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短編集  作者: 雨音ルネ
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03. 影/箱/宝石

 この宝石は持ち主を必ず破滅させる。

 高貴な人も、富裕な人も、支配者も、権力者も、人気者も、例外はない。

 王様も王妃様も貴公子も貴婦人も司令官も大富豪も女優も、誰もがみんな悲惨な末路をたどった。


「やはりあの評判はこの美しい宝石に非礼が過ぎる」

 二人乗りの馬車で真向かいに座る同僚が、不快と不服を顔中に浮かべた。

「所有者が痴情のもつれで勝手に死んだだけなのに、愚行と醜聞の責任を押しつけるなんて許しがたい」

 こいつはこれでなかなか美意識が高い。芸術品や財宝を尊び愛する想いは人一倍強い。

「この宝石を相続したからあの高貴な坊やは恋人の夫と決闘沙汰になり、相討ちで恋敵もろとも死ぬという運命をたどった、と市民は考えたくなるのさ。お利口な君と違ってね」

「ばかばかしい」

 私が同僚の生真面目さを茶化すと、やつは忌々しそうな声で嘆いた。

「おかげで我々は他人の人生を愉快な物語として愉しめるし、この宝石は財宝としてより価値が高まる」

 同僚の膝の上に抱えられた使い古された書類鞄に語りかけた。「良いこと尽くめだ」


 破滅はこの宝石の影なのだろうか。

 私たちが影から逃れられないように、この宝石は破滅と分かちがたいのかもしれない。

 影はつねに私たちと共にある。明るい昼間、美しい景色、暗い夜中、醜い現実。いつどこで誰と何をしていようと、私たちと影は表と裏で寄り添い離れ得ない。


 頭のてっぺんから足のつま先、血の一滴まで陽の当たらない社会の裏側に()り、朝も昼も夜も影そのもののように生きる我々でさえも。


「君はあのひともあの坊やと同じ運命をたどると思うかい?」

 この宝石を持ち出すよう我々の組織に依頼した人物を思い浮かべ、私は同僚に問いかけた。

「まさか」

 同僚はうんざりと苦笑いをもらした。「あのひとはうちの腕利きたちをまとめて送り込んでも死にそうにない」


 二人乗りの馬車で、私は真向かいに座る同僚を見た。

 仕事帰りに馬車に乗り込むと、私はいつもその日の同僚の働きぶりを思い返す。


 地下室の最も奥にある場所で、気絶させ床に倒れ伏した警備兵たちが目を覚まさぬうちに、我々は巨大な船の操舵輪(そうだりん)を回すように扉を開けた。扉の外で何事もなかったかのように(とも)るガス燈の灯りが、急かすように背後から我々を照らした。憐れな人の子が地上に降臨した女神に駆け寄るように、我々の足元から金庫の奥へ真っ黒な影がまっすぐに伸びた。

 小さな部屋の突き当りの壁に箱が埋め込まれていた。

 鋼鉄製の金庫だ。


「こんな無粋な箱はあの宝石にふさわしくない」

 このときすでに同僚は腹立たしげでいかにも不機嫌だった。

 いらだたしく感情的な口ぶり。しかしこういうときこそこいつはより冷静に冷徹になり、より速く研ぎ澄まされる。


 壁に埋め込まれた金庫は、四つの円形数字盤(ダイヤル)によって複雑に組み合わされた極めて緻密な施錠を施されていた。御大層なことだ。地獄の門の番犬すら首は三つしかないのに。

 その小さな要塞はまばたき数回ほどの間に陥落した。子供がおもちゃの宝箱を付属品の鍵で開けるように、同僚は巨大な宝石が保管されていた鋼鉄製の金庫を造作もなく開けた。


 同僚は恭しく、しかし手早く手際よく持ち主たちに破滅をもたらしてきた宝石を運搬用の書類鞄に移した。ただちに警備兵の制服をその場に脱ぎ捨てると、我々は書類を各所に運ぶ役所の下っ端役人として地上階に上がり、廊下を歩いて進み、正面玄関から建物を出て、大勢の通行人が行き交う昼日中の表通りを横切り、撤収のために待機させていた馬車に乗り込んだ。


 もっと見たかった。また見たい。何度でも見たい。

 我が同僚の魔術師のような早業、惚れ惚れする腕前、解錠に成功した瞬間の一瞬だけ浮かべる得意げな笑みを。


「そうだね」

 私は同僚に同意した。「あのひとは死にはしないだろう」

 そうとも。破滅が死とは限らない。


 ごきげんよう、世にも麗しき宝石よ。

 我々はあの退屈な箱からあなたを連れ出すべく参上しました。

 あの依頼主にも、どうか至上の愉悦と極上の破滅をお与えください。

 さすればまた、私はこの同僚と共にあなたの影を追いかけ、あなたをお迎えに上がります。

診断メーカー「3つの単語お題ったー」でピックアップされたキーワードで書きました。

初掲載:https://twitter.com/RainyRhythm27/status/1284836465722093569

改行や言い回し程度ですが、ところどころ加筆修正しています。

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