正体を知る 1
「で、お前はここで何してるんだ?」
しばらく母に抱きしめられた後、頭上から唐突に言われた。
――――――「……シルヴィアか……。」
ソファに座り直した後、結婚式での経緯を話したところ、母は難しい顔をして言った。
「ご存じですか?」
「知っている。」
あまり、社交界に関心の無い母ですら知っている『シルヴィア』とはどれほどの美女なのだろうか。
「知っていることを私が教えるのは簡単だが、お前が向き合う問題だ。これから同じような問題が起きた時、いつもこうやって逃げるのか?お前の言う将来の恋人と同じ問題が起きた時、全て戦わずに逃げるのか?」
「今戦う準備をしているところです。」
「そうだな……。少し見ない間に綺麗になったよ……。今までも十分可愛かったが、化粧だけじゃない、女らしさが出ていると思うよ。」
「はい!姉上とっても綺麗です。」
母の言葉を後押しするようにオスカーが誉めてくれた。嬉しいけれど……。
「ありがとう、でも身内の欲目よ。」
「お前がそう思っているうちは、そうやって逃げていくのか?」
間髪を容れずに言われた言葉に詰まる。
「お前のゴールは来るのか?自信の持てる見た目とは何だ?お前の想像するシルヴィアと同じ容姿になれば良いのか?もっと根本的なことだろう?」
その通りだ。みんな褒めてくれる。それでも元婚約者に言われ続けた、投げつけられた言葉が頭から離れない。
「じ……自分は!!!ティツィアーノ様に好きだと言われたら天にも昇る気持ちです!!!」
母の後方でルキシオンの横に控えていた騎士が突然言った。
その瞬間母の裏拳が彼の鳩尾に直撃した。
「お前にはやらん。」
一瞬で伸びた騎士をその横の騎士が慌てて支え、私を見つめる。
「……ティツィアーノ様。貴方に憧れて、恋する騎士は多いです。見た目だけじゃない魅力がたくさんある貴方は我々の誇りと自慢です。無礼にも、貴方が殿下との婚約を破棄されたと聞いて祝杯をあげた騎士が何人いるか分かりません。」
思いもしない彼らの言葉に目を見開く。
「そうですよ。サリエ様が怖くて、言葉にも行動にも移せない腑抜ばかりですが。」
そこにルキシオンが頷きながら言った。
「向き合え。」
母のその言葉にハッとする。
レイと同じ言葉だ。
「それでもお前の価値が分からない男はゴミ以下だ。捨ててしまえ。」
それもまた同じ言葉。笑ってしまった。
「ここでしている事も私たちは口を出さないから気が済むまでやったらいい。お前の帰って来る場所はあるんだからな。」
父が、優しく笑いながらティツィと呼ぶ。
「サルヴィリオ騎士団はみんなお前の事が大好きだよ。誰でも喜んで嫁に貰ってくれる。お前の選びたい放題だ。」
「私に勝ったら嫁にやってもいい。」
そこにすかさず母が言った言葉に「勝てる人いませんよ。」と笑ってしまった。
――――――例の魔物問題で数日ここに滞在すると言うので、サルヴィリオ家の一行を客室に案内してもらうようレグルス家のメイドにお願いした。
長い渡り廊下を歩く時、ルキシオンにずっと気になっていたことを聞きたくて声をかけた。
「ねぇ、ルキシオン。私の事恨んでない?」
「はい?」
普段真面目な顔をしたルキシオンがポカンと間抜け顔をして言った。
「私ずっと思ってたんだけど、母上の指示で私の副官になったでしょう?今までは私が頼りないから貴方が第一騎士団に残ったと思ったんだけど、きっと……母なりに心配してくれたんでしょ?だけど貴方はずっと母の元で戦いたかったんじゃないかと思って。」
彼が常に戦場でつけているタッセルは私が小さい頃から変わらない。
彼の理想の騎士は母だ。
しばらく考え込んだ後、彼が私にこっそり耳打ちをした。
「私は実はリタが好きなんです。」
「えぇっ!…っむぐ。」
あまりの驚きに大きな声が出そうになった私の口をルキシオンが塞ぐ。
「っちょ。大きな声を出さないでくださいよ。」
思いもよらない告白にこちらが赤面してしまう。
「ごめん……。あまりにビックリして。」
そんなそぶりは見た事もなかったし、思った事もなかった。何だか分からないけどとても嬉しかった。
大事な人たちが幸せになってくれたら嬉しい。
「リタが好きだから、貴方の副官として第一騎士団に残留希望を出したんです。貴方のそばには基本常にリタがいますからね。恐らくサリエ様もお気づきですよ。」
「……え。ごめん。本当に分からなかった。」
「貴方に色恋ごとはハードルが高いと思っていますから、気づかれると思っていません。」
悪戯っぽい顔をして言う彼に思わず後ろから蹴りを入れてしまう。
避けられたであろうそれを甘んじて受けながら彼は笑った。
「それに一度振られています。冗談だと思われたようですね。」
「え!?」
既に想いを伝えていたとは思いもしなかったし、リタと二人の関係に変化を感じたことは無かった。
「まあ、一度断られたぐらいでは諦めませんけどね。」
そう言う彼はなんだか楽しそうだ。
「……レグルス家に一緒に連れて来ちゃってごめんね……?」
私が公爵と結婚したらそのままここに残っていたはずだ。
ルキシオンの気持ちを知っていたら連れてこなかったかもしれない。
「良いんですよ。リタの幸せは貴方のそばに居ることだ。彼女の最優先事項は常に貴方ですから。それに、恋に障害はつきものでしょう?」
そう余裕を見せる彼の目は相変わらず悪戯っぽさが滲んでいる。
「何だか大人な反応でムカつく……。」
「大人ですから。それに妹のように思っている貴方のそばに彼女がいてくれたら私も安心です。」
物心ついた頃からルキシオンは騎士団にいた。見習いから護衛係になり、最年少で副団長にまで登りつめた彼の努力も、才能もずっと見ている。兄のような彼は常に優しく、厳しく私を守ってくれていた。
「二人が上手くいってくれたら嬉しいな……。」
「ティツィアーノ様が幸せになったら、次は私がリタを幸せにします。」
「え、なにその自信。一回フラれてるクセに。」
「それくらい彼女が好きと言う事ですよ。他の誰にも譲るつもりはありません。」
だから貴方も頑張って――。
そう言って彼がポンポンと頭を撫でた。
小さい子供をあやすように。
「……ありがとう。」
思わず涙が滲んだ。
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