竜の暴走
いつも悪い夢を見る。
悪い夢にうなされて、いつも目覚めは悪い。
それでも、現実よりは数倍ましだった。
せめて夢の中だけは楽しい気持ちになりたいものだが、どうも自分は呪われているように思う。
どうして、こんな辛い思いをしなくてはいけないんだろうか?
私がメディルだからいけないんだろうか?
私が竜だから……
「へへ……ちゃんと押さえとけよ?」
誰かが自分の手足を押さえている感覚がある。
意識がはっきりとした時、何人もの男がニヤニヤしながら自分の体を押さえつけていた。
「っ!?」
「おっと目が覚めたのか?」
「へへへ、災難だな~薬も切れる頃合いだし、こいつ騒ぐぜ?」
「お前わかってねぇな!騒いだほうが燃えるじゃねぇか!」
一体何を言ってるのか理解できない。
怯えながらも見回せば、そこにいた面々は確か隠れ家にしていた洞窟に攻め込んできた連中だ。
慌てて逃げようとするが手足をがっしりと押さえつけられていて、もがくだけで逃げられない。
「おいおい、暴れんじゃねーよ!大人しくしとけっての!これから俺たちと楽しくて気持ちいい事するんだからよ?」
「まったくあの物好きエロ公爵め!処女じゃなくできあがった体じゃなきゃ買わんなんて最高じゃねーか!」
「まったくだ!これからはお得意様にしないとな!ヒヒヒ!」
「さぁ、楽しい調教の時間だ。快楽の虜にしてやるぜ!」
「へへ……あぁ楽しい仕事だ!さっさと始めようぜ!」
「けけけ!そうだな、さぁ仕事のお時間だ!」
ニヤニヤしながら目の前に覆い被さってきた男は自分の服を掴むと力一杯引っ張って破り捨てる。
さらに下着も引きちぎられて男達の前に裸体が晒される。
それを見て周りにいる男達の歓声が沸いた。
「いやーー!!」
「へへ!暴れるんじゃねーよ!これからお楽しみだってのによ!!」
「いや!やめて!離して!!」
なんとかしようともがくが、そのたびに男達は笑い声をあげた。
いやだ……何なの?
なんで私がこんな目に……なんで、なんで……
「やめてー!!!」
感情が高ぶり、憎悪の感情が強まっていくのを感じる……あぁ、駄目だ。
また、暴れてしまう……
また、壊してしまう……
また、あの感情に支配されてしまう……
「うわ!何だ!?」
「お、おい!……こいつ赤い目に!!」
さきほどまで自分にいやらしいものを見る目を向けてきた男達が、今度は自分に怯えきった目を向けてくる。
確かにそうだろう……竜が一度赤い目をすれば、もう誰にも止められない。
自分自身でさえ、抑えることができない……
ただ、憎悪の感情に流されるがまま、破壊の限りを尽くす。
「おい!誰か鎮静剤持って来い!!竜に化ける前に早く!!」
「ほれ!早く打て!」
誰かが鎮静剤を手に取って自分に打とうとしている。
でももう手遅れだろう……
竜の中に流れる憎悪の感情と破壊衝動はもう抑えきれず、体の内に流れる竜の本能が暴れだした。
「早く打て!」
「うるせぇ!!わかってら!!」
「うわぁ!!」
爆風と共に男達は吹き飛んだ。
男達が鎮静剤を打つ前に少女は竜へと姿を変えたのだ。
この騒ぎに山の鉄拳のリーダーも駆けつけたが、時すでに遅く竜が吐き出した炎によって山の鉄拳の事務所は一瞬にして火の海と化した。
