スキルインストールシステム
マテリアルウェポンへと進化したハンターサーベルを手にシンは竜へと斬りかかるが、竜もシンの方を向いて怒り心頭といった具合に炎を吐いてくる。
これをシンはハンターサーベルを横に一振り、炎を切り裂いた。
そして、そのまま真っ直ぐ竜へと向かうとハンターサーベルで竜の足を切り裂く。
これには竜も悲鳴をあげてよろけた。
直後、シンの頭の中にスキルインストールシステムの扱い方が流れこんでくる。
どうすればスキルインストールシステムを最大限に引き出せるのか、ほんのわずかな間にシンはすべて理解した。
よろけた竜にもう一斬撃くらわすと、シンはハンターサーベルに取り付けたマテリアルに手をかける。
マテリアルをダイヤルのように窪みの中で回すと、今度はマテリアルをスイッチのように押した。
直後、マテルアルが取り付けられたハンターサーベルを中心として体全体に(実際は目には見えない透明な装甲に)電流が走る。
そして電流はすべてシンの右手に収束される。
「ライトニング!!」
シンはハンターサーベルを地面に突き刺すと、そのまま手のひらを開いて右手を勢いよく前へと突き出す。
すると右手から収束されていたエネルギーが解放され、雷撃となって暴れ狂う竜の首に飛んでいく。
電流がチャージされた右手から放たれた雷撃を食らって竜は大爆発を起こして吹き飛んだ。
頭に流れ込んできたスキル「雷」を情報通りにやっただけだが、シンは驚いて自らの手のひらを見る。
その時竜はすでに爆発に見舞われ倒れこんでいた。
竜を圧倒したスキルインストールシステムの強力な力にただただ驚いているシンをラッセルは傍観していた。
まだ竜をおとなしくしただけで完全にとどめを刺したわけではないが、シンは勝ったつもりでいる。
さっさと竜を殺せと思いながらもシンが使用したマテリアルがかなりレアなことに興味が引かれた。
あの珍しい装飾が施されたマテリアルはまさか……
「カオス・ブライト・マテリアルか……まさかあれを扱えるだけの資質があるとは」
ラッセルは口元を歪ませる。
(まったく面白いことになってきやがった……このことをあの女帝が知ったらどうなることか……今すぐにでも人間に戦争を吹っかけかねないな?竜を殺しきっていない今、人間とメディルの完全衝突を起こすのは好ましくない……カオスブライトの存在を今は奴らに知られるわけにはいかない)
そう思ってラッセルは顎髭に手をあてる。
「さて……どうしたものかな?」
ラッセルは考えながらもシンの元へと歩いていく。
問題は山積みだが、それよりも今は竜を殺すことが先決だ。
「やるじゃないか!まさか竜をあっさりノックアウトとはな!」
「何、これは俺の実力じゃない。スキルインストールシステムのおかげだ」
「まぁ、倒したことに変わりはない。ところで、竜にとどめを刺さないのか?」
言ってラッセルは顎で竜の方向を示す。
シンは無言で竜を見た。
近づいていって竜の様子を確認する。
すると竜は力なく動きを止めると、光り輝いて小さくなっていく。
そして人間の少女の姿になった
苦しそうなその表情とほぼ裸同然の状態の破れた衣服というか下着、そして鎮静剤を何発も打たれた痕が残る腕、そして鎖がついた腕輪をしている。
通常魔獣に変身したからといって、人間の姿に戻った時メディルの衣服が乱れていることはない。
これは姿を変える前にすでにこの状態だったことを意味している。
そして鎮静剤を打たれた痕、ようやくシンはここが山の鉄拳の事務所があった市場跡であることに気付いた。
「まさかこの子……メディルハントにあった子?」
山の鉄拳が出荷前に品定めと称して集団レイプしている話はおっちゃんから聞いた。
そんなことされて、なんとか逃れようとして暴れたのか?
竜は滅多に人の前に姿を現さないから話でしか聞いたことがないが、竜に極度の刺激を与えると暴走して自分の意思とは関係なく周囲を破壊するという……
なら、この子も被害者じゃないのか?
「まさか、じゃあこの子は……なんてことを……!ダメだ!この子は殺せない!」
シンの一言にラッセルは怒りを覚えた。
こいつ今何て言った?
「この惨状を生み出した元凶だ……さっさと殺せ!」
「確かにそうかもしれない!俺だってさっきまでは憎かった!でもこの子だって被害者なんだ!!」
シンは振り返ってラッセルに説明しようとした。
しかし、シンの目の前に現れたのは鉄球であった。
「っ!?」
シンは慌ててハンターサーベルでこれを払いのける。
無数の棘がついた鉄球は鎖によって繋がれており、その鎖をラッセルが握り締めていた。
ラッセルはシンに鉄球を投げつけたのだ。まさに重量級の武器であった。
スキルインストールシステムによってパワーが強化されているから払いのけられたものの、もし生身なら確実に鉄球に潰されていただろう。
「ラッセル!何するんだよ!!」
「殺さないというなら私が殺すまで!!元々竜を殺しに来たんだからな!!」
「ラッセル、お前……もしかして虎か?」
シンに虎か?と問われてラッセルは口元を歪ませる。
「よくわかったな?」
「竜と虎は古代大戦が終わってなお殺し合いをやめないって話だからな」
「あぁ……そういうことだ!竜は殺す!例外はなしだ!そして竜をかばい立てするなら人間だろうと同様に殺す!!」
言ってラッセルはその姿を人間から凶暴な虎へと変え、さらに姿をもう1段階変化させて虎の魔獣、タイガーメディルへと変化させる。
鋭く尖った爪が長く伸びて四本の刃となり、それを振り上げるとラッセルは一瞬でシンへと斬りかかった。
(速い!)
