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短編集  作者: 雨音ルネ
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05. 猫/本/雨音

 窓硝子(ガラス)をたたく雨音(あまおと)に顔を上げた。

 読みかけの本を開いたまま膝の上に置き、空模様をうかがう。出窓に設えた作り付けの腰掛けに座っていると、外の様子がよく見えた。幼い子供が泣くのをずっとこらえていたけど、ついに我慢できず泣き出したような激しい大粒の雨だ。分厚い鉛色の雲が空を一面覆っている。しばらくやみそうにない。


 今日の読書を終えたと見なしたのか、猫が私の膝に飛び乗ってきた。悪戯好きでわんぱくだけど、きちんと本をよけ踏みつけたりしない。賢くてお行儀のいい子だ。なでてあげると嬉しそうに鳴く。甘えるように喉を鳴らすさまが愛くるしい。

 彼もこの子くらいかわいく甘えてきたらいいのに。


 執事が来客を知らせに来た。

 私は本を置き、猫を抱き上げ客間にむかった。

 お客様はすでに客間にいた。来月に式を挙げ私の夫となる予定の男性だ。彼は、私の父が母のために競売で競り落とした流行画家の最新作を眺めていた。初夏の森で遠足を楽しむ人々が活き活きと描かれ、陰鬱な雨の日に心癒される明るく爽やかな風景画。その絵を背に彼が振り返り、私を見た。


 彫りの深い奥まった目が私をとらえた。口元に笑みさえ浮かべず、彼は雨で訪問が遅れたことを淡々と詫びた。

 大理石の彫像だってもうちょっと愛想がいいんじゃない?


 私たちは紳士と淑女の作法にのっとって挨拶をし、礼節と親密のほどよい距離を保ちながら長椅子に並んで腰を下ろした。

 私は彼と二人きりになった。


 彼が私の名を呼んだ。

 彼の声で名を呼ばれると、胸が高鳴り小さな稲妻に撃たれたようにくらくらする。見つめ合うと、全身が干上がり雨を求めるようにひりひり熱くなる。初めて会ったときからずっとこうだ。彼の大きな手が私の頬に伸びた。


 彼と私の間から愛くるしい鳴き声が響いた。

 そろって顔を下に向けると、雨上がりの青空のようなつぶらなふたつの目が私たちを見上げていた。ふさふさしたしっぽが「遊ぼう!」とねだるようにくねくね踊っている。


「またお前か」

 彼は厳めしい顔のまま優しく猫を抱き上げた。「どうしてお前はいつも僕の邪魔をするんだ?」

 猫は詰問に臆する様子はなく、彼の上質な上着に居心地よさそうにすり寄った。

「この子はあなたと私、どちらも独占したいのよ」

 彼の腕の中でご機嫌な猫をくすぐりながら教えてあげた。

「なるほど。こいつは君に似て欲張りなんだな」


 雨は強くなる一方だ。幾重にもカーテンを引くように辺りは白くけぶり、今日も彼とでかけたり庭園を散歩したりするのは難しそう。雨の季節だからしかたない。これなら堂々と部屋の中で彼と二人きりで過ごせる。


 隣り合ってお気に入りの本を読む。

 二人がかりで猫の遊び相手を務める。

 部屋に鍵をかけて抱き合いながら雨音を聴く。

 今日は彼と何をしようかしら。

診断メーカー「3つの単語お題ったー」でピックアップされたキーワードで書きました。

初掲載:https://twitter.com/RainyRhythm27/status/1289910352616931328

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