ラッセルを追いかけ、シンがたどり着いたそこはいつものリバサウスではなかった。
いつも商人たちで賑わい、活気に満ちている光景はそこにはなく、ただ火の海が街中を包んでいる。
「一体何があったっていうんだよ?」
その変わり果てた姿にシンはただうろたえるだけであった。
ただの火事ならここまで街が崩壊することはない。
爆音を確認して駆けつけて来たのだ。
短時間でここまで街を破壊できるのは普通の火事ではない、何者かによる人為的行為だ。
「一足遅かったようだ……だが、まだやつはいる!」
「やつって一体誰だよ!?」
シンがラッセルに問いかけた直後、近くで人の声が聞こえた。
炎が燃え滾る音にかき消されそうなほど小さい声であったが、確かにそれは聞こえた。
どうやら生存者がいるらしい。
シンは声のする方向へと向かう。
そこは見覚えのある場所であった。
「ここは……」
「シン……?」
「っ!!」
シンは自分の名前を呼ばれて振り返る。
それは聞き覚えのある声だった。
そこはシンがいつもお得意先へと向かう道沿いにある雑貨屋であった。
今日初めて店員と喋ったが、確か名前は……
「リーファ!!」
リーファは火事で崩壊した店の梁の下敷きになっていた。
燃え盛る炎に囲まれながらも、うつ伏せの状態で丁度腰の辺りに巨大な梁が交差する形で上から横たわっており抜け出せない。
逃げようにも逃げられないのだ。
周りを取り囲む炎と巻き上がる煙で意識が遠退きかけている。
「リーファ!待ってろ!今助けるからな!!」
シンは近くに置いてあったバケツを手に取って、中の水を自分にかける。
多分誰かが火を消そうと持ってきたのだろう。
しかし、水がそのままだったのを見ると、消せないと判断し、バケツを置いたまま逃げたのだろうか?
リーファをこんな状態のまま放って置いて?
それを考えると腹立だしくなったが、今はそんなことを考えている場合ではない。
今すぐリーファを助けないと危険だ。
火災によって、崩壊した梁の下敷きになっているのだ。
この先、さらに崩壊が進めば生き埋めになりかねない。
シンがバケツを放り捨てリーファの元へと行こうとした、その時……
「っ!!」
「な……!?」
それはシンにとって心臓が引き裂かれるような思いであった。
助け出そうとした、その時。
シンの目の前で建物は完全に倒壊した。炎を燃え上がらせて……
救いを求めて自分に手を伸ばすリーファを炎に包まれた木の柱が覆い尽くした。
助け出そうとした自分の目の前でリーファは炎の瓦礫の生き埋めとなったのだ。
「お……おい?う………嘘だろ?なんで………なんでだよっ!!!!チクショーーーーー!!!!」
シンをあざ笑うかのように炎が激しく上空へと燃え上がる。
先ほどまでかすかに聞こえていたリーファの声はもう聞こえない。
ただジリジリと、炎が燃え盛る音と建物が崩壊する音だけが聞こえていた。
「くそーーー!!!!!リーファ!!」
シンは泣きながら叫び、そしてその場に力なくしゃがみ込んだ。
涙を流して地面を力一杯殴りつける。
なんでもっと早く駆けつけなかったのだろうか?
あと一歩早ければリーファは!
