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正体を知る 3

陽炎亭の裏口から耳にこびり付いて離れない、不愉快な声と、フェンリルとバジリスクの匂いが鼻につく。


「サルヴィリオ家から一行が来ていると言うのは間違いなさそうだな。」


レイの隠蔽魔法で姿を隠しながら様子を窺うと、十人程の男たちと、その後ろに大きな布をかけた荷台があった。


「レイ、恐らくあの荷台の中にフェンリルがいる。低い唸り声が微かに聞こえる。その奥の荷台にはバジリスクが…。」


フェンリルは基本群で動く。警戒心も強く、なかなか生きたまま捕らえたと言うのは聞いたことがない。

そう考えると、彼の国も相当の使い手に捕らえさせたのだろうか。

バジリスクは大蛇の中でもかなり強力だ。一体何人の犠牲者が出たことか………。


そう言うと、レイは静かに頷いた。

 

「アニキ、前回残したサルヴィリオ家の痕跡で王家も動いたようですね。苦労してサーベルタイガーとフェンリル、バジリスクを用意した甲斐がありますね。これで二家が仲違いしてくれれば色々やりやすくなりますね。」


「そうだな。おかげで予定より早まったが、サルヴィリオ家が来ているタイミングでフェンリルを街に放すぞ。これを残してな。」


そう言って長髪の男が持っていたものはサルヴィリオ騎士団が使う矢だった。

何が何でもサルヴィリオを悪役に仕立て上げたいのだろう。

誰が考えたか知らないけれど、そこまであからさまなものを残す事自体がおかしいというのに。

 

「一本でもフェンリルに刺しておけば十分だろう。」


その矢尻を胸元から出した小瓶の中に入れた。


その香りに思わず顔を顰める。


「何だあれは?」


レイが小さく呟く。


「恐らく、サポアルの葉から抽出した興奮剤かと。」


するとレイがピクリと反応した。


「なるほど?魔物の密輸をするくらいだ。違法薬物などどうってことないわけだな。」


サポアルは量を間違えると死に至る。

痛覚は麻痺し、興奮状態になる。そんな発狂状態のフェンリルなど厄介以外の何物でも無い。

現在取り扱いが許されているのは医者の精鋭が集められた王宮医のみだ。


ゆらりと凍てつくような怒りを纏う彼はさすが『氷の公爵』と呼ばれるレグルス騎士団の諜報員といったところだろうか。

 

「レイ、私が近くで待機している騎士団に連絡して、事前に準備しておいた対フェンリル用の……。」


「時間がない。今すぐにでもフェンリル達を街に放つつもりだろう。被害が出る前に押さえたい。ティツィはここにいて、奴らの動きを監視していてくれ。」


レイの指示に頷く。




彼がすらりと抜いた長剣は、一眼見て質の良いものだと分かる。


彼が一歩踏み出したその瞬間、呼吸が止まった。


「ぎゃあっ!」

 

「な、何だ!?」


「誰だ!!殺せ!」


「早くしろ!相手は一人だぞ!……がっ。」


あっという間に制圧されていくその光景を立ち尽くして見ているしか出来なかった。


長髪のボスらしき男以外は地面に倒れ込み、ピクリとも動かない。レイは、腰を抜かした長髪の男の喉元に剣先を当て、静かに、汗一つかく事もなく、呼吸を乱すこともなく、凍てつく目で男を見下ろす。



「大人しく同行してもらおう。」


そう言って、手のひらから小さな光を空に打ち上げる。


上空でその光が消えたと同時に、数人のレグルス家の騎士が集まり、レイの指示の元、男と荷台をあっという間に回収して行った。


ただただ私はその光景を見ているしか出来なかった。




――――あの流れるような剣の流れは。


幼い頃、一瞬で目を奪われたあの美しい太刀筋を見間違う事なんてない。


王宮に行くたび、脳裏に焼き付けて帰った貴方を――……。


「ティツィ?」


立ち尽くす私を不思議そうに、心配そうに彼が覗き込む。


「レ……イ。」


「うん?」


ここで動揺していてはいけない。


「あ、いえ……、あまりに貴方の動きに見惚れてしまって。本当に強いのね。」


あんな男たちでは彼の準備運動にもならないだろう。

母と並ぶ、エルデンブルグ王国の誇る最強の騎士だ。


思わず服の上から胸元にしまっているタッセルを強く握りしめた。


強く握りしめたからか、袋が劣化していたからか分からないが、タッセルの紐がプツンと切れた。


「あ……紐が。」


思わずそう呟き、紐をたぐり服の中から小さな袋を取り出した。


「……肌身離さずだね。」


そう呟いた彼の声は、戦闘の余韻か、冷たいものを帯びていた。


「……そうね。太陽のタッセルってそういうものでしょう?」


思わず、なぜか反抗的な物言いになってしまう自分が子供のようで見苦しいと思う。


「僕には分からないな。好きなら代わりのものじゃなく、本物が欲しい。」



「あぁ、……さっき話していた女性の事ね。」


 

話に出て来た女性は間違いなく『シルヴィア』の事だろう。


『誇り高く、それでも繊細な彼女』、『一度触れたら最後。自制なんて利かない。理性なんてどこかに行ってしまう。』


そう彼が焦がれるシルヴィアが羨ましい。


『戦場で剣を振り回す乱暴者』、『色気のカケラもない野猿』


正反対すぎて笑ってしまう。




「そうだね。彼女自身がそばにいてくれれば何もいらないね。」


なぜそれを私に言うのか、なぜ私がティツィアーノ=サルヴィリオと分かっていて言うのか。

私が貴方を公爵と知らないと思っているから、本音を言っても問題ないとでも?

 

「……好きなのね。」


「何者にも替えられない。僕の命すら彼女の命には敵わないよ。……彼女は他の男のものだったから、手に入れられるなんて夢にも思わなかった。」


国王陛下ですら欲しがるほどの女性だ、群がる男性達を押し退け、レオン=レグルスが選ばれたのだろう。


「彼女を逃すつもりはないよ。」


そう言って私を見る彼の瞳は少し狂気を帯びているようにも見える。

奥に秘められた熱に体の奥がゾクリとざわめく。

 

「貴方にそんなに思われて幸せね……。」


心から出た言葉だった。

 



「……どうかな。迷惑がっているかもしれないよ。」



自嘲するように彼は言った。

ここまで読んで頂きありがとうございます。

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