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待遇 1

「うっ……うう。誰か……。誰か助けて。」


弱々しい泣き声が聞こえ、思わずそちらに意識を向ける。


「お嬢様?」


リタが何かあったのかというように問いかける。


「誰かの泣き声が聞こえる。外から……。小さな女の子……。この声はリリアン様かしら?」


「今は動けませんよ、お嬢様。まさか公爵様がこんなに早く屋敷に戻ってくるなんて思わなかったんですから。一週間……最低でも三日はと余裕を見ていたのに、お嬢様との結婚が無くなった以上私たちもすぐサルヴィリオに戻されますよ。」


「分かってるわよ。……でも、護衛の人とか、彼女の侍女とか何をしているのかしら。ずっと泣いてるわ。」


本当に胸を締め付けるような弱々しい声で、ずっと助けを求めている。


「リタ、ちょっとだけ様子を見に行きましょう。問題なさそうならすぐに戻るから……。」


小さくため息をついたリタは「分かりました。すぐ首を突っ込まれるんだから……。」とぶつぶつ文句を言いながらも、なんだかんだ言って私に甘いのは分かっている。


声のする方へ、誰にも見つからないように近づいていく。

リタも私の後ろを気にしながらついてくる。


そうして建物の隙間から見えた光景にハッとした。


リタも立ち止まった私の後ろから覗き込み、はっと息を呑んだ。


真っ直ぐ高く伸びた木の枝にリリアン様が必死でしがみついている。

三階の窓に達すであろう高さの枝に動きにくそうなドレスを着て震えている。

その木の下にはメイドや男性の使用人が何人かいるが、不安そうに彼女を見ているだけだ。


「お嬢様。受け止めますので飛び降りて来て下さい。」


そう声をかけているが、下を見ることもできず、枝にしがみつく彼女はプルプルと首を振る。


「む、無理よ……。怖くて……。」


そもそもどうやって登ったのか、真っ直ぐ伸びた木の枝には大して足を引っ掛けられる場所もなく、ご令嬢がちょっと登ってみようかなというレベルのものでは無い。

リリアン様のような公爵令嬢の鑑のような人がすることとも思えない。


落下して骨折で済めばいい方だ。落下すれば命はないと思った方がいい。


その時、折れた梯子が視界に入った。しかも、老朽化という感じではなく、ある程度まで刃物で切れ込みが入った状態で折れている。


「まさか……。」


ここの使用人はいじめをしているのだろうか。

仕えるべき人間を?


それとも誰かに命を狙われている?

まだ十歳になったばかりの女の子が?


思わず足が前に出た。


「あっ!お嬢様!!」


リタの声が聞こえたが、制止にはならず、飛び出した。


身体強化の魔法を使い、一足飛びに彼女のしがみついている枝を揺らさないよう注意を払ってリリアン様の横にふわりと降りる。


「リリアン様、もう大丈夫ですよ。」


涙で溢れる瞳を大きく見開き、ポカンと可愛い口を開けてこちらを見る彼女を安心させるように、にこりと笑ってお姫様抱っこで抱き上げる。


「きゃっ。」


と小さく言うが、ぎゅっと首に腕を回してきた。


そのまま下に着地の衝撃を和らげるよう降りた。


「もう木の上ではないですから、どうぞ涙を止めてください。」


片膝を突き、腿の上に彼女を座らせるよう片手で彼女の背を支えた。開いた方の手でハンカチを渡すと、恐怖からか安堵からか分からないが、彼女が顔を真っ赤にしてハンカチに顔を埋めた。


心が落ち着くように彼女の背中を摩り声をかけた。


「大丈夫です。もう怖いことはありませんよ。頑張りましたね。」


そう言うと、ハンカチから目元だけ覗かせた彼女のそこから恐怖心は読み取れなかったが……。

見覚えのある瞳に思わず怯んでしまう。


「お……お姉様!!!」


大きな瞳いっぱいに涙を湛え、そう叫びながら、ぎゅううううっと抱きしめられた。


建物の陰から、リタが小さく「また女の子を堕とした……。」と、ため息まじりにこぼした声を聞き逃さなかった。


「あの、お嬢様。私はメイドですので……。吊り橋効果というものをご存……。」


そう言いながら締め付けられる腕をゆっくり解こうとした時、この家の主人の声が聞こえた。


「なんの騒ぎだ?」


思わずぎくりと体が強張るが、頭を下げる。私の横にスッと不自然さが出ないようリタも並ぶ。


「リリアン様が、こちらの木の上で降りられず泣いていらっしゃったので、お手を貸しただけでございます。」


なるべく彼の顔を見ないよう、自分の顔も上げないようにして頭を下げ返事をする。


「……この高さの木から君が?」


「はい。……私とリタは、ティツィアーノ様の侍女兼護衛としてサルヴィリオ家から参りました。騎士としても、簡単な魔法や身体強化が使えますので……。」


実際リタは私の侍女兼護衛なので、そこに私を追加しただけの作り話をする。

嘘に真実を混ぜれば信憑性は増す。


「なるほど。……では、その君たちの仕えるべきティツィアーノ嬢のことで話があるので、私の執務室に来てくれるかな?」


ノーとは言わせない静かな圧が、体にのし掛かる。


「「畏まりました。」」


結局、『シルヴィア』については何も調べられないまま、私達はサルヴィリオ家に戻されそうだと思いながら、重い足取りで彼の後についていった。


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