自分の力 2
――――――メリルさんが用意してくれていた村娘の服に着替えていると、ここにも火事の知らせが届き、辺りが騒がしくなり始めた。
「――行きましょう。」
「オイ、移動する……。」ノックも無くガチャリと、ドアを開けた兵士の顔面を正面から叩きつけ、一発で意識を失わせる。
「こっちです。」
身動きが取れるようになったなら、することはただ一つ。リトリアーノ軍の侵攻を少しでも遅らせる。
きっと、ウォルアン様とリリアン様は伝えてくれる。
きっと無事に屋敷に着いている。
「みんな、ティツィアーノ様を、連れてきたわ!」
メリルさんが、案内してくれた、村の端にある家に入ると、十人ほどの男性たちが集まっていた。
「ご無事で良かった!」
「あの時は本当にありがとうございました!」
「あの時頂いた作物のタネのおかげで、今は皆何とか食べていけています!」
そう言って駆け寄ってくれたみんなの目はとても優しい。
「ありがとう、みんな。よく彼らの物資に火をつけられましたね。武器庫に火をつけてくれて、本当に助かりました。お陰で時間が稼げます。」
「モンテーノ家も、リトリアーノの奴らも、私たちのことをただ怯える、従うだけの者だと思ってますからね。警備も甘かったです。」
ひとりの男性がそう言うと、みんなが言った。
「俺たちのこと助けてくれたティツィアーノ様の力になりたいんです!!」
言葉にできないものが胸の奥から押し上げてくる。
「ありがとう……。でも、無理はしないで。わたしもこれ以上貴方たちの権利を奪わせないためにも、戦うから。」
すると、ひとりの男性が横から鞘に入った剣を差し出した。
「これは……。」
「貴方の剣ですよね?武器庫に火をつけに行った時入り口に置いてあって、見覚えがあったので持ってきました。」
渡された黒龍の剣は私の手に馴染むように、応えた。
「ありがとう。これで、十分戦えます。」
すると、メリルさんが村と周辺の地図を持ってきてくれた。
「作戦、立てましょう!!」
そう言った彼女の瞳にはあの時見た仄暗い光は無かった。
メリルさんに村を一望できる場所に連れてってもらう。ただし、安全性の高い、距離を取れる場所。
弓に自信のある者は二方向に分かれて村を挟み込むように。
力に自信がある者には、村から進軍する為の山沿いの通らなければいけない山道で待機してもらう。
「ティツィアーノ様…ここから村の様子は見えますが、夜ですし、私には先程放火した炎しか見えません…。」
メリルさんが不安そうに言う。
「大丈夫。私にはよく見えますから。」
先程放火した武器庫の他に…食糧庫、人の出入りを観察する。
武器庫の放火も全体には広がっておらず、無事だったものを別の場所に移動している。
別働隊が私を探しているようで、民家のドアを壊しながら家の中を踏み荒らしている。
「そんなとこにいつまでもいる訳ないでしょう。もう村人すらいないことに気づかないほど愚かなのね。」
思わずそう呟き、弓を構える。
「ティツィアーノ様は弓も使われるんですか?」
メリルさんが驚きながらもキラキラした目で私を見ている。
「そうですね。魔力が弱いので、小さい頃は接近戦より遠距離から攻撃できる弓を集中的に教え込まれていたので、得意です。」
そう言いながら弓を構える。
横で「はぁ……かっこいい。」と聞こえた気がするが、……いや、はっきり聞こえたがあえて聞こえないフリをする。
