がり、その奥に騎士団の練習場が見えた。
「ここからも練習場が見えるのね……。」
今でも鮮明に思い出す。レオンを初めて見た衝撃と胸の高鳴り。
彼のような人に誇ってもらえる国を作りたいと思った自分はもういない。
あの頃がむしゃらに頑張ったことは今の自分に繋がっている。
あの人との婚約があっての今があるのだろうと思える。
そんなことを考えていると、後ろのテラスのドアが開き、声をかけられた。
「失礼。」
「…………アントニオ殿下。」
今まさに考えていた人が目の前に現れた。
彼は、なんとも言えない切ない目をして私の前に跪く。
今までにない彼の行動に思わず目を見張り、驚きで微動だに出来なかった。
国王陛下に諭され、彼の心境に何か変化があったのだろうか。
今回彼は舞踏会に参加はしないと聞いていたが、ここにいるということは反省を示し、陛下から許しが降りたのかもしれない。
それでも、私はどんなに反省をしても許すことは出来ない。
彼がとった行動は国を危険に晒したのだ。
彼は私をじっと見つめ、切羽詰まったような、それでいてなんと切り出していいのか分からないといった顔をしていた。
私から話すことは何もない。
ただ、彼からの言葉を待った。
「鳴呼……美しい人……。」
…………ん????