YU04 啞尾呼(あびこ)のコインロッカー
「あ〜、もうっ! なんで空いてないの?!」
久々の帰省で実家の最寄駅に到着した私は、ロッカーを探してさまよっていた。
ずっと帰っていなかった実家に帰ることにしたのは、近くで好きなアイドルのコンサートがあり、それのついでだった。
帰って来るなら新幹線代を出してくれるというので、本命のコンサートのことは隠して、帰ると伝えた。両親はアイドル趣味に理解がないのでバレないようにするつもりがグッズを大量に買ってしまい、仕方なく駅のコインロッカーに預けることになり、こうして駅構内を歩き回る羽目になった。
「こんな駅でロッカーとか埋まる?! 意味わかんない!」
いくら帰省ラッシュとは言え、こんな大した観光地や繁華街の最寄りでもない駅のロッカーが満杯なんて、ツイてないにも程がある。
いや、正確には全く空いていない訳じゃない。
北側の端にある古いロッカー、今立っている場所の目の前にあるここには一つ空きがあった。
「……042……」
42と番号が振られたロッカーには、同じ番号の書かれたオレンジのプレートが付いた鍵が刺さっている。
その扉を開け、順番に荷物を放り込んでいく。
奥の方に紙袋を一つ入れたところで、バン、と音がした。
叩くような音。それは左隣のロッカーから聞こえる。私の手が当たったのかもしれない。
バン、再び音がした。
隣のロッカー。そこは昔から封鎖されているロッカーで、何も入っているはずがない。
「やめてよ……」
十年前、コインロッカーベイビーが社会問題になった当時。
この啞尾呼の駅のロッカーでも、捨てられた赤ちゃんが見つかった。異臭がして、遺体が発見されたらしい。
今は知らない人が多いかもしれないけど、当時は話題になった。それが、今も使用禁止になっている左隣のロッカーだ。
よりによってその隣しか空いてないなんて、本当に嫌になる。
バン、バン。叩くような音は次第に激しくなり、そことの間を隔てている薄い金属の板は音とともに揺れ、ついにこちらへ向けて凹んだ。
知らない、私は見てない。
こんなの錯覚だ。
叩く音に合わせ、ぼこりとこちらへ突き出した出っ張りは子供の顔のような形へと姿を変えていく。
「開けて」
「開けてよ」
「早く開けて」
三つできたそれらが口々に声を上げ、その度に凹凸が動いた。
「………………っ!」
きっと、幻覚を見ている。
ここが曰く付きのロッカーだと知っているから、そういう風に見えるんだ。
急いで残りの荷物を入れ、声をかき消すようにバタンと扉を閉めてから乱雑に鍵を抜いた。
翌日、思いの外実家に長居してしまい、新幹線の時間を気にしながら駅へ急ぐ。
今にも搔き消えそうな薄暗い電灯の下を歩き北側のロッカーの前に着けば、昨日と変わらず一面使用中で鍵のないロッカーが私を出迎えた。
「……あれ、どこ?」
カバンの中で鍵を探すも他の荷物に埋もれて出てこない。
早くしないと、乗り継ぎによっては新幹線の時間ギリギリになる。でもそれ以上に、この薄気味悪いコインロッカーから解放されたいという思いも強かった。
一面グレーの枠組みに薄緑の扉のロッカーは、古めかしく錆びついている。
今にもその扉の一つ一つから昨日幻覚で見た顔のようなものが浮き上がってきそうで、焦る右手は何度も空振った。
「ない、ない………………あった!」
ひと気のないロッカー前で、押し潰されるような思いでカバンを探る。そうしてようやく引っかかったオレンジのプレートを掴み、目の前の扉の鍵穴へと差し込む。
ガチャン、と確かな手応えがあり、右手で回した鍵を握ったまま、逆の手で少し重いドアを開けた。
顔、顔、顔、顔。
そこには四角い空間の中埋め尽くすように蠢く無数の顔があった。
「やっと、迎えに来てくれた」
ぐちゃぐちゃに混ざり合った、数え切れないほどある全ての顔が一斉に微笑む。
「ママ」
震える手が扉を離す。
離せばひとりでに閉まるはずの扉は、なぜか開いたまま動かない。
「嫌………………違う、私は」
手にした鍵のオレンジのプレートには、037と書かれている。
「…………………………なんで、」
これは、あの日川に捨てたはずなのに。