「では、始めます。」
弓を放つ瞬間、強い光を放つ簡単な魔法を付与した小さな魔石をくくりつけて放つ。
武器庫、食糧庫、物資を運ぶための馬車。それらを攻撃するための目印だ。
そうして目標地点に向かって、二手に分かれた場所から火魔法を付与した魔石をくくりつけた矢を放つ。
場は混乱し、次はどこから飛んでくるのか、火消しに追われながらも散らされた蜘蛛の子のようにリトリアーノの兵士たちは混乱している。
ただ、騎士団長のいる、軍需品を詰め込んでいた荷馬車のところだけは統率ができている。
このままでは、進軍されてしまう。
「メリルさん。みんなと合流して、メイン道路の封鎖を手伝ってきて下さい。」
北の道はまっすぐサルヴィリオに続き、優秀な国境警備兵がいる。
サルヴィリオの南側につながる主要な道は一本だけ。
地元住民が使う裏道にある橋は全部落としてある。
安全に、サルヴィリオの裏をかくならこの道しかない。
通れないと遠回りするも良し。とにかく時間が稼げればいいのだ。
でも、まだ南側の位置を塞ぐのに、時間がかかるし、少し塞いだだけではたいした足止めにはならない。
「分かりました!ティツィアーノ様はどうされるんですか?」
村の状況が視界に捉えられないメリルさんは私の顔を見てまさかと小さく呟いた。
「荷馬車が思ったほどダメージを受けていません。私が直接行って足止めをしてきます。」
「そんな……敵陣の真ん中に突っ込むんですか!?自殺行為ですよ!!もう村人も誰もいません!!」
「分かっています。でも今の私には取り戻していただいた『これ』がありますから、簡単にはやられません。それに、火消しに兵士たちも手を割かれていますから。」
そう行って黒龍の剣をメリルさんに示した。
この剣以上に頼れるものなどない。
母の思いを知れば知るほどその思いは強くなる。
「でも……!!」
「メリルさん、ここまでできたのは貴方のお陰です。貴方達がしてくれたことを無駄にはしない。ここで進軍を止めなければ、戦場は広がるだけです。」
公爵様や母が出れば進軍は止まるだろう。
それでも、来るまでに蹂躙される他の土地を見捨てるなんてできない。
ここを抜けてサルヴィリオに侵攻なんてさせない。
長年育った土地を踏み荒らすことは許さない。
「お願いします。」
そう言って、荷馬車の方へ向かった。後ろから「みんなと待ってますから!」そうメリルさんの叫ぶ声が聞こえ、手を上げて応えるに留めた。
「おい、そっちの荷物はこっちに乗せろ。」
「でもよ、本当に行くのかな。武器も食糧も結構な被害が出たんだろ?」
「俺たちは上の言うことに従うだけだからなー。」
リトリアーノの兵士たちの会話を聞きながら荷馬車の中心部を目指す。
中心部にべレオ騎士団長の姿を確認する。
――ここら辺でいいかな。
べレオ団長から死角になり、かつ距離の取れるところで一気に火球を放つ。
「わああああ!!なんだ!!??また火矢か!?」
「一体どこから放ってるんだ!!??」
場が混乱したことに乗じて、火を放ちながら逃走経路に向かって走っていく。
「落ち着け!!ここに紛れ込んでるやつがいる!!」
そうべレオ団長が言った瞬間、目の前に馬車が落ちてきた。
「っ……!!!」
――――――馬鹿力が!!馬車を投げてくるなんて!!
