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国境沿いにて

「こんばんは。」


ふと意識が浮上したとき、そこは小さな家だった。生活感のある部屋だが、暮らしは厳しそうだと一目でわかる。

間違いない。強行突破で連れてこられたここは、エリデンブルグの国境沿い。

 

「……こんばんは、マリエンヌ=モンテーノ男爵令嬢。」


ここはサルヴィリオ領の隣にあるモンテーノ領内の最北端。

アントニオ王子の我儘で私が警備に当たっていた土地だ。

 

この家の住人の女性が、おどおどしながらマリエンヌにお茶を持って来た。そこに、ひょっこり顔を出した女の子は見覚えが……というか、見知った顔だ。


少女の名前はキャリーで、その母親の名前はメリルという。

 

以前、国境警備に来た時、重税で食べる物もないので、何か分けてくれと数十人の村人が駐屯地にやって来た。

 

父親に娘を助けてくれと抱き抱えられた骨と皮だけのようだった女の子は、発熱でぐったりし、そばに寄り添う母親はただただ途方に暮れた目をしていた。


何度かこの村を訪ねた時、症状は良くなっても寝たきりだった小さな女の子。当然まだ細いけれど、動けるほど元気になったのかと安心する。

 

 

「ちょっと、どこを見ているの?貴方、今の立場を分かっているの?」


綺麗な顔を歪めて、傲岸不遜な態度でマリエンヌが言った。

彼女の後ろには、王家の護衛がリトリアーノ国の服を着て立っていた。




「分かっていますよ。貴方が……モンテーノ家が国を売ったということですよね。アントニオ王子はご存知なんですか?」


流石にあんなにおバカでも国を売るような真似だけはしないだろう…………と信じたい。


「ふふふ、知らないけど、彼の協力なしには成り立たなかったわよ。」


でしょうね。


おバカだから操りやすかったことだろう。


「国境警備をモンテーノ領までするよう命じたのも貴方?」


「そうよ。警備の費用を他のことに使えるでしょう?」


「例えば、武器の輸入とか、人身売買のための人員をそちらに回したり?」


そう言うと彼女はニンマリとして言った。


「その通り。でも、貴方たちが来て逆に上手くいかなくなった。あれは失敗だったわ。」


彼女の言いたいことは分かる。完全にモンテーノ領の資金源だったであろう『あれ』を閉じたのだから。


「『あれ』は……いつ、どうやって気づいたの?」


彼女の顔から先程の笑みは消え、冷えた目で私を見下ろした。

 

「さぁ?何となく?」


「ふざけないで!!!分かるはずがないのよ!!見えるはずがないのよ!!」


発狂する彼女は手に持った扇を私の顔面に投げつけた。

避けられたそれは、彼女を刺激しないために甘んじて受ける。



彼女が言っているのは人身売買や武器などの密輸のために作られた長い長いトンネルだ。


国境を挟むように作られたリトリアーノの森の入り口からモンテーノ領までのトンネルは通常目視では分からない。


アントニオ王子に言われて警備の任についていた時、不審な商団らしき馬車が現れた。


最初は商団に気付かなかっただけかと思ったが、数回同じことが起これば偶然などあり得ない。

感覚強化をフルにして、国境警備線の背後にある山の麓の村でトンネルの出入り口を発見した。

それがここ、カサノ村だ。


「いつからリトリアーノと通じていたの?」


「五年ぐらい前かしら?長い時間をかけて作った物なのに、貴方がアントニオ王子と婚約破棄したタイミングで、サルヴィリオ領に戻る兵士たちにトンネルを塞がれてこっちは大損よ。」


「国境警備をさせたのも、武器屋や魔物の密輸、それに人身売買の責任をサルヴィリオ家になすりつけようとしたのね?」


 

「そうよ。でもまぁ良いわ。この件が上手く行けば私はもう男爵令嬢ではなくなるの。貴方がトンネルに気付くまでに兵器も十分こちらに送ることができたし、物資も十分用意できた。戦争を始めるのには十分なの。リトリアーノの太陽王が、エルデンブルグを統合されたら、リトリアーノの公爵としての地位を下さると仰ったわ。そしてスムーズな侵攻のため、貴方を連れてこいとリトリアーノの皇子が仰ってるのよ。」


「アントニオ王子と結婚するご予定だったのでは?」


そう言うとバカにしたように笑った。


「貴方と婚約破棄した時点であの男に王位継承権はないと誰もが知っていたわ。まして、地方の貧乏な男爵家など余程のことがなければ王妃になんてなれないことも分かってる。運よく嫁げたとしても、あのバカの相手を誰がしたいと思うの?」


わぁ……そうですね。

よーく分かっていらっしゃる。


「それでも、国の結束を弱めるためにも貴方とアントニオ王子との婚約破棄は必須だったのよ。」


つまりその気もないのに王子に迫ったわけだ。

 

