カニバリズム
私は何食わぬ顔で翌日、職場復帰した。
『あー、せんぱーい!』
後輩が出社するやいなや、擦り寄ってくる。
私のことを慕ってくれているかわいい後輩だ。
『うーんもう、お疲れですよねえ。先輩。』
『ああ、まあそりゃあね。』
『自分も疲れましたよー。もういやいや。』
両手の平を宙に向けて疲れたことをアピールする。
『いいじゃないか、キミは仕事なんだから。』
後輩のおでこをこづく。
『痛ーっ。でも自分も頑張ったんですよ!!』
『はいはい。はあ、溜まった書類に目を通さないと。』
私はデスクに向かう。
しかし温厚な職場だ。
2日、仕事を休んだのにだ。
奇異な目で見られはするが、お咎めはないのだ。
執務室に入る。
誰もが忙しそうにしていてこちらを気にする様子はない。
奥のデスクに近づく。
『部長、勤務に穴を開けてすみませんでした。』
『ああ構わんよ。』
髭面の部長はあくびをしながらどうでも良さそうに返事をする。
私のように窓際に追いやられた人材はどっちでもいいのだろう。
ただ問題さえ起こさなければいい。
この忙しい課で窓際的に働くことができているのはひとえに自分が優れているからでない。
『部長はいるかな?』
『はっ、ここに!』
ぎこちなく敬礼し、部長は声の方に擦り寄る。
私の父だ。
私の父のおかげで、私は現場に行ってなんぼの課にいられる。というかそこしか引き取り先がなかったのだ。
デスクに座る私を一瞥し、父は去っていった。
これでも親子なのだ。
『せんぱーい、お昼行きましょうよー!』
『ああ。』
後輩は相変わらずノーテンキに課に入ってきては私をランチに誘う。
他の職員はランチなんて食べる暇がないくらい忙しいのに、空気を読まず部屋を出る。
『いただきまーす!』
昼は近くの定食屋だ。
『先輩、よくそんなの食べられますね。』
定食屋のローストビーフ丼だ。
ここのローストビーフは質が良くないらしい。
血が滴り落ちている。
『これがいいんじゃないか。』
口元を真っ赤にしながら食べる私を、後輩はまじまじと見る。
『先輩、なんだか、あれですね。』
『うん?』
『なんだか、人を食べた後の獣みたいな口元ですね。』
咳き込む。
『ああ、ごめんなさい!』
ティッシュを差し出す後輩。
吐き出した米粒をティッシュで拾う私。
『変なこと言うなよ。人を食べた後の獣って、、見たことあるの?』
私は苦笑しながら、茶を啜る。
『え?先輩はないんですか?』
『は?』
『自分は一度だけね、あるんすよ。』
飲みかけの湯呑みを置く。
後輩は薄ら笑いを浮かべている。
目は虚に見開いている。
『鏡越しにね、人を食っている獣ってこんな感じなんだーってね。』