「グワァァァァァ!!!」
身震いしそうな喚き声が火の海と化したリバサイスに響き渡る。
一体何事かと思い、シンは顔を上げて喚き声のした方を見る。
「な……!?」
そこには血走った赤い目の竜がいた。
所構わず口から炎を吐き出して暴れている。
どうやらリバサウス崩壊の原因はあの竜のようだ。
シンはそれを見て唇をかみ締める。
一気に頭の中が怒りで支配された。
「あいつが……あの竜が……!」
シンはハンターサーベルを鞘から引き抜いた。
ここまで頭が沸騰し怒り心頭になったのは生まれて初めてだ。
シンはハンターサーベル片手に竜へと単身向かっていく。
その様子をラッセルは黙ってみていた。
そしてシンが竜へと向かっていくのを見て口元を歪める。
「どうやら竜への憎しみを理解してくれたようだ……そう、竜は災いの元凶、すべて殺さなければならない」
シンは竜のすぐ近くまでやってきた。
近くで見るとさすがに大きい、人間の体の何倍もの大きさがある。
だが、そんなものは関係ない。
「この野郎!よくも!!」
シンは真正面から竜へと斬りかかるが、あっさりとはじき返されてしまう。
さすがに竜の巨体にハンターサーベル一本で立ち向かうのは無謀に一言に尽きる。
せめて攻城戦用の巨大ボウガンでも欲しい所だが、あいにくここは商業の町。
そんな物はない。
武器ばかりを取り扱う市場なら状況は違っただろうが、リバサウスは残念ながらそういった分野の規模は小さい。
ない物をねだっても仕方がない。
シンは体勢を立て直すと素早く竜の背後に回る。
竜の視界から自分の姿を消すと飛躍して竜の背中に飛び乗る。
「どこを突いてもはじかれるなら、狙うは首だ!」
しかし、背中に乗られたことで竜はさらに怒り狂って激しく暴れだす。
「うわっ!こいつ!」
シンはあっけなく振り落とされてしまった。
さらに振り落とされた衝撃でハンターサーベルを落としてしまう。
体勢を崩しながらも受身を取って地面に落ちたシンはハンターサーベルが落ちた方を見る。
そして竜の動きも確認する。
どうやらまだこちらを向いていない。
シンは素早く起き上がると勢いよくハンターサーベルへと飛び込む。
そしてそのままハンターサーベルを掴んで上体を起こす。
その時、足元に何かがぶつかった。
シンは足元を見る、そこには四角い板のような物があった。
「これは……マテリアル?」
マテリアルとは、王都で開発された究極の超合金である。
エスティールを侵攻した際、人類は圧倒的な科学力によってメディルを支配した。
しかし、軍人ではない一般の人間にとって魔獣であるメディルを黙らせるだけの軍事力は持っていない。
そこで開発されたのがマテリアルである。
マテリアルにはメディルに攻撃されても耐えられるだけの防御力を持った特殊な目には見えない装甲が収縮されている。
これを自らが好んで使う武器や道具に装着することで、その人の体に見た目にはわからないが透明な装甲が纏わりつき、さらに装着した武器や道具自体も対メディル用に強化された武器、マテリアルウェポンに進化させることができる。
こうして軍隊が駐留していない地域やまとまった数の自警団を用意できない地域でもメディルによる反乱を押さえることが可能となったのだ。
このマテリアルに納められている力は千差万別で、マテリアルウェポンに進化させた後で特殊な効果も発揮する事からスキルインストーラーとも呼ばれ、マテリアルを使う事をスキルインストールシステムとも呼んでいる。
そしてインストールされるスキルは統一規格というわけではなく、個人差でステータスが大きく変わるらしい。
らしいというのは、実物を見るのがシンにとってこれが初めてだったからである。
マテリアルはメディルと争うための道具であるため、メディルとは親密な関係を保っているレドスロープ村では当然見かけないものだ。
「誰のかは知らないが……今はこいつを使う以外道はなさそうだ」
メディルと争い、制圧するための道具に手を出すことに一瞬躊躇するが、シンはすぐにマテリアルを拾い上げる。
そして左手にマテリアルを握り締め、そのまま右手に握ったハンターサベルの柄と刃の付け根あたりに勢いよく重ね合わせる。
すると不思議とまるでハンターサーベルがマテリアルが来るのを待ちわびていたかのように、マテルアルをはめ込むことができる窪みを生み出す。
マテリアルが窪みにはまり込むとハンターサーベルに電流が走る。
すると、握っている柄から見えない何かが自分の体を覆っていくのがわかった。
やがて全身をその見えない装甲が包み込み、ハンターサーベルも対メディル用に変形する。
「これがをスキルインストールシステム……すごい、見えないけど一様は体中を装甲が覆っているというのに、まるで羽のように体が軽い。そしてハンターサーベルもより強力になっている!これなら……いける!!」
マテリアルによってマテリアルウェポンへと進化したハンターサーベルを構えてシンは竜を睨み付ける。
そして一気に竜へと斬りかかっていった。