「その点は感謝申し上げるわ。」



すると、意外といった顔をした。


「貴方は王太子妃にそれなりの執着心があると思っていたけど?」


「与えられた、仕事として頑張っていたけれど、あの男に執着は無いから。」


そう言うと、つまらなさそうに言った。


「フン、まぁいいわ。何にせよこの国はリトリアーノに蹂躙されるのよ。そして私は貧乏男爵の娘ではなく、公爵家の娘として社交界に華々しく立ち、必ずリトリアーノ皇子の心を掴んでみせるわ。」


現実が見えているようで、見えていないのか。


「……モンテーノ家では無理では?」


「何ですって!?」


「どんなに貴方たちが上位貴族の地位を貰ったとしても統治する土地は荒れるだけ。自身の利益しか顧みない貴族では破滅しか見えないわ。」


すると、彼女は何を言っているのか分からないという顔をした。

 

「だって、領民は私のものでしょう?贅沢をして、税を取って何が悪いの?貴族がお金を使わなかったら誰が使うのよ。」


「何が悪いかが分からないことが悪いのよ。貴族が品位を守るためにお金を使うことは分かるけど、貴方の領地ではお金を使うべきところはそこではないでしょう?自分に与えられた立場というものが何のためにあるのか正しく理解できない人間に王妃なんて務まらない。民あっての国だというのに、弱い立場の人たちを軽んじる貴方が王妃となった国の行く末が恐ろしいわ。」


「偉そうに!!アントニオ王子に野猿のようだと捨てられた女が……!!」


あまりの愚かさに吐き気がする。

かつて貿易の盛んだったモンテーノは影を潜め、現男爵の一代でその築かれた富はあえなく崩壊した。

領地を治める才能も、商才も無い。


あるのは欲だけだ。


「魔物の脅威にさらされている国境の村に、何の支援も無く!己の贅沢な生活のために、飢えにあえぐ民からさらなる税金を搾る人間が貴族の地位にいる資格などない!!」


その時、後ろからパンパンと拍手が聞こえる。


「素晴らしいね。民を思い、彼らのためにあろうとするその崇高な心がけはなかなか実行できるものではないよ。」


「カミラ皇子。」


カミラ?

カミラ=シヴェリモ=リトリアーノ?


上質な黒のジャケットに身を包んだ、見目麗しい男が部屋の奥から入ってきた。

リトリアーノ王家特有の金髪に、金の瞳、透き通るような白い肌。



一度、陛下の誕生祭に国賓として招かれていた時、一言挨拶をしたのを覚えている。

確か年齢は今年で二十歳だったはずだ。


その彼の後ろにはマリエンヌの父親であるモンテーノ男爵が勝ち誇った笑みを顔に貼り付けて立っている。


「久しぶりだね。ティツィアーノ=サルヴィリオ。僕のこと覚えてるかな?」


カミラ皇子がこの場に似合わない純粋な笑顔を湛えて言った。


「ご健勝で何よりと言うべきでしょうか?」


「ははは!そんなに冷たい目で見ないでよ。これから毎日会うことになるんだから、仲良くしようよ。」


「捕虜ということでしょうか……?私では交渉には不十分かと思いますが?」


「何言ってんのさ、僕のお嫁さん。つまりリトリアーノ皇太子妃になるってことだよ。」


「「なっ……」」


マリエンヌと、私の声が同時に出た。


モンテーノ男爵も驚いたようで、先ほどの不愉快な笑みが一瞬にして消え去る。


「なんでこんな野猿とカミラ様が結婚ということになるんですか!!サルヴィリオ家は邪魔だと仰っていたじゃありませんか!!」




キンキン声で喚くマリエンヌの言葉にカミラ皇子が軽く笑った。

 

「そう、手強すぎて邪魔だよ。でも、君が僕と結婚したらサルヴィリオ家も大人しくなるんじゃないかな。どう?優良物件だと思うよ?」


ニコニコ自分を指差しながら言っているが、目が笑っているように見えない。


「お断りします。私では分不相応です。」


万が一そうなったとしたら国に迷惑をかけ、家に迷惑をかける。

やっと分かり合えた母に負担など強いるわけに行かない。


「そうかぁ。ま、リトリアーノに来ておいおい僕のことを好きになってくれたら良いよ。」


――――やばい、こいつも話が通じない系かもしれない。


「私は王太子妃として何もできませんよ。確かに王太子妃としての勉強やマナーなど教育は受けてきましたが、国境を守るという仕事があったので、社交界でのノウハウなどほとんどありません。できるのは剣を握ることぐらいです。」


すると、じっと彼は私を見つめて口角を上げて言った。


「…………本当にそう思う?」


「え……?」


「まぁいいや。とりあえず君は別室に待機していなよ。用意ができたらすぐリトリアーノに向かうから。」


そう言って、一人別室に移される中、マリエンヌとモンテーノ男爵の癇癪が炸裂していた。



 




 

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