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手中に落ちる

リタがホットミルクを作ってくれると言って出て行った直後、小さな悲鳴が聞こえた。


その声の方に感覚を集中すると、複数の足音が南の塀の方に走っていくのが聞こえる。

正門も裏口もそちらではない。


不安を感じ、慌てて黒龍の剣を取る。

窓から足音のした先に向かうと、公爵邸を囲う壁の下に王国騎士団の服を着た男たちが数人立っていた。

今日、アントニオ王子と一緒にいた護衛騎士達だ。


その男たちは猿轡を嵌められたリリアン様とウォルアン様を担ぐ様に持って、塀を乗り越えようともせず、私が来るのが分かっていたかのように立っていた。



「貴様ら、王家の護衛騎士が何をしている?」


そう言うと、こちらを向いた騎士が口角をあげ、不敵な笑みを浮かべる。

こいつらは、今日アントニオと一緒に来ていた連中だ。


「ティツィアーノ=サルヴィリオ。待ってたぜ。」


待っていた?


「どういう意味……?」


「『ティツィアーノは野猿のようだが、女子供にめっぽう弱い。人気集めのつもりか知らんが、そんなことで王妃になれない』とお前の元婚約者が言ってたぜ。このお嬢ちゃんの悲鳴が聞こえれば絶対来るってな。」


それでも、私があの小さな悲鳴を聞きつけるとなぜ判断できるのか……。


「聞こえるかどうかも分からない悲鳴で私がここに来る確信はない。一人で来る可能性だって断言できない。」


そう言うと、ニヤニヤが止まらないのか、男が笑みを深くして言った。


「いいや、お前は来ると『あの御方』はおっしゃったからな。だからこそこの二人を連れ出したんだ。複数人で来たところで公爵家の令息令嬢がこっちにあれば誰も手を出せないだろう?まさか、今日まで公爵邸に潜んでいるとは思わなかったぜ。散々探して巡ってきたチャンスだ。さぁ、一緒に来てもらおうか。」


 

「……その結界が易々と抜けられると思っているのか?」


簡単には破れない結界だと言うのは少し魔力が使えるものなら分かる。

王家の護衛騎士になりすまさせ、厳重な警備の公爵邸に中途半端な人間を送り込むとは思えない。

手練れであればこの結界の頑丈さはすぐに感じ取れるはずだ。


男は鼻で笑い、胸ポケットから一つの魔石の着いたブローチを取り出した。


「それは……、なぜ、それを貴様らが持っている……。」


赤く仄めく魔石のブローチは王家が護身用として持っている魔力を無効化する魔石だ。

貴重な魔石から作られたもので、赤竜の核から作られた貴重な物だと王妃教育で知った。

現時点で魔力を無効化する魔石はこの国に三つしか存在しておらず、陛下、王妃陛下、そして、王位継承権第一位のアントニオ王子しか持っていない。


「お宅の愚かな坊ちゃんは単純でいいね。おかげでこの強力な結界も簡単に出られるぜ。」


あのバカ!!!

心の底から呆れて、もうその言葉しか浮かんでこない。


「……その魔石は一度きりしか使用できないと知っていて、わざわざここで使うつもり?」


「その一度きりが大事なんだよ。ティツィアーノ=サルヴィリオ、お前も来てもらおうか。」


「断ると言ったら?」


ニヤニヤと気分の悪くなる笑みを浮かべながらその男がナイフをリリアン様に突きつけた。


「選択肢なんかねぇよ。」




―――その通りだ。


「あのお方がお前を捕らえ次第この国に侵攻するそうだ。お前が出てくるとめんどくさいんだとよ。最前列の特等席で最高のショーを見せてやるぜ。」


つまり、私を最前戦に連れて行くということか。殺すでもなく、連れて行く理由は分からないが、そこに『あのお方』とやらがいるのだろう。


 

