最優先事項 2
指につけた変装用の銀のマジックアイテムを引き出しにしまい、テーブルに用意された琥珀色のウイスキーをグラスに注ぎ、ソファで一息つく。
今回の魔物騒動について捕らえた人間は明日、早朝から尋問を再開することになった。その際はサルヴィリオ家も同席し、立ち会いの元尋問することになっている。
「色気のない夜這いだな」
自室に入る前から感じていた気配に声をかける。
差し込む月明かりを背にカーテンから女性が姿を現す。
「こんばんは、公爵様。いいえ……レイとお呼びした方がいいかしら?」
そう冷たい視線を送ってきたのはリタだった。
その彼女の言葉に反応することもなくグラスを口に運ぶ。
「……誰のことかな?」
「お嬢様はお気づきですよ?」
その一言にピクリと反応する。
彼女はいつから気づいていたのだろうか?
気づいていて……あのタッセルを隠していたのだろうか。
「それで?出ていく前の挨拶か何かかな?」
「お嬢様がそう望むなら。」
「逃すわけないだろう?」
魔物騒動のせいで疲れている所に、不愉快極まりない内容に怒りを隠す気もなく言った。
いつバレたのだろうか。
今日までそんなそぶりは見えなかった。
彼女は正体が知られたと分かり、結婚から逃げるためにここから出ていくつもりだろうか。
『自分を変えたい』と言っていたが、母親と向き合ったことで満足したのだろうか。
「お嬢様を幸せに出来ない男に用はありません。」
「……ほう。」
では誰なら彼女を幸せに出来るというのか。
ルキシオンか?
それは絶対に許さない。
他の誰であっても彼女の愛が他に向くことを許容することなど出来ない。
「なぜここに来た?貴様ら『二人』で時間を稼ぐ間ティツィアーノを逃す算段か?」
「あれ、俺もバレてたんっすね。」
そう言って、リタが現れた反対側のカーテンから同じような顔が現れた。
「気づかないわけないだろう?」
「で、お前たちを人質にでもしたらティツィはここに残るかな?」
この二人はティツィアーノの腹心だ。
彼女が二人を囮に使うなど考えられない。そうなるとここに来たのは二人の単独行動だろう。
仄暗い怒りが渦巻いていく。
「知りたいことがあったので私は話をしに来ただけなんですが。……お嬢様がいるときと随分雰囲気が違いますね。」
「そうかな?意識はしていないけど……どちらも素だよ。一応話とやらを聞こうか?」
そうして彼女は思いがけない言葉を口にした。
「シルヴィアとは誰ですか?」
「シルヴィア?彼女がティツィアーノに何の関係があるん……?」
「やはり存在するんですね。……大ありですよ。公爵邸に来てから全く存在を感じられなかった『シルヴィア』について直接聞いた方が早いと判断したまでです。」
なぜ彼女たちがシルヴィアについて調べているのか全く見当がつかない。
「シルヴィアは……。」
その時、屋敷の結界に異常な反応を感じた。
――――――なんだ、この異常な反応は。
公爵家の結界は私が直接張ったものだ。結界に歪みが生じればすぐに感じることができる。簡単に出入り出来るものではない。
正門でも裏門でもなく、塀を越えるように何かが出て行った。それも一人ではない、複数名だ。
一体いつ入って来たのか。違和感は感じなかった。唯一考えられるのは正門から堂々と入ってきた可能性だ。複数名が忍び込めるとは思えない。
「リタ!!何者かが数名結界を破って屋敷を出た。ティツィはどこだ!?」
そう彼女に言うと、意味がわからないと言う顔をした。
「お嬢様は私の部屋にいらっしゃいます。」
おそらくティツィアーノが屋敷を出る計画は無いのだろう。
「アーレンド!!聞こえるか、数名が南の塀から公爵邸の外に出た!リリアンとウォルアンの無事を確認して来い!!」
そう外に声をかけると、返事と共に走り去っていく声がした。それと同時にリタも部屋を出て行き、テトも彼女の後を追った。
「セルシオ!南の塀から数名出て行った者がいる!数名で捜索して。残りで町を封鎖して不審者を捕らえろ!」
「お嬢様!レグルス公爵!ティツィアーノお嬢様がいません!!窓も開いてます!!」
その瞬間ざわりと背中を不快な何かが駆け上る。
「他の部屋にいないか邸内を隈無く探せ!」
その指示を出しながらも答えは感じている。
先程結界に感じたあの違和感の中にティツィアーノがいたと本能が告げる。
「閣下!ウォルアン様とリリアン様もいらっしゃいません!!護衛の者たちは何者かによって眠らされています!!」
セルシオがそう言った後ろから別の騎士がセルシオに何か報告した。
「どうした?」
「王家から連絡係にと残された連中が消えています。」
「連絡係?」
聞いていない。少なくとも陛下はそういったことは何も言わずにアントニオ王子を連れて帰って行った。
「はい、陛下がお帰りになられた後、アントニオ王子と一緒に来た護衛の者が三名ほど、何かあった時のためにここに残るよう陛下に申しつけられたと残っていたので、客間に案内していたのですが……。」
ただただ不快な何かが込み上げてくる。
「確認もせず、屋敷に滞在させたと……。」
渦巻く怒りを感じ取ったのか、セルシオの後ろに立っていた騎士の顔色がだんだんと悪くなっていく。
「はっ……。その。……殿下と一緒に来られたので……何も疑いもせず、確認を怠りました……。」
それもそうだろう。鵜呑みにしたのも理解できる。王家の人間が護衛として連れて来た人間だ。
その時、後方から声がした。
「どうした?公爵何かあったのか?」
「サリエ殿……。ティツィアーノ嬢とリリアン、ウォルアンが誘拐されました。」
「何だと?レグルス公爵、貴様の屋敷の警備はそんなにも脆弱なのか?そもそもティツィアーノが何の抵抗もなく誘拐されるとは考えられない。あの子は、……自分が思っているよりも強い。」
「警備については何の申し開きもありません。至急緊急配備を行います。サルヴィリオ家にもご助力願えますか?」
「当然だ。」
これ以上ない協力者を得ながらも、言い知れない不安が渦巻いていた。
犯人がアントニオならまだ良い。だが、背後にいるのが隣国リトリアーノであった場合…………――――――。
最悪だ。