新しい婚約者
「お嬢。いんですか?」
王宮からサルヴィリオ領に向かう為、翼馬に乗った従者のテトが、こちらをチラリとも見ずに言った。
「何が?」
「王太子妃になるべく、あんなに頑張っていたのに。」
「……テト、あんな男が自分の将来の旦那ってどうよ?」
「まぁ、俺なら関わり合いすらしたくないレベルですね。見事なクズっぷりである意味すごいっすよ。リタがいたら、間違いなく瞬殺してましたね。」
リタとはテトの双子の妹で、私の専属侍女だ。
「だからあの子は王宮連れてこれないのよ。殿下のこと嫌いすぎて顔見たら蕁麻疹出ちゃうし……。」
「そっすねー。あれだけクズなら仕方ないっすけど。」
テトは、女の子にも間違えられそうな可愛い顔を歪めて言った。
自国の民にここまでクズ呼ばわりされる王子もそうそういないだろう。
「……もうどうせこの婚約破棄のせいで次の結婚は無いだろうし、好きなことしちゃおうかな。」
婚約破棄ともなれば傷物扱いで、貰い手がいるとも思わない。相手が王家であれば尚更だろう。
「例えば?」
「そうね、憧れの騎士の元で修行を積むとか?」
するとテトはワケ知り顔で片方の口角を引き上げた。
「いんですか?団長職を退いて。好きだったでしょう?」
「いいの。ウチには優秀な弟がいるから。」
そう言って腰に下げている黒竜の剣に触れた。
最強の竜種から取れた核で作った剣は世界最強の剣と言われ、軽く、堅く、魔力を何倍にも増幅してくれる。
「これも、譲らないとね……。団長をあの子に譲るのは良いとしても、婚約破棄に母上はどれだけお怒りになることやら……。」
母に団長就任後渡された剣だ。魔力の弱い団長が不安だったのか…。せめて団長に相応しい剣を持てと言う意味だろう。
「……大丈夫ですよ。そもそも向こうが意味不明の婚約破棄を言い渡してきたんですから。お嬢が怒られることは無いですよ。」
テトはそう言うが、母は私が王太子妃になることを望んでいたと思う。
だからこそアントニオ王子の許嫁になった時、今までの教育のカリキュラムを一新し、厳しい家庭教師を三人もつけた。
サルヴィリオ家の長子として、騎士としての鍛錬ももちろん同時進行で行われた。
……こんなことになったのも私の努力が足りないからと思われるかもしれない。
母に持たされた黒竜の核から作った剣がズシリと重く感じる。
思わず小さくため息が、溢れた。
「色々考えたいから、領地までゆっくり帰りましょう……。」
頭を整理したくて、本来翼馬で帰れば二日の道中を、途中馬に乗り換え三日かけてのんびり帰る事にした。
――――――帰宅した際、母は国境警備でおらず、父だけいる書斎に向かった。
婚約破棄を伝えないといけないが、気が重くなる。
「父上、ただいま帰りました。……報告したいことがありまして……。」
「あぁ、ティツィおかえり。君の婚約が決まったよ。」
……ん??
「あ、……えーと。父上、決まったのは婚約破棄で……。」
「うん、だから次の婚約者が決まったんだよ。」
父が、ニコニコ顔で言いながら、二通の手紙を机の上に並べる。
封をしてある印を見ると一つは王家からのもので、もう一つは……。
「レグルス公爵家!?」
レグルス公爵家は、現王の妹が降嫁した公爵家だ。
国内有数の魔力の強さを代々誇る公爵家の現当主は、王国騎士団長と、レグルス騎士団の団長を兼任する武闘派で、サルヴィリオ家とレグルス家は国を守る要の二本柱だ。
「王家からは君宛に昨日届いていたよ。レグルス公爵家からは僕宛と、君宛に今日届いた。僕には婚約の申込みに関するお願いが書かれていて、君のは今から確認するといいよ。」
国の守りの要とは言え、業務的に関わる事の無かったレグルス家がなぜ……?
「……この婚約は決定事項ですか?」
「……嫌かい?」
気遣うようにこちらに問う父上は、優しい目をしている。
常に威圧感のある母とは違い、父はいつも柔らかい雰囲気を纏い誰と接するにもにこやかだ。
「……母上は、何と……?」
「サリエは、この結婚なら満足いくと言っていたよ。」
それならば、これは最早決定事項だろう。
答えは「はい。」しか選択肢が無い。
「……そうですか。……分かりました。自室に戻りましたら、頂いたお手紙を拝見させていただきます。それから、モンテーノ領の国境警備ですが……。」
「あぁ。それならもう引き上げるように早馬を出しておいたから、もうこちらに帰る準備をしている頃だと思うよ。」
早っ!!相変わらず仕事が早いですね、お父様!
「そうですか、……この度は、色々とお手数をお掛けして申し訳ありませんでした。」
「良いよ。……王子からの指示とはいえ、ティツィもいい経験になっただろう?」
意味深に言う父は先日渡したモンテーノの現状報告書のことを指しているんだろう。
「そちらは、処理して帰るようモンテーノにいる兵士たちに話しているから、心配ないよ。」
「ありがとうございます。」
そう言って父は二通の手紙を私に渡した。
「それより、手紙を読んできてごらん。」
「はい。」
複雑な気持ちで、王家とレグルス家の印が押された手紙を持って自室に戻った。