ヒロミの異能《チカラ》
京都に戻って数日後の新聞の片隅に、長野県の山奥で行方不明になっていた村人が発見された記事が小さく載っていた。
俺たちの生活に変化はなく、今日も迷子の動物を探して走り廻っている。
「この辺りなのだがなぁ」
依頼を受けた猫の思念を追って来て、広い神社の境内を探していた。
「いたわよ!」
ヒロミの声で駆け付けると、社務所の縁の下で蹲っている三毛猫がいた。
『怖がらなくて大丈夫だから、出ておいで』
『痛くて歩けない二ャー』
『どうした?』
『車に当たって足が動かない二ャー』
どうやら三毛猫のミケは、車に撥ねられて足の骨が折れているようだ。
仕方なく神主さんに許可を貰って縁の下に潜った。
「さあ、おいで」
ミケを抱えて縁の下から這い出た。頭に蜘蛛の巣が貼りついて気持ちが悪い。
ケガをしたミケは他の動物に襲われるのが怖くて、足を引きずりながら逃げ込んだようだ。
「お騒がしました」
神主さんに挨拶をすると、重たい猫を抱いて車に戻った。
「酷いケガをしているわね」
ヒロミも心配そうにミケを見ている。
「飼い主さんの所に急いでくれ」
「ちょっと待って」
「どうしたんだ」
運転席に座ったヒロミが、持っていたバックを開いた。
「何だか温かくなっているの」
ヒロミがバックから取り出したのはチュンコ丸だった。
「温かいって? 何も感じないぞ」
差し出された短刀に触れてみたが、物質の冷たさがあるだけだった。
「カイロみたいに温かくなっているわよ」
ヒロミが俺の言葉を否定してくる。
「誰も見ていないから、抜いてみな」
「うん」
小さく頷いたヒロミがチュンコ丸を鞘から抜くと、刃から暖かい光が溢れていた。
「どうしたのかしら、これ?」
チュンコ丸の変化に持ち主のヒロミが一番驚いている。
『何だか気持ちがいい二ャー』
抱いているミケの声が聞こえた。
「もしかして!」
「どうかした?」
「チュンコ丸を猫に近づけて、意識を集中してケガが治ることを願ってごらん」
「分かった」
チュンコ丸の柄を握っているヒロミは、真剣な表情で三毛猫を見詰めている。
『痛いのが消えていく二ャー』
ミケの安らいだ声が頭の中に流れ込んでくる。
『そうか』
一分ほどでチュンコ丸の光が消えた。
「どうだ、歩けるか?」
ミケをサスケが乗っている後部座席に下ろした。
『歩けるニャー』
恐る恐る立ち上がった三毛猫は、クルクルと廻って見せた。
『よかったな』
サスケとミケがじゃれ合いを始めた。
「いったい、何が起きたの?」
鞘に戻したチュンコ丸を見詰めるヒロミが首を傾げている。
「ヒロミの異能が覚醒したのだと思うよ」
「私の異能?」
「多分だが、ヒロミには治癒の異能があるのだと思うな」
言っている俺も正直驚いていた。ケガや病気を治す力があれば、これほど頼りになる異能はないのだ。
「しかし今の現象はチュンコ丸の力では?」
「チュンコ丸はヒロミにしか扱えないのだから、チュンコ丸の力はヒロミの異能なのだよ。修行を続ければもっと違う異能も目覚めるかもしれないよ」
「リュウジの力になれるように頑張るわ」
「ミケの飼い主が心配しているから行こうか」
ヒロミが大きな瞳を輝かせて見詰めてきたので、正面を向くと運転を急かした。
「そうね」
美貌を綻ばせるヒロミは車を走らせた。
『助けてくれて、ありがとうニャー』
『これからは気をつけろよ』
ミケと飼い主との感動の再会が終ると、調査費を受け取って事務所に戻った。
「どうした?」
縁側でチュンコ丸を抜いて見詰めているヒロミを見かけたので声を掛けた。
「どんなに意識を集中させても、チュンコ丸が光らないの」
「それはヒロミの近くに助けたいと思う相手が存在していないからだと思うよ」
「助けたいと思う存在ね」
ヒロミは異能について真剣に考え込んでいるようだ。
異能は自分でコントロールするのが難しいことがある。サスケと出会う前の俺は、自分の異能で潰れそうになっていたぐらいなのだ。
「何なら俺がケガをしてみようか?」
「バカなことを言わないで。冗談でも許さないわよ!」
ヒロミが目尻を吊り上げて怒っている。
「ごめんなさい」
真剣な顔で怒られると、五歳年上のお姉さんは怖かった。
「サスケ、どうした?」
庭を走り廻っていたサスケが、前の右足を引きずりながら戻ってきた。
『棘が刺さりました』
「サスケ君、見せてみて」
庭に下りたヒロミがサスケの前足を見ると、肉球に小さな木が刺さっていた。
「これね」
サスケの痛がる顔を見て眉を顰めるヒロミは、優しく棘を抜いた。
「まだ痛い?」
『少し』
サスケがヒロミに甘えている。
「ちょっと待ってよ」
ヒロミがチュンコ丸を抜くと、温かい光が溢れ出した。
「サスケ君のケガを治して」
ヒロミはチュンコ丸をサスケに近づけた。
『ありがとう、痛いのが消えた』
サスケはヒロミに頭を擦りつけて喜んでいる。
「よかった」
ヒロミが満面の笑みを浮かべている。
「ヒロミの異能は治癒に間違いないようだな」
「リュウジの力になれるように磨きを掛けるわ」
「あまり無理をしないようになぁ」
向けられた笑みが怖くて少し引いた。
長野のラブホでは鬼の存在を理由にことなきを得たが、ヒロミが確実に異能に目覚めたことで、危険を言い訳に彼女を遠ざけるのが難しくなるのだ。
彼女が嫌いな訳でもないし魅力がない訳でもない、むしろ彼女に魅かれている俺がいるのは確かなのだ。
ただ心を押し殺して生きてきた俺にはまだ自信がなかったし、自分の生き方に人を巻き込むことが怖かった。
「サスケ君に負けないように頑張るわ」
立ち上がったヒロミは、固い意志を示すように俺を見詰めている。
だから、何をサスケと競っているのだよと思ったが、怖くて心を覗くことができなかった。
『主、僕のサポートはどうでした?』
『サスケ、お前、わざとケガをしたのか!』
『……』
俺の怒りを感じ取ったサスケは、黙って項垂れてしまった。
サスケを怒った俺は、俺を怒ったヒロミの思いに至って小さく頭を下げた。