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ザ・ファイブス  作者: タカミツ
第一章
3/20

少女誘拐事件


 開所から一ヶ月経ったが、探偵事務所の運営は順調には行かなかった。五件の依頼があったが、20万円の収入では広告代などの経費にも足りなかった。


『お金がなくなれば、賭け事をすれば良いではないですか』

 形だけでもと付けている帳簿を見ていると、サスケが声を掛けてきた。


「世間に影響を与える異能チカラの使い方は、できるだけしたくないのだ」

 真剣に教えを説いた祖父の顔を思い出すと、必要以上に異能は使えなかった。


『そんなこと、何時までも言っていられないと思いますよ』


「サスケには俺以上に未来が見えるのか?」


『いいえ。予感がするだけです』


「予感かぁ。心も全く読めないし、変わった奴だよお前は」

 サスケを見ていると頼もしくも思えるが、厄介者を引き取ったような気にもなる。


『主は未来を見る異能も、もっと磨かれた方が良いと思いますよ』


「あれを使うと疲れるから、あまりやりたくないんだよなぁ」

 座椅子の背もたれに身を預けると、天井を見上げてボヤいた。


 俺には精神を集中させる事で一時間位までの未来が見えるのだが、疲労感が半端ではなく倒れそうになるのだ。

 競馬で万馬券を当てたのもその異能を使ったのだが、祖父から最も禁止された行為だった。


『今の主は精神修行にも励んでおられるので、以前ほど疲れないと思いますよ』


「そうだとしても気乗りはしないなぁ」


『主は異能を持っているのは自分だけだと思っていませんか?』


「違うのか?」


『自分だけが特別だと思っていると、足元を掬われますよ』


「怖いことを言うなよ、また心を閉ざしたくなるじゃないか」


『殻に籠って一生を送るつもりですか?』


「いや。前を見て歩いて行くよ」

 サスケに出会ったことが吉と出るのか凶と出るのか今は分からなかったが、以前のような暗い自分に戻る気にはなれなかった。


『未来を見る異能を磨かれるのですね』


「ああっ。やってみるよ」

 頭を撫でてやると悦ぶサスケを見ていると、なぜか幸せな気分に包まれた




[未来を見る]と言っても、自分の周りで起きることが分かるだけだった。そこで自分が何をしているのか、どのような行動を取るのかは分からなかったし、目の届かない所の情報は得られないのだ。

 異能では動画の一場面を写真に切り取るように見えて、写真の一点に意識を集中させるとさらに詳細が見えるのだ。

 競馬場では第3レース終了後の未来を見て、着順を知らせている掲示板に意識を集中させて3―7を当てたのだ。

 見る未来が先に行くほど疲労が激しく、一時間先を見ると立っている気力がなくなるほど疲弊した。


 探偵の仕事がない日(殆どないのだが)は、縁側で座禅を組んで集中力を高めていた。


『どうしました?』


「十分ほどするとスーツ姿の女性が訪ねてくるから、着替えようと思ってなぁ」

 サスケに答えると作務衣から、今や仕事着となっているジーンズに着替えた。


 暫くすると玄関先に女性が現れて、インターホンが鳴った。

 迷子の動物探しは全て電話での依頼だったので、開所以来初めての訪問客だった。


「突然ですがご依頼したい件がありお邪魔したのですが、所長さんはおられますか?」

 二十代と思われる女性の声はキリとしていた。


「カギは開いていますのでお入り下さい」


「お邪魔します」


「どうぞ、お上がりください」

 若い女性の訪問に少し緊張して座敷に通した。


「失礼します」


「僕が所長の明石龍二です」

 和室しかない家なので、座卓を挟んで向かい会うと名刺を差し出した。かなりの美人だったので舞い上がっている自分がいる。


「玄崎宏美です」

 貰った名刺を見て驚いた。所轄の刑事さんだったのだ。


(この人、名刺を見て何をそんなに驚いているのかしら? 何か犯罪でも犯しているのかしら?)


