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ザ・ファイブス  作者: タカミツ
第一章
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異能と子犬


 京都府にある嵐川製作所。俺が高校を卒業すると滋賀県の田舎を離れて就職した会社である。


 仕事は自動車の部品を組み立てる単純な流れ作業で、人と会話を交わす必要もなく残業は全くない会社だった。


 仕事帰りにコンビニで弁当を買って、独り暮らしのアパートでテレビを見たり、ゲームをしたりして過ごす生活が二年続いている。


 学生時代は結構スマートな体形だったが、今は全身に無駄な脂肪がつき腹が出てきている。


 休日に新作のゲームソフトを買うために久し振りに街に出たが、草臥れた作業服にボサボサ頭の俺には行きかう人の視線が苦痛でしかなかった。


「これを」


「はい。8.800円です。ありがとうございます」

 若い女性店員は笑顔で対応しているが、

(むさ苦しいヒトね)

 と、心の中で顔を顰めている声が聞こえてくる。心を閉ざしていても面と向かって言葉を交わすと、俺の頭には相手の考えが流れ込んできてしまうのだ。


 俺はゲームソフトを受け取ると逃げるようにコーナーを離れて、階下のホームセンターをうろついていた。数日前からここに来るように、夢で呼ばれていたのだ。


『リュウジ様、待っていましたよ』


「誰だ?」

 周りに声を掛けてきている人はいないが、誰かが俺の名前を呼んでいる。


『リュウジ様、こちらです。ペットショップに来て下さい』

 頭の中にハッキリと声が響いてくる。大概の人なら驚く事だが、子供の頃から不可解な現象を体験している俺は動じなかった。


 売り場の奥には、子猫や子犬が入れられたガラス張りのケージがあった。


「この子猫可愛い!」

 休日とあって何組かの親子連れが、ケージを興味深そうに覗き込んでいる。


『俺を呼んだのはお前か?』

 少し離れた場所から、声には出さずに心の中で呟いた。右端のケージに入った柴の子犬が俺を見詰めていたのだ。


『そうです、ご主人様。僕を買っていって下さい』


『残念だが俺のアパートはペット禁止だし、お前を買うような金もないよ』

 ケージのガラスには25万円の値札が貼られていた。


『ご主人様なら、お金などどうにでも出来るではありませんか』

 子犬が意味深な笑みを浮かべたように見えた。


『何を訳の分からない事を言っているのだ。それに、お前にご主人様と呼ばれる筋合いもないからな』

 俺は直ぐにでもその場を離れようとした。真剣な顔で柴犬を見ていたので、家族連れが不審がっているのだ。


『ご主人様が迎えに来てくれるまで、ハンガーストライキをしています』

 子犬の悲しそうな声が頭の中に響いてきた。


『勝手にしろ』

(何なのだ、アイツ?)

 逃げるようにアパートに戻ると、ポテトチップスを食べながら買ったばかりのゲームを始めたが、子犬のことが気になって集中できなかった。




 翌日、仕事をしていても子犬の事が頭から離れなかった。


 終業後ペットショップを覗きに行くと、ケージの中で子犬が寝転がっていて器にはエサが残っていた。


「この犬、元気がなさそうですが、どうかしたのですか?」

 人と話すのは苦手だが、思い切って店員に聞いてみた。


「昨日からエサを食べないので、明日には獣医さんに診てもらう予定です」

 店員は事務的に答えると、奥に消えていった。


(買うお金もなさそうなのに、何なのあのヒト。忙しいのだから、冷やかしなら他所でやれ)

 店員の嫌悪に満ちた思念が頭に飛び込んできて、気分が悪くなった。心を閉ざしていないと、こうして世間の雑音で気が滅入ってしまうのだ。


『本気でハンガーストライキをするきか、死んでも知らないぞ』

 子犬に声を掛けたが返事は帰ってこなかった。


『言って置くが、俺にはお前を買うだけの金の余裕はないからな』

 自分の所為で子犬が死ぬのが心苦しくて言い訳をした。安月給なので貯金など無いに等しい。


『ご主人様なら、賭け事でもすればお金などどうにでもなるではありませんか』

 子犬の言葉に驚いた。いや、犬が人間とコンタクトを取ること事態が驚きなのだが。


『お前は俺の異能チカラを知っているのか?』

 さすがに無視できない存在なのは間違いなかった。


『はい』

 子犬は背を向けたまま答えている。


『よく分からんが、分かった。迎えに来るから一週間待っていろ』


『待っています、ご主人様』

 向き直ってお座りをして尻尾を振る子犬は、嬉しそうにエサを食べ始めた。

(現金な奴だな)

