敵を知る
なぜ彼女がここに!?
どうしてメイドの格好をして執事のアーレンドの後ろで頭を下げているのか……。
「おかえりなさいませ旦那様。結婚式はつつがなく執り行われましたか?すぐに南部に向かった後ハネムーンに行かれるとのことでしたが……?」
飄々としたアーレンドは少し楽しそうで、おそらく一度彼女に会ったアーレンドは雰囲気が変わっても一発でティツィアーノ=サルヴィリオと見抜いた事だろう。
「ちょっと問題が起きた。で、後ろにいる彼女たちは?」
「サルヴィリオ家から来られた奥様の専属侍女の方々でございます。」
「初めまして。リタと、……アンノと申します。よろしくお願いします。」
彼女の目的は分からないが、本来ならすぐこちらの屋敷に帰ってくるはずでは無かったので、内心焦っている事だろう。
「……そうか。よろしく頼む。君たちはゆっくり休んでいてくれ。アーレンド、話がある。」
余計な事を言わないように端的に言い、リリアンとウォルアン、部下と執事を連れ、執務室に向かった。
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「どういうことだ!?なぜ彼女が我が家のメイド服を着て屋敷にいるんだ!!」
彼女の特殊能力をサルヴィリオ家から聞いていた為、執務室に結界を張った上で叫んだ。
「どうもこうも、こちらが伺いたいものです。なぜ花嫁となられる方が、『奥様の侍女として来ました。』と言って来られたのか……。…………何をやらかしたんですか?」
「え!?あの方ティツィアーノ様なんですか?ご挨拶に伺った時はヴェールを被っていらしたし……。全然分かりませんでした……。」
ウォルアンが驚き、リリアンも目を丸くしている。
「お兄様……、あの……ごめんなさい。」
目を真っ赤にして、泣き腫らした妹が震えながら言った。
「リリアン、もういいから。」
そう慰めても妹は泣き止まない。
自分のせいでティツィアーノが結婚を止めて、出ていったと思っているのだから。
――――――半日前。
恋焦がれた彼女を自分のものにできると浮かれていた。
馬鹿な王子が婚約破棄をしてくれたおかげで、望むことすら許されなかった彼女から結婚を了承する手紙が届いた時は、これほど生きてきて良かったと思った事は無かった。
それなのに、陛下とアホ王子と新郎控室にいる時にドアからノック音がし、式が始まるのかと浮かれて立ち上がったところに冷水を浴びせられた。
何が起きたか分からなかった。
「兄上……ティツィアーノ様が、出て行かれました……。」
そう入り口で説明する真っ青なウォルアンの後ろで、更に青くなったリリアンがいた。
慌てて彼女のいた新婦の控室に向かうと、本当にもぬけの殻だった。
彼女の着てきたであろう服はクローゼットにかけられたままで、鏡台のメイク道具も置きっぱなしだった。
「……なぜ……??」
頭が機能を停止し、なぜ彼女が出ていったのか答えを弾き出せなかった。
「お、お兄様……。私がいけないの……。お兄様を取られると思って……『貴方はお兄様の一番じゃない。』って。……私の事もお兄様は大切にしているって言いたかったの……。」
普段気の強いリリアンが泣く事などほとんど見た事がない。
自分の発言がもたらした事実にショックを隠せず真っ青になって泣いている。
「………それで、…彼女は何て……言って、出て行ったんだ……?」
「……『愛する方とお幸せになって下さい。私も、愛する人の為に今後の人生を歩みます。』と。それから、『お互い幸せになりましょう。』とも……。」
思わず壁に拳を叩きつけた。
隣の部屋が丸見えになる程に壁は崩れたが、気にもしていられなかった。
「『私も愛する人の為に……?お互い幸せに……。』?つまり、……彼女は他の愛する男の元へ行ったと言う事か……。」
自分に恋人がいると勘違いされただけなら、まだ取り返しがつくものの、彼女には既に心から愛していた相手がいたという事だ。
頭に血が昇る中、隣で不愉快極まりない声が聞こえた。
「まさか、あの野ザル……、まだ俺様の事を……?」
そう言ったクズ王子の胸ぐらを思わず掴み、近衛兵に投げつけた。
「さっさと城に帰して、頭の中を宮廷医に診させろ。」
無礼じゃないかと喚き散らす王子の事は無視をして、さっさと連れて行かせる。
あんなクズに彼女が惹かれるとは思わない。
それでも……自分が知ることのない二人の十年間に彼女の情はあのゴミが手に入れていたのだろうか。
いや、婚約破棄の件では、未練のかけらも感じないほどの扱いだったと報告を受けている。
むしろ、クズすぎて他の男に惹かれてもおかしくない。
となると、彼女の想い人はサルヴィリオ家の騎士団の誰かだろうか。
まだ、彼女を取り戻すことはできるだろうか。
後ろに控える副官のセルシオに指示を出す。
「今すぐ彼女を追いかけろ。私はシルヴィアと上から探……。いや、まだ療養中だったな。一旦屋敷に戻る!」
「ハッ。」
軽く返事をしたセルシオに用意は任せ、彼女が出て行った開けっぱなしになった窓を見た。
彼女を必ず取り戻すと心に決め、翼馬を休ませることなく屋敷に急いだ。
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「――――彼女の目的はなんだと思う?」
「分かりません。」
「理解致しかねます。」
「なんでしょうか……。」
「うっ……うっ。お兄様ごめんなさい。」
リリアンはもうそれしか言えないが、この部屋から出すと彼女に謝りに行きかねない。
それで彼女が逃げてしまっては元も子もないので、しばらく自分のそばに置くことにした。
「旦那様はどのようにお考えですか?」
こちらは手をこまねいていると言うのに、我が家の執事は実に楽しそうに聞いてきた。
「私にだって分からん。とりあえず彼女をしばらく泳がすが、絶対に逃げられる事のないよう屋敷の警備を強化する。その間に彼女の目的を突き止めろ。彼女に誤解を説明したところで彼女に思い人がいるならなんの解決にもならない。相手の考えを知ることが戦に勝つ最低限の条件だ。……リリアン、お前にしか出来ない事がある。出来るか?」
リリアンの前に膝を突き、彼女と視線の高さを合わせていった。
泣いていたのをピタリと止め、一瞬こちらをじっと見た後拳を握り締め、力強く頷いた。
「わたくしに出来ることならなんでもやります!!」
――――さぁ、始めよう。
彼女がここから逃げられないように。
彼女の全てを私のものにするために。