YU05 峯布(みねふ)の落し物
それに気がついたのはついさっきのことだった。
駅の階段、真ん中より下の隅の方。その麻袋は手すりの下に周りの風景に溶け込むように落ちていた。
ピーナッツ色のそれはところどころ茶色く染みており、落し物と言うよりはゴミに近く、拾うことが躊躇われた。
高価なものが入っているようにも見えないし、駅員に届けるよりも、落とし主が気づいて戻って来た時同じ場所にあった方が都合が良いのではないか。
……というのは後付けで、つまり、特に頭で考えるでもなく、何となしに、汚い落し物をそのまま見送ったのだった。
そして今。それと同じ麻袋がまた私の目の前に落ちている。
巾着状に片方で口を縛り少し膨らんだ袋は、先ほどと同じように、けれども今度は別の場所、通路の端に落ちていた。
「拾わないの?」
見ていると、どこからか子供の声でそう聞こえた。
周りを見ても、小さい子供は見当たらない。
なんだか気味が悪くなって、足早に移動した。
そうして侑碍坂線への乗り換えの連絡通路の突き当たり、小さなエレベーターに乗り込む。
昔からある油臭いエレベーターのドアがゆっくり閉まり、直後に閉口した。
エレベーターの中にある鏡。後ろを映すそれは魚眼レンズのようにエレベーター全体を収めていて、そこにはまたあの麻袋が映っていた。
「拾わないの?」
「ねえ、拾わないの?」
また、子供の声がする。
振り向けないでいる間に、鏡の中のそれは徐々に中身が染み出すようにじわじわとシミを増やしていき、先ほどよりも汚く赤茶けていた。
ごそごそと、麻袋が蠢く。
中身が意思を持って動いていた。
早く、開いて。開いて。
心の中でそう唱えながら、ゆっくりと動くエレベーターが止まるのを待つ。
一階分上がるだけの時間が酷く長い。
「拾いなよ」
先ほどより一段階低い声が聞こえ、麻袋が脈動する。もう全体が赤茶色に染まったそれからは、少しずつ同じ色の汁が染み出していた。
「早く拾って」
「拾え」
赤茶色の液体が床を伝って流れてきて、女の靴のヒール部分を囲んでいく。振り向けず、しかし鏡からは目を離せずに、動けないまま液体が流れるのを見つめる。
「さっさと拾えよ」
耳のすぐ後ろで怨嗟のこもった男の子の声がして、女は気を失った。それと同時にエレベーターが開き、エレベーターを待っていた利用客が倒れた女を発見する。
既にエレベーターの中から麻袋は消えていた。
その落し物は、今も誰かに拾われるのを待っている。