 子犬の変わりように苦笑いを浮かべると、急いでその場を離れた。先ほどの店員が不審そうに見ているのだ。



 子犬を飼うために二年間勤めた仕事を辞めた。


 ペットを飼うためには引越しをしなければならなかったし、纏まった金が必要だったのと、祖父から人前で異能を使う事を固く止められていたが、今回のことで自分の周りで何かが動き出したことを予感したのだ。


 競馬場に来るのは初めてだった。いや、賭け事をすること自体が初めてで、パチンコさえやったことがなかった。


「若いの、初めてか?」

 キョロキョロしていると小柄な初老が声を掛けてきた。


「初めて来たのですが、凄い人ですね」

 目をギラつかせて賭け事に執念を燃やす人間の情熱に圧倒されて、場違いに来た感が拭えなかった。


「今日は土曜日だからな。初めてならどうだい、儂にお前さんの指南をさせて貰えんか?」

 建造と名乗った初老の男は、競馬新聞を広げてパンパンと叩いた。


「お願いできますか」

 胡散臭そうだが、何の知識もなかったので頼むことにした。


「ただし、指南料は貰うぞ」


「どれ程?」


「お前さんの勝ち分の一割でどうだ?」


「負けた時は?」


「その時は、いらんわい」

 建造は黄色い歯を覗かせて笑った。


「分かりました。よろしくお願いします」

 特に嫌悪を感じる思念はなかったので頭を下げた。


「2、3レース様子を見て感を養うのだ」

 建造は競馬新聞の第1レースと第2レースに、赤エンピツで印を付けながら説明をしてくれた。


 建造の予想は2レースとも的中したが、大きな配当は付かなかった。


「馬の見分け方は今教えた通りだ。第3レースを予想してみな」


「分かりました」

 競馬新聞を広げると、教えられた事を参考に印を付けてみた。


「ありきたりだな。ビギナーズラックと言う言葉を知っているだろ、若いのだからもっと大胆な予想は立たないものかね」

 建造が俺の予想に不満を洩らした。


「やってみます」

 何もかもが初めてなのだから仕方がないだろうが、と思いながら目を閉じた。


 意識を集中させて第3レース終了後の、着順を知らせる掲示板を思い描いた。

 見えたのは3―7の数字だった。

 だがこれは万馬券になる確率が高かったので、3―5と2―7の穴馬を中心にした予想を付け加えた。


「3―5と2―7、それに3―7か面白い予想だな。当たればいいがなぁ」

 馬券の買い方を教えてくれる建造は、俺の初予想を見て楽しそうに笑っている。


「いいか、大切な事を教えるから、しっかり聞いておけ」


「はい」


「馬券が外れた時は大げさに悔しがり、当たった時はどんなに大きな当たりでも静かにしておくのだぞ」

 レースを見詰める建造は真剣な表情になっている。


「分かりました」

 俺には建造が、3―7が当たるかもと予感しているのが分かった。




「まさにビギナーズラックだな」

 耳元で囁く建造が肩を叩いてきた。


「ありがとう御座いました」

 第3レースが終って蒼褪めている俺を心配してくれる建造に15万円を渡すと、タクシーでホームセンターに向かってペットショップに寄った。


 建造は大金が当たって蒼褪めているのだと思っていたようだが、本当は異能を使うと激しい脱力感に襲われて立っているのも辛くなるのだ。


『ご主人様、待っていました』

 柴犬が入っているゲージの前に立つと、お座りをした子犬が嬉しそうに尻尾を振っている。


「こいつを売って下さい」

 店員に声を掛けると、草臥れた服装のメタボぎみの俺を怪訝そうに見た。


「かなり癖がある犬ですが大丈夫ですか?」

(本当にお金持っているのか?)