「俺は何も悪いことはしていませんよ」

 美人に見詰められてつい心を読んでしまって、慌てると地が出てしまった。


「俺ですか? いいえ、別に貴方を調べに来たのではありませんよ」

 俺のあまりの慌てように、玄崎宏美は爽やかな笑みを浮かべている。


「そうなのですか」

 もう少し先の未来を見ておけばよかったと悔いた。刑事などと話した事がないので気が動転しているのだ。


「叔母に明石探偵事務所に優秀な探偵さんがいると聞いて相談に寄せて貰ったのですが、若い所長さんなので驚いたわ」


「叔母様ですか?」


「森田啓子です」


「森田啓子さん。ああっ! 白い猫のマリちゃんのご主人」

 豪邸に住んでいたマダムを思い出した。


「マリちゃんもすっかり元気になって、叔母も喜んでいました」


「それは良かった。しかし僕はまだ探偵を始めたばかりで、迷子の猫や犬を探すことぐらいしか出来ないのですよ」


「僕って、そんなに畏まらなくても、俺で良いわよ」


「すみません、あまり女性と話しをした事がないので緊張してしまって。ところで相談事とは?」


「そうでした。今月だけで五歳になる三人の少女が行方不明になっているのは御存じでしょうか?」


「はい。詳しくは知りませんが、テレビのニュースは観ています」


「これは刑事としてではなく三人目の少女の知人としてお願いするのですが、由香里ちゃんを探して貰えませんか?」


「はい?」

 刑事の名刺を出しておきながら、「刑事としてではなく」と言われも返答に困ってしまう。


「由香里ちゃんの両親がお願いに来るのが良いのですが、警察が民間人の事件への関与を嫌うので動けないのです」


「当然でしょう。俺だって事件性のある事に関わりたくありませんよ」

 サスケを見ると、俺と目を合わせないように寝転がっている。


「由香里ちゃんの母親は私の姉で、憔悴しきっている姿を見ていられないの。お願い、迷子の由香里ちゃんを探して貰えませんか」

 玄崎宏美が深々と頭を下げた。


「迷子って、警察はそうは見ていないのでしょ」


「迷子だったら探偵さんにも探して頂けるでしょ。居場所さえ見つけ下さったら、後は私が何とかします」


「しかし……」

 危険なことに近づいて異能を使う羽目になるのは、極力避けたかった。


『探して上げればいいじゃなないですか、どうせ仕事がないのだから』


『やっぱり、聞いていたのだな』

 知らんふりをしているサスケを睨んだ。


「決して貴方に迷惑が掛からないように責任を持ちますから、お願いします」


「分かりました、迷子の由香里ちゃんを探してみましょう。ただ、僕は動物専門なので期待はしないでくださいよ」


「ありがとうございます」

(お姉ちゃん、必ず由香里ちゃんを探し出して貰うからね)

