待遇 3
案内された部屋は文句のつけようのない部屋だった。
「どうかな?ティツィアーノ嬢は気に入ってくれるかな?」
入り口のドアにもたれかかりながら本来花嫁にと用意された部屋の中央に立つ私に公爵様が尋ねた。
――イケメンはドアにもたれかかるだけで色気がダダ漏れるものなのね……。
そんな事を思いながらも部屋の細部まで気を配られた家具やリネン、全てが上品で、落ち着く内装にため息が漏れそうになる。
奥に見える寝室から覗くベッドも遠目に見ただけで最高級の品質だと分かる。
自分の部屋より心地良さそう。
日当たりはいいし、大きな窓から見える公爵家の庭はとても綺麗に花が咲き誇っている。
部屋の色も白とグリーンで優しい雰囲気を作り、置かれた家具もウォールナットの優しい色合いを引き立てている。
「……はい。お嬢様はとても気に入られると思います。」
そう答えると、隣にいたリタも「趣味ど真ん中ですね。」と私にだけ聞こえるように呟いた。
「それは良かった。彼女が他に欲しそうな物があれば遠慮なく言ってくれ。」
優しい目でこちらを見る公爵様に落ち着かない気持ちになり、慌てて目を逸らすと花瓶が視界に入った。
「スイートリリー?」
見覚えのありすぎる淡いピンクの花に思わず声が漏れる。
あの花は北部に位置するサルヴィリオ領の一部でしか咲かない花だ。香りの強く無いそれは、サルヴィリオ家の屋敷の中でも沢山飾られている。
「あぁ。故郷の花でもあれば少しは彼女の癒しになるかと思ったんだ。生まれてからずっと過ごした土地を離れるのは寂しいかと思って。」
「それは……本当にお喜びになられるかと……。」
彼の心遣いに涙が出そうになるのを必死に堪える。なぜ、そんな物を用意したのか。
「以前、一度だけサルヴィリオ領を訪れた際にスイートリリーの花畑を見たんだ。街は活気に溢れて、自然も豊かで美しかった。あの、魔の森に面した領地とは思えないほど美しい土地だった。」
シルヴィアの存在を知らずにあのまま結婚式を挙げ、この部屋を見たならばどれだけ嬉しかっただろうか。
それでもいつかは『彼女』の存在を知り、傷つくことは分かっている。
それならばいっそ心を揺らさないでほしかった。
私のことなど気にしてくれなくてよかった。
優しくされればされる程、あなたの心は私のものじゃないことを思い出し傷つく。
「アンノ?」
黙った私を不思議に思ったのか、公爵様が優しく声をかける。
「あ、いえ。公爵様自らお部屋にご案内いただきありがとうございました。あとはリタと荷解きをしたいと思います。」
そう言うと、公爵様は「ゆっくり荷解きをするといい。」と言って部屋を出て行こうとしたところ、思い出したようにこちらを振り返った。
「ああ、それから奥の寝室に私の部屋に繋がるドアが……。」
「「はい!?」」
思わずリタと私の声が重なる。その声に驚いた表情で、
「あ、いや。ドアがあるが、内側から鍵がかけられるから心配しなくていいと……。」
「……あ、かしこまりました。」
まさかの隣室にそれしか反応が出なかった。
恋人のいる公爵様の隣の部屋を用意されているとは思わなかったし、しかも続き部屋だなんて想像すらしなかった。
部屋を出て行った公爵様の足音が隣の部屋で止まり、ドアを開け入っていく。
「お嬢様……大丈夫ですか?」
リタと部屋に二人きりになると、憐れんだ視線が突き刺さる。
「だ、大丈夫よ!内鍵もあるんだし、大丈夫、大丈夫。大丈夫じゃない事なんて無くない?」
「いや、既に大丈夫連呼しすぎて壊れてますよ。」
隣の部屋の物音が聞こえる。
カタン、パタン。カチャカチャと、引き出しを開ける音や、物書きの音。クローゼットの衣擦れの音まで聞きたく無いのに、耳がそちらに集中してしまう。
「……大変ですね。聞こえるって。」
恐らくリタには聞こえないであろうソレに、固まる私を見てリタが言った。
「……今日、部屋交換しない?」
「嫌です。お嬢様が面白いから割り当てられた部屋で寝ます。」
薄情な侍女は真面目な顔をしながら、それでも楽しそうな瞳で主人の願いをすげなく断った。
その夜、ドア越しに聞こえるベッドの音や、寝返りを、打つ音。シーツの衣擦れの音が耳から離れず寝不足になった事は言うまでも無い。