 思っていることと言葉に乖離がある。


「大丈夫です」

 競馬で当てた金の中から25万円を渡した。


「ケージボックスとドッグフードをサービスさせて頂きます」

 現金を見て急に愛想よくなった店員は、子犬用のボックスに柴犬を入れると渡してきた。


「どうも」

 軽く頭を下げて子犬とドッグフードを受け取った。人に蔑まされるのは慣れているので、店員の思考に思うことはなかった。


「ありがとうございました」

(厄介者がいなくなって清々するわ)

 形式的に頭を下げている店員の心の声が聞こえる。


『お前、何をやらかしていたのだ?』


『他の客に買われないように、ちょっと悪戯をしていたのです』

 俺を見上げている子犬が笑っているように見えた。


『それで店員に嫌われていたのか』

 子犬の無邪気さに自然と笑みがこぼれた。


『早速、不動産屋で手続きを済ませるぞ』


『ペットが飼える家が見つけてあるのですね』


『ああッ。事故物件で安かったので借りたのだ』

 子犬と会話をしながら、目を付けておいた不動産屋に向かった。


 物件は郊外にある一軒家で、五年前に老夫婦が強盗に殺害されて以来空き家になっていて、家賃が2万5000円だった。

 事故物件を借りると言ったら不動産屋は大喜びで、簡単に手続きを済ませてくれた。

 殺害された老夫婦は金持ちだったようで、立派な塀に囲まれた家は10LDKと大きく、広い庭まで付いていた。




「さてと、聞きたい事が山ほどあるのだが、その前にお前の名前だな」

 ボックスから子犬を出すと、初めて声を出して話し掛けた。


『ご主人様が付けて下さい』

 空き家に残されていたソファーに腰掛けた俺の前で、子犬が可愛らしく尻尾を振っている。


「そうだな、サスケでどうだ?」

 友だちがいなかった俺が子供のころ飼っていた雑種犬が、サスケと言う名前だった。


『サスケですか、ありがとうございます、ご主人様』

 子犬が嬉しそうにさらに激しく尻尾を振っている。


「それと、ご主人様と呼ぶのは止めろ」


『ご主人様でなければ、何とお呼びしたら良いのでしょう?』


「俺の名前は明石龍二だから、リュウジとでも呼べばいい」


『そんな訳にはいきません。せめてアルジと呼ばせて下さい』

 サスケが真剣な表情で俺を見上げている。


「ご主人様よりはましか、まあそれで良いだろう。ところでサスケ、お前は何者なのだ?」

 初めて会った時から抱いていた疑問をぶつけた。


『柴犬です』


「ただの犬が人間と会話をしたりしないだろ」


『僕は主の異能に共鳴しただけの、ただの犬ですよ』


「俺は爺さん言われて、長年心を閉ざして生きてきたのだ。そんな俺と共鳴する筈がないだろ」


『なぜ、心を閉ざされているのですか?』


「人前で異能を使うと不幸になると、爺さんから強く言われてきたからさ。それと心を閉ざしていないと、周囲から聞こえてくる誹謗中傷に心が病んでしまうからな」

 自分でも人生から逃げているようで悶々としていたが、人と関わらないのが楽だから親兄弟からも、故郷からも離れて暮らしているのだ。


『なぜ、自分の異能を磨こうとされないのですか?』


「異能を磨く?」


『そうです。異能を磨けば無駄に周囲の声を聞く事もなくなりますし、もっと違った異能にも目覚める筈です』


「サスケはどうしてそんな事を知っているのだ?」


『僕は主を導くために生まれてきたからです』


「はぁ! まじで言っているのか」

 サスケをまじまじと見詰めた。

 不可思議な出来事には寛容なつもりだったが、サスケの言葉には驚きが隠せなかった。


『僕はおじい様とは正反対の意見です。隠れて暮らすのではなく、主は異能を使って自分らしく生きられるべきです』


「確かに心を閉ざしていても、強い思念は否応なく入ってくるからなぁ。しかし、どうすれば異能を磨く事ができるのだ?」

 特に最近嫌な思いをする事が多くなって来ていたので、サスケの意見に頷けるものがあった。


『まずは集中力を高める事です。そして体力と気力を鍛える事です』

 サスケは簡単に言っているが、どれも一朝一夕では出来ない事ばかりだった。


「仕事も辞めた事だし、やるしかないか」


『お手伝いしますので頑張って下さい』

 尻を上げたサスケは、話しは終わったと言わんばかりに、ペットショップで貰ってきたエサの袋に向かって行った。


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