なんとか躱したものの、荷馬車の隙間から転げ出たところが兵士たちの集まっているところだった。
数人が切り掛かってくるところを、切り伏せていく。
でも背後に感じる存在が背中にざわりとしたものを走らせる。
「ティツィアーノ=サルヴィリオ。……いつの間に。」
べレオ団長は苦々しそうに言った。
「自分達の国に帰りなさい。ここはお前達が踏み荒らしていい場所ではない。」
彼に向き直りそう言うと、鼻で笑われた。
「先程手加減するべきではなかったようですね。いいでしょう、相手をしましょう。お前達、手を出すなよ。」
そう騎士達に言ったと同時に私に切り掛かってくる。
黒龍の剣は軽い。けれど硬い。
「ぐっ……!?」
彼の大剣を受け止めた時違和感に気づいたのだろう、べレオ団長は私から距離を取った。
「それが、最強の剣と謳われる黒龍の剣か……。」
「卑怯だと言いますか?」
「いや、その剣は扱うだけでかなりの魔力操作を求められる。そうでないと暴発してしまいますからね。それができる貴殿はそれを扱う実力があると言うこと。筋力が無いと大剣が振れぬのと同じ。私は卑怯だとは思いません。」
そう言って彼は改めて大剣を構え直した。
「……楽しみだ。」
右の口角を上げ、そう呟いた瞬間切り掛かってきた。先程どれだけ手加減していたかが分かる。
攻めてくる彼の剣を受け流しながら攻撃の隙を探る。
――――――ほんっと馬鹿力なんだから……。
そう思いながらも隙がないのは流石としか言いようがない。
べレオ団長が上から振りかぶった剣を受け止めた瞬間。
ざわりと、不快な声が聞こえた。
「撃て!!」
視界の端で捉えたのはモンテーノ男爵。そして彼を守るように横に立つ三人の騎士が私めがけて攻撃魔法を放った。
咄嗟に防御壁を張るが、べレオ団長の剣を受け止めながら張ったそれは上等なものではなく、防げた衝撃は半分も無かった。
「きゃああああ!!!」
軽く吹き飛ばされ、荷馬車に体が叩きつけられる。
起きあがろうとするも……体が思うように動かない。
耳に衝撃を受けたのか、あまりよく聞こえない。腿に負った深い傷から血が流れている。
微かにべレオ団長が、モンテーノ男爵に「余計なことをするな。」と怒っている声が聞こえる。
「そうは言ってもべレオ殿、この混乱を招いたのはこの娘ですぞ?早々に片をつけておきませんと。さっさと殺してしまいましょう。」
贅沢な暮らしをしている癖に、ひょろりとした体躯。年のせいか痩けた頬で貧相に見える彼は地に伏す私を満足そうに、それでもギラギラと憎々しげな色を宿した目で見て言った。
「それはダメだ。カミラ殿下は生きて捕らえよとのご命令だからな。」
「ちっ……。」
娘をカミラ殿下にあてがいたかった男爵としては私を早々に消したいだろう。そんな気配を隠す気もなく睨みつけてくる。
そんな彼を尻目に、べレオ団長は振り返り、周りの兵に指示を出した。
「ここはもういい!彼女を拘束して、救護室に連れて行け!進軍の準備をしろ!!」
ダメだ!!まだ時間が足りない!!
ダメだ!!
立て!!
黒龍の剣を支えになんとか立ち上がると、べレオ団長は呆れた顔で言った。
「ティツィアーノ嬢、その出血でそれ以上無理をすると命に関わりますよ。ここで、貴方一人命を張ってどうなるというのです。」
「……うるさい。」
彼が好きだと言ってくれた街を守りたい。
私の育った領地を美しいと言ってくれた。
街の皆も好きだと言ってくれた。
あの言葉がどれだけ本当だったのか、単なる社交辞令だったのかなんて私には分からない。
私を掬い上げてくれたあの言葉にも、背中を押してくれた言葉も。
どんな思いがあったかは分からないけど、その言葉で前を向けたことは間違いようのない事実だから。
私が見た彼を信じたい。
彼の愛が私じゃない誰かに向けられているとしても。
好きになって欲しいなんて望まない。
少しでもいい。
ほんの少しでも貴方の心のどこかに引っかかるだけでいい。
それだけでここで剣を振るう意味はある。
「諦めが悪くてごめんなさいね。」
そうべレオ団長に剣を向けた。
その時、声が聞こえた気がした。充満する煙の中、覚えのある、胸が締め付けられるような『彼』のムスクの香りも…。
――――――幻聴まで聴こえるなんて、いよいよやばいわね。
そう乾いた笑いを漏らした瞬間、
「ティツィ!!」
目の前の兵士たちは一気に吹き飛び、星の散りばめられた夜空のような黒髪が、私の視界を塞いだ。




