病室にて
気がつけば自分はベットの上にいた。
ここはどこだろう?そう思って起き上がろうとするが体が言うことをきかない。
とりあえず目だけを動かして辺りを見回す。
見たところ、ここは病室らしい。
服は病衣を着ており、腹には包帯が巻かれている。
点滴のような物も近くに吊り下げられていた。
部屋の中はとても地方の村や町とは思えない設備が備わっている。
窓から見える景色も普段目にしないものであった。
そう高層ビルが遥か彼方まで数多く聳え立っているのだ。
摩天楼とでも言うのだろうか?レドスロープ村で暮らす田舎者には縁のない世界。
かつて都会のそんな風景を見たことがある。
だが、それをうまく思い出せない。
一体どれくらい小さかった頃の話だろうか?
つまり、ここは大陸で数えるほどしかない発展都市。
しかも、これだけの高層ビルが立ち並ぶとなれば見当はつく。
政治の中枢であり、大陸の中心たる王都エステリアだ。
なぜ自分がそんな王都の病院にいるのか?
考えて思い出した。
リバサウスでタイガーメディルにやられそうになって、ドラゴンメディルの少女に助けられたのだ。
タイガーメディルが逃げた後で治安維持軍が駆けつけたが、それ以降の記憶はない。
恐らく治安維持軍が自分を王都のこの病院に運んだんだろう。
なぜ王都の病院に運んだのかは定かではないが、医療施設としては最新鋭の設備が整っている。
ゆえに大金を叩いて、王都での治療を望む者は大陸にはいくらでもいる。
それよりも、一体どれだけの時間眠っていたのだろうか?
あれからリバサウスはどうなったのか?それが気になった。
シンがなんとか上半身を起こしてキョロキョロしていると病室の扉が開いた。
そして白衣がいかにもよく似合うといった感じの医者が入ってくる。
医者はシンが起きていることに気付くと笑顔を見せて、シンのベットへと近づいていく。
「おぉ!気がついたかね」
「あの……」
「あぁ、ここは王立大学病院。私は朝霧修一、ちなみに軍事医療機関に所属もしている」
「軍事医療機関?」
「東方の人間はみんな、そういった機関にコネがあってね……君も東方の人間だろ?」
「え?」
「見た目でわかるさ!黒い髪に黒い目」
「……」
「ハーシェルなんて姓を名乗ってるが、シンって名前は東方の名前だろ?漢字で慎」
シンは驚いた。
今まで自分が東方にいたらしい頃の戸籍に記された名前を知る者は誰もいなかった。
自分でさえ、小さかった頃の話なので覚えてさえいない。
だが、彼はシンの正式な名前をどうやら知っているようだ。
一体どうやって調べたのか……破棄されているはずの戸籍を見たとでもいうのだろうか?
「よくご存知ですね」
「まぁ、軍事機関に所属している以上は情報は色々と入ってくる」 「そうですか……あの、どうして俺はここに?」
シンの質問で朝霧という医者はようやく本題に入った。
「あぁ、そうだったね。治安維持軍に保護された君の負傷具合は酷くてね……最新の設備でないと助かりそうになかったのでここに運んだんだ」
「そうなんですか」
「まぁ、それ以外にも理由はあるんだけど」
「他にも?」
「それはそのうちわかるさ。それよりも体の具合はどうだい?5日間意識を戻さなかったから、さすがに心配し始めてたところだったんだよ」
「5日!?」
自分が5日間目を覚まさなかったという話を聞いてシンは焦った。
せいぜい1日くらいかと思っていたが、かなりの時間眠っていたようだ。
村には連絡はつけていないし、リバサウスが崩壊した以上生存を報告しないと心配をかけてしまう。
それだけではない、あの竜の少女は確実に街一つを破壊した罪で公開処刑にされてしまう。
5日も経ってしまったということは、もしかしたらもう処刑されたかもしれない。
「あ、あの!リバサイスはどうなったんですか?あそこにいた竜の女の子は!?」
シンは朝霧に聞いたが、朝霧は困った風は表情になった。
言うか言うまいか迷っている感じだ。
そんな朝霧に変わって現状を教えてくれる存在が現れた。
「そのことなら僕が教えてあげよう」
病室の外から声が聞こえたのでシンと朝霧は扉の方を見る。
すると扉が開き、貴族の青年が従者二人を引き連れて病室に入ってきた。
すらりとした体格に、長く伸びた銀色の髪の毛を後ろで束ねている。
青い目を輝かせ、二枚目なその顔を優雅に見せ付ける。
まさに王子といったところだろうか?
