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母の願い 3

陛下は結局そのままアントニオ王子を連れて王都へと帰っていった。


私を含むサルヴィリオ家の人間は応接に戻り、その中にはしれっとテトとリタもいた。


レグルス公爵家の使用人が部屋に入ることはなく、リタがいれば十分なので不要だと断った。


私もサルヴィリオ家から派遣されていることになっているので、この部屋にいることを不審がる公爵家の使用人はもちろんいない。





誰も言葉を発する事のできないままリタがお茶を給仕する音だけが室内に響き渡る。


――――――『向き合え』


あの時のレイの言葉が頭に響く。


声が、出るだろうか……。





「ぁ……っ、ぁの……。母……。」


「すまなかった。」


小さすぎる私の言葉に被せるように母が頭を下げながら言った。


何が起きたのか分からなさすぎて、母の下げられたツムジに一点集中してしまう。


「お前に、他に好きな男がいると思わなかった。ティツィが昔から好きだったレグルス公爵との結婚でお前は幸せになれると思っていたんだ。」




ぶっ込みよったあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!


伯爵家の人間が……、側近の騎士団もいる中言っちゃったよ!!!


文字通りカッチン……と固まってしまう。


「な……なん。好きじゃ……。」


確かに!好きになったかもしれないけど、当初は憧れだったし!!昔っていつからのことを指してます!!??

てか、どこ情報!!??

誰!!??

テト!!??

リタ!?


「そのようだな。私はルキシオンの情報に踊らされたようだ。」


お前かあぁぁぁぁぁ!!

ルキシオン!!お前はどこから仕入れた情報だよ。

母の後ろに控えるルキシオンを睨みつける。


「いえ。サリエ様。ティツィアーノ様は公爵様に思いを寄せていらっしゃいましたよ。」


しれっと涼しい顔をして、柔らかな茶色の髪に、真剣さを宿した濃いブルーの瞳の私の元副官が言った。


「ティツィアーノ様の剣筋はレグルス公爵の太刀筋をなぞるような動きであると、彼と模擬戦をした事のある私なら分かります。彼の動きは一朝一夕でできる物ではなく、ティツィアーノ様が何度も王宮で盗み見しては、反復練習をし、習得された物でしょう。」


ねぇ??

なんの公開処刑なの!!??


ねぇ!!??

なんでそんな涼しい顔して超プライベートなことを暴露するの!!??


そこに真面目にうんうんと頷いている父親と弟にも理解できないんだけど!??


もう顔を真っ赤にして魚のように口をぱくぱくさせるしか出来ない。


「当初は恐らく憧れの騎士という存在だったかもしれませんが、ご本人の気づかれぬ内に恋に変わられたのではないかと。」


もう止めて、これ以上喋らないでくれるかな???


そして彼の横に控える騎士達も一緒に頷くの辞めてくれる?



「そうか……。お前達の報告は昔から一貫していたからな……。」



その言葉に開いた口が塞がらない。


「『達』……?『昔から』……?」


自分の(あずか)り知らぬところで起きているであろう内容に、復唱するしか出来ていない自分をバカではないかと思う。




「はい。ティツィアーノ様がお生まれになってからずっと、貴方の情報収集は伯爵家に仕える人間の最優先事項とサリエ様に命じられておりましたから。」


さらっと言うルキシオンの顔を、穴が開くんじゃないかと言うほど見つめてしまう。


「そう。お嬢のことが可愛くて可愛くてどうしようもないサリエ様は、ありとあらゆるものを使ってずっとお嬢のストーキング状態ってことですよ。もちろん外部に……、お嬢にも知られないように緘口令が敷かれていますけどね。」


可愛くて可愛くてどうしようもない???私を見る度に眉間に皺を寄せていた母が??

そんなはずは無い。


もう私はここの言語を理解出来ていないのではないのだろうかと思う。



「わ……私は……。母上に……疎ま……いえ、嫌われているのだとばかり……。」


瞬きをすることすら忘れた視界は、滲んでくる。

一心に母を見つめるも、ぼやけてはっきり見えない。

視力にだけは自信があるのに、見た事のない呆然とした母の表情はぼやけたせいでそう見えているのだろうか。


「おおおおおおおい!!ティツィの目から涙が!!誰か!!誰か止めろ!!」


そう慌てふためく母の声がする。

そういえば母の前で泣いたことなどあっただろうか。


情けない姿を見せてはいけないと。

母のように常に強くあろうと。


言いたいことも、傷ついたことも隠して。黙って。




…………違う。ただ逃げていただけだ。




「私は……身体強化もルキシオンのように上手く出来ないし、魔力も弱い。どんなに頑張っても母上の期待に応えられない。……ずっとずっと……貴方に認められたかった……。」


そう言うと、慌てふためいていた母がピタリと動きを止めた。



「ティツィ……お前を期待はずれだとか、出来損ないだとか思ったことは一度もない。いつだって、自慢で私の誇りの娘だ。愛してる。愛しているよ。」


そう言う母の瞳は見たこともないほど動揺し、揺らめいている。


「でも……でも……っ。」


口にしてもいいだろうか、言葉にしてもいいだろうか。



「…………一度も……。抱きしめてもらったことなんて…っない……っ。」


まるで子供が抱っこしてほしいと駄々をこねるように。

みっともなく、明確な愛情を示してほしいと言う自分が情けなく……。




そう口にした私を母は真っ青な顔で見つめた。



今日は人生で初めて、こんなに母の表情が変わるのを見た。

いつも、……いつも同じ顔しか私は見た事がない。


「ティツィ……。」


そう言って私に向けられた両腕が、私に届く事なく、宙でぴたりと止まった。

硬直した母の腕は、微かに震えている。


やっぱり抱きしめてはもらえないのだろう。

口で愛していると言っても、母の温もりというものは感じられない。



「サリエ。もう隠すのは無理だよ。」


そう静かに父の声が響いた。


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