 真剣な表情の玄崎宏美の心を覗いて、引き下がれなくなってしまった。




 玄崎宏美から三人の少女の特徴や、いなくなった状況を聞いたがニュース以上の情報は少なかった。


 警察は事故と誘拐事件の両面から調べを進めているが、学校帰りの通学路から忽然と消えて、身代金の要求も何もないのだ。

 三か所の現場はかなり離れていて、歩いて見たが何の痕跡も見つけられなかった。


『何処へ行ったのでしょうかね』


「分からないが、この近辺にはいないのは確かだな」

 サスケを散歩させている振りをして、さらに範囲を広げて歩いて見たが収穫はなかった。


『今日も駄目でしたね』


「あの刑事さんには申し訳ないが、そろそろ諦め時かな」

 五日間市内を歩き続けたが、思念に引っ掛かるものは何もなかった。

 警察の広域捜査にも引っ掛からない所をみると、近辺に居ないのかすでに殺害されているのかもしれない。


「あそこのコンビニで何か買って帰るか」

 暗くなってきたがサスケを連れているので、地下鉄にも乗れずに歩いて帰るしかなかった。


「どうした?」

 駐車場の一台の車の臭いをサスケが執拗に嗅いでいるのだ。


『微かにですが、由香里ちゃんの匂いに似た臭いがするのです』

 玄崎宏美から由香里が使っていたハンカチを借りているので、サスケは匂いを覚えていた。


「本当か!」

 暫くすると大量の買い物をした二人の男が、コンビニから出てきた。


「今月中に後二人か?」


「しかし、なぜ五人なのだ?」


「知るかよ。早く終わらせたいぜ」


「まったくだ。ガキの世話がこんなに大変だとは思わなかったぜ」

 男たちは車に乗り込むと市外に向かって走り出した。


『あの男たちから由香里ちゃんの匂いがします』


「あの車を追えるか?」


『やってみます』

 リードを外すとサスケが走り出した。




 玄崎宏美のスマホに連絡をすると車で駆け付けてきた。


「本当なの?」


「何も聞かずに、俺の指示に従って走って下さい」

 助手席に乗り込むとサスケの思念を探しながら、山の方向に向かって走って貰った。


 男たちがコンビニを去って三十分ほど経っているが、いまだにサスケの姿が見えないと所を見ると、執拗に喰らい付いているよだ。


「どこまで行くの? この先はY字路になっているわよ」

 玄崎宏美はカーナビを確認しながら車を走らせている。


「左です」

 サスケの思念を捉えた。

 山道を走っていると、ヘッドライトの光の中にサスケの姿が浮かび上がった。


「止めて下さい!」

 車から降りるとサスケが駆け寄ってきた。


『この先の山荘に男たちが入っていきました』


「そうか、よくやった」

 サスケの頭を撫でやると嬉しそうに尻尾を振っている。


「この先の山荘に少女たちは居ると思います。後は警察の方でお願いします」

 遅れて車を降りてきた玄崎宏美に言った。


「どうしてここが?」


「先ほどのコンビニで買い物をしていて、偶然誘拐犯らしい男たちの会話を聞いてしまったのです。後二人誘拐すると言っていました」

 偶然を装い曖昧に答えた。


「ありがとう。本当にありがとう」

 玄崎宏美が泣き出しそうな顔をしている。


「俺たちは帰りますので、貴女一人で発見した事にしておいて下さいよ。迷惑を掛けない約束でしたよね」

 刑事事件のような厄介事に巻き込まれないように、しっかりと釘を刺しておいた。


「ここから歩いて帰るのですか?」


「はい、走って帰ります」

 驚いている玄崎宏美を残して、サスケと山を下りていった。


『あの刑事さん、大丈夫でしょうかね?』


「まさか一人で乗り込むような、馬鹿な真似はしないだろよ」

 街に入る前に数台のパトカーと擦れ違ったので、無事に事件が解決したのを確信した。




「こんにちは!」

 縁側で座禅を組んでいると紺のスーツ姿の女性が、門を潜って入ってきた。


 少女誘拐事件が解決してから十日が過ぎて、ニュース報道でも殆ど見なくなっていた。


「いつも突然ですね。連絡をしてから来て下さいよ」

 庭に出るとぶっきらぼうに言った。女性に対する免疫力のなさが老婆心を生むのだ。


「ごめんなさい。これからは気を付けるわ」


「今日は、何ですか?」


「先日のお礼に来ました。ありがとうございました」

 玄崎宏美は手土産が入った紙袋を渡してきた。


「わざわざ来なくても、調査費を振り込んでくれたら良かったのですよ」


「その調査費のことなのですが」


「あれ以上は安くなりませんよ」

 五日間の日当と交通費などの経費込みで15万円の請求書を送っておいたのだ。少女が見付かったのだから格安だと思っている。


「金額ではなくて、支払いを暫く待って貰えないかと思いましてお願いに来ました」

(体も鍛えているようだしタイプなのだけど、年上の女に興味はないのかしら)


「はい?」

 言葉の歯切れが悪く様子がおかしいので、玄崎宏美の心を読んで驚いた。


「友達の結婚が続いていてお金がないのです」

 俺の驚きようを勘違いしたのか、慌てて言い訳をしてきた。


「そうなのですか。ボーナスが出た時でいいですよ」

 俺も金に余裕は無かったが見栄を張ってしまった。


「ありがとうございま」

 頭を下げる玄崎宏美の胸元が気になって仕方がなかった。

 上着は前回と同じスーツだが、今日はVネックブラウスを着ているので胸の谷間が見えそうなのだ。


「ひとつ聞きたいのですが?」

 顔が赤くなっているのが自分でも分かった。


「なんでしょう」


「誘拐犯の目的がニュースでは明らかにされていなかったのですが、何だったのですか?」

 下半身がムズムズするので話題を変えようと焦った。


「逮捕した男は三人だったのですが、三人とも少女たちの世話をするために雇われただけで目的は知らされていなかったの。警察では主犯を探しているけど、メールだけの指示で動いていたようで犯人を逮捕できるか分からないわ」


「警察も大変ですね、頑張って下さい」


「今日は私、休みなのです」

 玄崎宏美が端麗な頬を薄っすらと朱に染めている。


「そうですか。俺は迷子の猫探しに行くので失礼します」

 逃げるように靴脱ぎ石から縁側に上がると、窓とカーテンを閉めた。

 人との関わりを避けてきた俺には、積極的な女性に対してまったく免疫がなかった。


『主、今日も仕事はありませんよ』


「分かっているよ」

 カーテンの隙間から玄崎宏美が門を出ていくのを見て、ホッと胸を撫で下ろした。


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