ミーハーな女子だったら一瞬で虜になるかもしれない。
しかし女の子ならまだしも、それを男に見せ付けるのはどうかと思うが……
「トゥーラ殿!おいででしたか」
朝霧は貴族の青年の方を向くと一礼した。
そんな朝霧に貴族の青年は頭を上げるように言う。
そしてシンの方を見た。
「君がリバサウスを荒らした竜と戦ったというシン・ハーシェル君だね?」
「え?あ、いや……その」
「何緊張することはない!差し詰め君は僕のことは知らないだろう?緊張するほどの者でもない」
言って貴族の青年はシンのベットの前までやってくる。
「僕はヴェルダ・メッツ・ド・ラトゥーラ。現在近衛騎士と第1合金装甲師団の指揮権を任されている」
貴族の青年の自己紹介を聞いて、シンは長ったらしい名前だなぁ~と思った。
どうも貴族の方々は自分の領地の名前を名前にくっ付けて名乗りたがるので長ったらしく、覚えにくい。
どう呼んでいいのやら……自分の住んでる土地と関係ない貴族には悩むものだ。
トゥーラって地方が確かあったから、そこの領主か何かなんだろう。
「え、えっと……トゥーラさん」
「あぁ……僕のことはヴェルダでいいよ。あと無理に殿だの様だのは付けなくていい。君とはそういう堅いこと抜きで話たいからね」
「はぁ、そうですか。じゃあ聞くけど、あの竜の女の子は今どこに?」
「あのメディルなら現在厳重な警備の元、王都地下にある収容所の牢屋にぶち込んである」
「収容所に!?」
「あぁ、そうだ」
「まさか……処刑をしたりは」
「あぁ、するよ」
「!」
処刑という言葉でシンは焦りを感じた。
まだ処刑はされていないみたいだが、このままではじきに処刑される。
確かにリバサウスを崩壊されたのは事実だが、それを引き起こしたのは紛れもなく人間なのだ。
しかし、それを竜である彼女が訴えても聞く耳など誰も持たないはずだ。
あの場で事実を知ってるのはラッセルと自分だけ……
しかし、虎であるラッセルがそのような証明するわけがないし、今どこにいるのか定かではない。
つまり、今彼女の罪の軽減を訴えられるのは自分だけなのだ。
「そんな……ちょっと待ってくれ!あの子を処刑するのはまだ」
「もちろん、そのつもりだよ。まだ処刑は執行しない……君が退院するまではね」
「え?それは一体どういう?」
自分が退院するまで処刑はしないという。
まったく持って話が見えてこないが、ヴェルダは笑顔を見せて理由を述べた。
「君を第1合金装甲師団に招待したいと思う。あの凶暴な竜にたった一人で挑んだ君はきっと第1合金装甲師団でも活躍を見せるだろう」
「な……第1合金装甲師団!?」
「僕は第1合金装甲師団の指揮権もあると言っただろ?君のような若い人材はこれからの世界を引っ張っていく力となる!!それに竜に街を破壊され、それに立ち向かった君の経歴は、上層部の心を動かして大きな仕事やそれに似合った役職も任されるだろう。君にとっても好機だと思うが?」
驚きで言葉もでなかった。
何を言い出すかと思えば、王立軍の中でも近衛の次に花形である第1合金装甲師団に自分を推薦しようと言うのだ。
もし、これが一般人なら笑顔で飛びつくだろう。
しかし、シンは違った。
レドスロープで育ったシンにとって、第1合金装甲師団に入ることは裏切りと一緒だ。
第1合金装甲師団は人間の住みやすい世界を築くために凶悪なメディルから無実のメディルまでお構いなく検挙し、討伐する。
人間による人間のための軍隊なのだ。
それに自分を推薦しようというのだ。
シンにとって、それは受け入れがたいものであった。
「ちょ……ちょっと待ってくれ!俺が第1合金装甲師団だって!?なんで第1合金装甲師団に?」
「君はマテリアルを持っているだろう?第1合金装甲師団は適任かと思うが?」
「あ、あれは拾ったやつで、俺のじゃない!」
「そうかな?少なくともカオスブライトマテリアルを起動したんだろ?」
ヴェルダが自分が使ったマテリアルをカオス・ブライト・マテリアルと言ったことでシンは思い出した。
そういえば、ラッセルも同じようなことを言っていた。
そしてマオスブライトマテリアルの存在をレドスロープ出身の自分は知らなくて当然とも言っていた。
一体どういうことだろうか?
「カオスブライトって一体何だよ?」
「君は知らないのかい?」
「トゥーラ殿、彼は人とメディルが身分を気にせず共存している村に住んでいるのです」
「そうか……それは知らなくて当然か」
朝霧の説明でヴェルダは納得して頷く。
そしてシンを見て笑顔を見せた。
「なら……カオスブライトが何であるかは、君の入隊式で教えてあげよう」
「ちょっと待て!俺はまだ入るって一言も!」
「悪いが、これはもう決定事項でね?入隊の際には君に爵位を差し上げようと思う」
「しゃ、爵位!?」
「そうだ、共に橘隊長の下で戦おうではないか!」
何が何やらシンには理解できなかった。
爵位をくれるってことは自分を貴族にするということだろう。
しかし、爵位といっても色々ある。
金で買える爵位もあれば、国や王族に貢献し、信頼を得なければ貰えない爵位。
どちらにしても一庶民が平凡に一生を終える上では縁のない話だ。
「橘隊長って?」
「まぁ、そのことも含めてすべては入隊式で話そう。その時に竜の処刑も行う」
「え?」
「君自身の手で処刑を行い、第1合金装甲師団への意気込みにしてほしい」
「なっ……」
ふざけるな!とシンは心の中で叫んだ。
だが、その叫びは口から発せられることはなかった。
シン自身も第1合金装甲師団への入隊を勝手に決められたことに不満はあるものの、爵位を授かることに少し興味があった。
爵位を貰えば、自分も貴族ということになる。
なり上がりと言われればそれまでだが、それでも少しは発言に権力が発生する。
レドスロープ村の自分が貴族となって発言権を得れば、ひょっとしてメディルと人間の今の関係を変えられるかもしれない。
そう考えれば、この申し出は悪くはないかもしれない。
だが、そのためには竜の女の子を殺さないといけない……
「では、僕はこれで失礼するよ。今度会うときは君の退院の時だ」
ヴェルダは二人の従者を従えて病室から出て行った。
その後ろ姿をシンは複雑な表情で見つめていた。