幕間2 府警本部の惨劇
五人目の殺人犯が府警本部に連行されて来た時から、周辺の電子機器に異常が起こり始めていた。
「カメラの調子が悪いな」
「音声にも時々雑音が入るわ。どうしたのかしら?」
取材に集まっている報道関係者が愚痴を零していた。
取調室は殺気立っていた。取り調べは二時間続いたが、犯人は一言も喋らないのだ。
「今日はここまでだな、留置場に入れておけ」
強面の刑事が、若い犯人の太々しい態度に苦虫を噛み潰している
「今回の事件、どうなっているのですかね」
「模倣犯にしては手口があまりにも似ていませんか?」
「それに詳しい情報はマスコミにも伏せてある筈なのですがね」
「他にホンボシがいて、殺人犯を操っているとかはありませんかね」
「何のために、被害者には何の共通点もないのだぞ」
「そうですよね」
対策本部に集まったベテランの刑事たちも、今回の連続殺人事件には手を焼いていた。
「どうした!」
「分かりません」
突然署内の照明が全て消えてしまった。
「町の方は異常がないようです」
窓から見える街の明かりは点いていた。
「非常電源はまだか!」
「直ぐに回復すると思います」
照明は直ぐに点ったが、正常時の十分の一程度で廊下は薄暗かった。
「大変だ! ここから先に行けないぞ!」
府警本部の玄関先で待機していた報道関係者が、壊れた機材の代わりを車に取りに戻ろうとして騒ぎ出した。
府警本部の敷地と道路の間に見えない壁が現れて、出られなくなっているのだ。
「何なのだよ、これ!」
記者達が見えない壁を叩くがビクともしないし、大声を出しても道路側の人間には聞こえていないようだ。
騒ぎを聞きつけた警官も駆けつけてきたが、手の施しようがなかった。
その頃、照明が暗くなった留置場でも異変が起きていた。
「おおい、看守! 男が苦しがっているぞ」
通路を挟んだ向かいの四人が騒ぎ出し、一人が腹を押さえて転げ回っている。
「どうした?」
三人の警官が駆けつけると、今日連れて来られた男が血を吐いて苦しがっていた。
「刑事課に連絡だ!」
「はい」
若いのが詰所に走ると、二人がカギを開けて留置場に入った。
「大丈夫か?」
男を覗き込んだ警官は顔に血を吹きかけられ目が見えなくなった。
「何をする」
警棒を抜こうとした警官は壁に頭を叩き付けられて倒れた。
「死ね!」
警棒を奪い取った男は、顔に吹きかけられた血を拭き取っている警官を滅多打ちにした。
「さあ、暴れるぞ!」
カギを奪った若い男が他の鉄格子を開けた。
「オーッ!」
「ここを血の海にして、鬼人界への道を開くぞ!」
「オーッ!」
留置場を出た五人の男が、人間とは思えない低い声で気勢を上げた。
異変に気付いて警報ベルを鳴らした警官も殺害されて、血飛沫を噴き上げていた。
夜遅くにも係わらず敷地内に残っている百人近い警察関係者と三十人近い報道関係者は、署内でまだ何が起きているのか誰も理解していなかった。
「留置場で問題発生だ、全員拳銃を携帯して対処に当たれ!」
緊急事態宣言が出されて刑事たちが慌ただしく動いている。
事務職の職員は外に避難したが、敷地内からは出られずパニックが起きている。
「止まれ! 大人しく投降しなければ、射殺するぞ!」
警報ベルが鳴り響く廊下を歩く五人の男を、二十人以上の警官が包囲している。
「足元を狙って撃て!」
ロボットのように無表情で歩き続ける犯人に向けて、狙撃命令が出た。
「何なのだよ、こいつら!」
数発の銃声が響いたが、後退を余儀なくされたのは警官の方だった。
一階では盾を持った特殊部隊がバリケードを築いているが、止められそうにはなかった。
血に濡れた犯人はスチールデスクを一撃で変形させる力を見せ、既に取り押さえようとした刑事数人を殺害している。
「外に出られたら市民にも被害が出ます!」
「やもえない、射殺だ!」
本部長の最終命令が出た。
「撃て!」
一斉射撃を浴びた五人の男は、一度は倒れたがゆっくりと立ち上がった。
「こいつらは化け物か!」
全員に驚愕が走った。
手当たり次第に物を壊す男たちは、鉄パイプや角材を手にしてさらに狂暴になった。
特殊部隊のバリケードが壊されると、警官への蹂躙が始まった。
体格でも勝る柔道の達人も、全身に血を浴びた男に一撃で殴り倒されてしまった。
化け物を抑えることができない警官は屋外に撤退したが、そこには敷地内から出られない大勢の人がいて、一層の修羅場が予見された。
明石龍二との電話で胸騒ぎを覚えた玄崎宏美は、タクシーで府警本部に駆けつけた。
「山本先輩。何なのですか、これ」
「玄崎か。分からん」
府警本部があった場所は、半円形の黒いドームに覆われていて中が見えないのだ。
周りには住民が集まって来ていて、応援に駆け付けた警官が整理に当たっている。
「いったい、何が起きているのですかね?」
「さっぱり分からん」
ドームの中からは物音ひとつ聞こえないのだ。
「あの中には入れないのですか?」
「状況が分からない以上、入るのは危険だ。もうすぐ応援の特殊部隊が到着するから、俺たちは住民に避難するように説得するのだ」
「分かりました。皆さん、危険ですからこの場から離れて下さい」
玄崎宏美はスマホで写真を撮っている住民に、避難を呼びかけて回った。
「何だよ、何も写らないじゃないかよ」
「俺のスマホもだぁ。どうなっているのだ」
若者達がボヤいている。
「危険ですから道路の向こう側に移動して下さい」
必死で説得に回る玄崎宏美は、黒のライダースーツにフルフェイスのヘルメットを被った人物が、人だかりの少ない場所からドームに近づくのを見て頬を強張らせた。