「お前が来ないならこの娘を殺すだけだぜ。公爵の妹が死んだところで別にどうでも良い。もう一人生きていて交渉できればいいんだからな。やらないと思うか?」


ニヤニヤとリリアン様の頬にナイフを突きつけるその様に、怒りで視界が真っ赤に染まるが、手出しなどできる状況ではない。


「分かったらその持っている剣をこっちに寄越しな。」


ニヤニヤが止まらない男に、黙って剣を渡す以外選択肢は無かった。 








―――――――――揺れる馬車の中、どうやって二人を屋敷に返すか考えていた。


彼らの目的地に急いで行くなら翼馬に乗り換えるはずだ。追手から逃げるにもこの馬車では絶対に追いつかれる。



恐らく目立たない市街地まで馬車で行き、そこから翼馬で移動するはずだ。


敵が三人程度であれば、リリアン様もウォルアン様も逃すことができる。


とりあえず縛っておけば良いと思ったのか先ほどの連中は馬車の後ろから、追手がいないか警戒に当たっているようだ。


その時、ポツリとリリアン様の小さな声がした。


「……ティツィアーノ様ごめんなさい。」


「え?」


先ほど連中が私をティツィアーノ=サルヴィリオと呼んだから、私が逃げ出した花嫁と分かっているはずだ。


「リリアン様。謝罪するのはこちらです。彼らの目的は私のようですし、隙を見て必ずお屋敷に……」


言い終わらないうちに、リリアン様が声を絞り出すように言った。

 

「違うの!!私貴方に酷いことを言って……。あの結婚式の時、お兄様には、『貴方よりもっとずっと大切にしている人がいるって』。そのせいでこんなことになるなんて思わなくて……。」


大きな瞳が涙と一緒にこぼれ落ちそうなほど、ポロポロと泣いている。


「本当にただ、やきもちを焼いただけで、こんなことになるなんて思わなかったんです。本当にごめんなさい。」


「私こそ、ずっと自分の正体を隠してお屋敷に……。」


「いいえ!貴方がメイドとして挨拶した時からお兄様は気づいていた。でも、ティツィアーノ様……お姉様の目的が分からないから、お兄様が貴方の好きにさせようって。」




…………それは滑稽だったろうなと乾いた笑いが溢れた。


最初からバレていたなんて……。逃げ出した花嫁がそこにいて、さぞ不思議で不愉快だったことだろう。


だからこそレイとして探りを入れてきたのだと分かる。

 

「僕も妹を止められなくて、ごめんなさい。きちんとフォローしていれば……兄様には貴方しかいないって。」


その言葉に固まった。

……ひょっとしたら二人とも知らないのではないだろうか。

彼の心を占める『シルヴィア』を。

 

「……いいんです。本当は公爵様に好きな人がいるの聞いちゃったんです。その方のお名前は私じゃなかったから。」


「そんなの間違いです。だって、あんなとろけるような目を女性に向ける兄様なんて見たことないです。」


拳を握りしめて言い切ってくれるウォルアン様は、ちっちゃな公爵様のようで……。

 

「その方は黒髪のとても綺麗な方だそうです。」


ね、私じゃないでしょう?と言うと、

 

「絶対お姉様の方が可愛くて、綺麗で、カッコイイです。」


リリアン様もウォルアン様と同じポーズで言った。そっくりな二人にこんな状況でもふっと心が緩む。


「先ほどお聞きになられた通り、アントニオ殿下に『野猿』と言われる、田舎者のガサツものです……。でも、剣を持って戦えることを恥ずかしく思ったことはありません。」


「あ……あの!僕、剣を持った時のティツィアーノ様はとってもカッコよかったです。口調も、普段の女性らしい口調と違って、……その……。とにかくカッコよかったです。ガサツだなんて思いません……。」


顔を赤く染めながら言うウォルアン様はとても可愛らしく、私より絶対可愛いと思う。


「ありがとうございます。口調なんて意識はしていないんですが……。嬉しいです。」

 

「それで、お兄様の話していた女性の名前は何ですの!?名前は?」


 

「それは……シ……」


途端、馬車がガタンと大きく揺れて止まった。

 

「おい、降りろ。」


荷台に入って来た男によって乱暴に外に引っ張り出された。


「ちょっと!!子供を乱暴に扱わないで!!」


荷台から投げるようにリリアン様を引っ張り出した事に思わずカッとなる。


「うるせーよ。ここから翼馬で移動するから、さっさと歩け。」


そう言って男は、背後から剣を突きつけ、行く先を指で示した。


辺りを見回すとやはり市街地から離れたところで降ろされたようで、前方の小屋に翼馬が数頭繋がれていた。小屋からは少なくとも五名以上の会話が聞こえる。その中の一人は聞き覚えのある声で、ゾクリと背中から不快なものが込み上げ、汗が伝った。


――――――ここで二人を逃さなければ、もうチャンスは無い。



一瞬。

ほんの一瞬。


わたし達から目を逸らした瞬間、後ろ手に回されていた手首の縄を、背後にいた男の剣で切った。


「んなっ……。」


「遅い。」


回し蹴りと共に、自由になった手で剣を奪い、応戦しようとして馬車の前方からこちらに来た男達の足の腱を切る。

 