咄嗟の判断でシンはハンターサーベルでラッセルの一撃を受け止めたが、ラッセルの力は強力であった。
受け止めるのがやっとで、ただこれ以上自分の元に押し込まれないよう粘るのが精一杯である。
「どうした?カオスブライトの力はこんなものか?」
「ぐ………カオスブライト?何だそれは?」
「お前のそのマテリアルの名前だ……もっとも知らなくて当然か」
「?」
「メディルと仲良く過ごしてマテリアルを使う事もなかったお前にとってはな!!」
シンはラッセルの攻撃を必死で受け止めていたが、視界の端にさきほどの鉄球を確認する。
まさかと思った直後、ラッセルはシンを突き放して距離を取る。
シンが反応する時間もなく、鉄球はシンのわき腹を直撃する。
「ぐはぁ!」
目には見えない透明の装甲のおかげでわき腹をえぐられることはなかったが、恐らくは何本か今ので骨が折れた。
そのままシンは燃え盛る炎の瓦礫へと吹き飛ばされる。
炎の瓦礫から倒れるように出てきたシンにもはや戦う力は残っていなかった。
「お前……なんであの竜を殺すのをやめた?」
「はぁ……はぁ……なんで、だって?」
「この惨状を見ろ!あいつはこの街を完全に破壊した」
「たし……かに……ここ、は崩壊した……でも……この子は、わざと暴れたわけじゃ……ない」
「なぜそう言い切れる?」
「ここ……はメディル、ハントの……アジト……だった施設が……あった」
「山の鉄拳か……確かに、それなら暴れる理由はわかる」
「あの子も……被害者……なんだ」
「それは違うな」
「はぁ……はぁ……なん、でだ?」
「確かに捕らえられて犯された挙句ヤク漬けでエロ親父に売り払われるのは不便だろうよ?同じメディルとして同情するぜ」
「……だったら」
「だがな!!だからと言って街全部を壊していいのか?この街にいたやつ全員がそれに関わっていたのか?」
「……それ、は」
「よーく考えろ?さっきお前の目の前で死んだリーファって子も、あの竜をレイプした輪の中に入ってたのか?」
「……」
「自分に酷いことをしようとする連中を焼くだけならいいだろう。だが関係ない人まで焼き殺す理由にはならない!あの竜は無差別に人間を殺しまくったんだよ!!自分が犯され売られそうになっただけでな!!」
ラッセルは言って鉄球の鎖に手をかける。
もはや意識が遠退き始めたシンはハンターハーベルを手放してしまい、マテリアルの効果も解けてしまう。
目には見えない透明の装甲が霧散して消え、わき腹から大量の血を流して地面に倒れこむ。
「それでも竜を庇うか?リーファの仇を取るって思いは竜が女だっただけで打ち消えてしまうものだったのか?リーファもかわいそうに」
ラッセルは鎖を引き寄せ鉄球を手に取る。
「せめて俺が仇を取ってやろう……竜と、リーファを裏切った人間を殺してな!」
ラッセルは地面に倒れこみ、もはや避ける気力もないシンも向かって鉄球を投げつけようとした。
その時、竜の少女は朦朧とした意識の中で目を見開いた。
視界に飛び込んできたのは燃え滾る炎の中で倒れている人間の少年と、その少年を殺そうとしているタイガーメディル。
少女の中で嫌な光景が蘇えった。
笑いながら、まるで楽しむかのように家族を殺した虎。
その時の虎かどうかはわからないが、それでも虎が、タイガーメディルが今まさに目の前でまた笑いながら誰かを殺そうとしている。
嫌だ……もう見たくない!
もう虎も、誰かが殺されるところも見たくない!!
「やめて……嫌ーーーーー!!!」
少女の叫びでラッセルは驚いた表情となって少女の方を向く。
少女は目を赤くして一瞬にしてその姿を竜に、ドラゴンメディルへと変えラッセルに向かって強力な炎弾を吐き出す。
ラッセルは言葉も発する間もなく炎弾をまともに食らい吹き飛ばされてしまう。
直後、少女は力を使い果たし人間の姿へと戻って意識を失った。
ラッセルも遠くに飛ばされて大火傷を負い、人間の姿に戻る。
不意打ちを食らったため、もはや戦いを継続できる状態ではなかった。
「お、おのれ……ぐはぁ!!こ、ここは……一旦引くか」
ラッセルはなんとか起き上がると満身創痍といった状態で、忌々しく思いながら倒れた竜の少女を睨むが、すぐに踵を返しフラフラとした足取りでリバサウスを後にした。
シンは何が起きたのか理解できなかった。
もはや自分が生きているのか死んでいるのかもわからない。
ただ唯一わかったことは、ラッセルが去った後に武装した多数の兵士達がやってきたこと。
治安維持軍がようやく到着したということだけはわかった。
兵士の1人がシンに声をかけてきたが、そこでシンの意識は途絶えた。