山荘の秘密 その2
不安を抱えながらも五芒星の前に移動すると、ナイフ五郎丸を手にした。
「何か起きたら頼むぞ」
不測の事態の対処を皆に頼むと、左手の親指の先を切った。
漆喰の床にポタポタと赤い血が落ちて、染み込んでいく。
「リュウジ、まだなの?」
俺の血を見ているヒロミが蒼い顔になっている。
「十分ぐらいすると、五芒星が光り出すはずなのだ」
まだ何の変化も起きていない。
「そう。具合が悪くなったらすぐに言ってよ」
ヒロミは大きな胸のまえで、祈るようにチュンコ丸を握りしめている。
「分かっているよ」
治癒能力がある仲間がいることが心強かった。
「これでは、らちが明かないなぁ」
痛みは鬼との戦いで受ける衝撃を思えば蚊に刺されたようなものだったが、ヒロミの不安げな表情を見ているのが耐えられなかった。
新たに少し深く指先を切ると、血が流れ落ちた。
『みんな、五芒星から離れる二ャー』
五芒星が光だし、少しずつ眩しさを強くしていく。
「何が起きるの?」
ヒロミは俺に駆け寄ると、チュンコ丸を左手に翳してくれた。
暖かい光に触れると切り傷はふさがり、傷跡もなくなった。
「祠が現れはずだ」
五芒星から溢れていた光が消えると、未来視で見ていた祠が現れた。
お地蔵様を祭るような一メートルほどの大きさの祠は、観音開きの扉が閉ざされていた。
「ツバキ。この中には、何が入っているのだ?」
『二ャンコ丸と、巻物二ャー』
「二ャンコ丸って。ヒロミが持っているチュンコ丸のような短刀か?」
『そうだ二ャー。その下に鬼の頭を収める予定だったが、消えてしまって断念された二ャー』
俺の前にお座りしているツバキは、遠い過去の出来事を語っているようだ。
「鬼の頭って。各地に封印されている鬼のミイラの頭なのか?」
『そうだ二ャー。身体は封印に成功したが、頭は異能者の力を振り切って消えてしまった二ャー』
「それじゃ。最近暴れている鬼は、その頭の所為なのか?」
『たぶん、そうだと思う二ャー。先輩や私の記憶が蘇えったのが証明している二ャー』
「鬼の頭はどこにあって、どうしたら封印できる!」
『どこにあるかは分からない二ャー。封印は五本の短刀が揃って異能者の力が鬼に勝れば可能二ャー』
「リュウジ、そんな怖い顔でツバキちゃんを睨んだら可哀想でしょう」
猫の大きさのツバキに詰め寄る俺を、ヒロミが諭してきた。
「すまなかった。鬼との戦いを思い出して熱くなってしまった。色々と聞きたいことはあるが、事務所に帰ってからにしようか」
ツバキを抱き上げると、チーター柄の身体を撫でてやった。
『主、二ャンコ丸を確認されたらどうですか』
祠の前でお座りしているサスケは、いつものように冷静だ。
「そうだな。二ャンコ丸と言うことは、まさかツバキが持つ短刀なのか?」
『そうだ二ャー。主の身体強化が可能になるのだ二ャー』
「そいつは頼もしいな」
祠の扉を開けると木箱と巻物が入っていた。
木箱にはチュンコ丸やコッコ丸と同じ短刀が入っていて俺もヒロミも抜くことができなかったし、巻物は読むことができなかった。
「ツバキ、抜いてみろ」
『はい二ャー』
床に下ろしたツバキはチーターの大きさになると、俺が差し出した二ャンコ丸の柄を咥えて引っ張った。
スッーと抜けた二ャンコ丸の刃は他の二本と同じようにキラキラと光って、とても五百年もここに納められていたとは思えなかった。
『身体強化』
ツバキが念を込めると刃が眩しく光、俺の全身を包んだ。
「これで強化されているのか?」
自分の手足を叩いてみたが、普段との違いが感じられなかった。
『はい二ャー。ピストルの弾をはじきかえす二ャー』
「そんなにか! これで鬼との戦いも楽なりそうだな」
「この山荘は結界に守られたのでしょう。一度事務所に戻りませんか。色々ありすぎて疲れたわ」
「自分から進んで戦いに行くことはないから、心配はいらないよ」
ヒロミの心を読んでいる訳ではないが、切実な想いが伝わってきて慌てて弁明した。
「分かっているわ」
『皆で主を支えましょう』
サスケがヒロミに擦り寄っていった。
「そうね。私もしっかりしないといけないわね」
ヒロミはサスケの首に抱きついた。
「よし。事務所に帰って今後のことを考えよう」
鞘に戻した二ャンコ丸を預かった俺は、小さくなったツバキを抱いて地下室を出て行った。
「これで結界に守られているのか?」
外に出て見上げた山荘に変化は見られなかった。結界と聞いて府警本部を覆った黒いドームを想像したが、まったく別物のようだ。
『今は主の許可がないと、ここから先には入れない二ャー』
「留守にしても空き巣に入られる心配ないのだなぁ」
『空き巣も鬼も入れない二ャー』
「よし、事務所に帰ろう」
ヒロミの車に乗り込んだ俺は、五芒星の呪縛から解放されたようで気が楽になった。
「リュウジ」
「どうした?」
「鬼との戦いは避けられないかもしれないけど、府警本部に乗り込んだ時のように一人で突っ走るのだけはやめてよ」
「分かっているよ。一人では勝てないことは、天王山トンネルの戦いで身に染みているよ。まずは残り二本の短刀と、仲間を探さないと始まらないと思っているよ」
「私も頑張るからね」
運転しているヒロミの横顔が微笑んだことが、今回の調査さで俺を一番ホットさせてくれた。