「ぐっ。」


「がぁっ……。」


彼らが乗っていた馬を一頭奪い、ウォルアン様とリリアン様を乗せ、三人で来た道を駆け抜ける。


その時、甲高い笛の音が響いた。後方で、地面に臥していた男達が応援を呼んだのだろう。


後方に意識を向けると、小屋にいた男達が翼馬でこちらに向かってきている。


このままでは捕まるのは時間の問題だ。


「ウォルアン様、リリアン様、私はここで追跡者の足を止めます!お二人でお屋敷に戻ってください!!少なくとも市街地まで戻れば警備兵や貴方達を探索している騎士達がいるはずです!」


「そんな!お姉様も一緒に……。」


「この馬で三人も乗せていては彼らから逃げ切れません!お願いします。公爵様と母に……いえ、父に彼らはカサノ村から来ると伝えて下さい。」


「カサノ村?」


ウォルアン様が不思議そうな顔をして繰り返した。


「言えば分かります。」


そう言って、馬を止め私だけ下馬した。


「恐らく、今の私では追手の連中から貴方達を守りながら逃げ切ることはできません。彼らの目的は私です。だから行ってください。」


大丈夫と言うように、リリアン様の頭を撫でる。


「嫌よ、お姉さまを置いてなんて行けない!リトリアーノに連れていかれたら……。連れて……っ。」


リリアン様が言葉を継げなくなるほど涙が溢れて止まらない。


「彼らの侵攻を止める為にも……貴方達にしかできないんです。……それから、これを公爵様に……。」


胸元から小さな袋を取り出し、リリアン様に渡す。





不器用な刺繍のタッセルで公爵家紋と分かるかは分からないけれど……。





伝えないまま終わりたくない。


少しでいい。


貴方を想っていたと知ってほしい。


必死に頑張ったあの十年。なかったことにはしない。


リトリアーノに連れていかれるとしても、彼らの目的が分からない以上生きて帰れるかどうかすら分からない。

 

「これは?」


「渡せば分かると思います。」


「それから、ずっと昔から貴方を……想ってきたと伝えてください。」


あぁ、ずるいな、私は最後まで逃げてばかりだ。

本人に伝えることすら他人任せだ。



一瞬目を見開き、力強く頷くリリアン。


「タッセルは渡します!!でも、……でも今の言葉は、お姉様が戻ってご自分でお兄様に仰ってください!!」


「え?」


「戻って!!ご自分で!!ですからね!!」


目に涙を湛え、可愛らしい顔をぐしゃぐしゃにして叫ぶように言った。


「私が言ったって何の意味もないですもん。」


――――――必ず戻って、と。


「はい、必ず戻ります。」


そうして二人を送り出した。


 


程なく、翼馬が近づいてきたところで、威嚇として火球をぶつけた。


火球はいとも簡単に防がれ、五頭ほどの翼馬に乗った騎士達に囲まれた。


その中に思った通りの男がいた。たった一度、陛下の誕生祭にリトリアーノ国の国賓の護衛として来た、そのたった一度きりだ。


それでも実力差を測るには十分だった。

私ではだめだ。

公爵様や、母上、ルキシオンなら十分に勝機はあるが、自分では真っ向勝負だとどうにもならない。


奪われた黒龍の剣があって、どうにかなるかもしれないレベルだろう。

あの小屋の中に彼がいるかもしれないと思ったからこそ先に二人を送り出したのだ。



「ご無沙汰しております。リトリアーノ帝国騎士団長殿。」


「ご無沙汰しております。サルヴィリオ=ティツィアーノ殿。」


黒髪、短髪の真面目で無骨そうな男は、表情を動かすことなく大剣を抜きながらそう言った。


「手荒なことはしたくない。黙って一緒に来ていだたこう。」


「もうすでに十分手荒ですよ。」


剣の鋒を彼に向けながら言うと、彼は表情ひとつ変えもせず切り込んできた。

その重たい剣を防ぐも、息つく暇もなく横から薙いでくる。


目を集中させ、彼の剣の流れに集中する。

 

「っく……。」


「なるほど、国境警備を任されるだけはありますね。」


完全に馬鹿にしている。

私では実力不足だと。



「剣だけじゃなく、嫌味もお上手とは存じ上げませんでした。」


「いえいえ、私の剣をこんなに凌ぎ続ける騎士は我が国でも数えるほどもおりません。あの方が欲しがるはずです。……もう少しお相手したかったのですが。」


彼の猛攻を防ぎながらも、嫌な匂いがした。


これは――睡眠効果の強い……。


その瞬間意識が飛んだ。


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