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人間とメディル

 取引先の店はリバサウスの中心に位置する市場の中にある。

 市場の中央には巨大な建物があり、その周りを取り囲むようにそれぞれの店が連なっている。

 その一軒の前にシンはリアカーを止めた。


 「おっちゃん!いいの持ってきたぜ!」


 シンはリアカーからガルフ3匹を取り出すと2匹の傷を隠すような形で店長に見せた。

 店長は店から出てくると早速品定めに入る。

 シンは傷を隠すように店長に渡したが、当然すぐに傷はバレてしまう。


 「おいおいシン坊!3匹中2匹が傷物じゃねーか!」

 「ありゃ~さっそくバレたか…」

 「お前舐めてんのか?この俺を誰だと思ってる?泣く子も黙るラフェテリアの店長だぞ!」

 「知ってるよ。その台詞も何回も聞いた」

 「なら、もう少し綺麗な形で渡してくれ!まぁ傷一つだけってのは相変わらず上玉だがな」

 「他の連中はどれくらい傷つけてるんだ?」

 「数えきれねぇーよ!10なんてざらじゃねー!一体どんな狩りをしてるんだが……」

 「だったら俺の腕も対したものだろ?実際1匹は無傷だしよ」

 「馬鹿やろう!!無傷で持ってきて当然なんだよ!!」

 「わかってるよおっちゃん……とにかく無傷1匹傷もの2匹だ」


 シンの言葉で店長もようやく鑑定を始める商人の顔となり、再びガルフを入念に確かめだす。


 「まぁ、品自体は悪くねぇな……この2匹も傷さえなければ表彰状もんだ」

 「だろ?結構な値つくんじゃね?」

 「無傷は8000、傷2匹は1000の合計9000エースってところだ」

 「えぇー?傷一つだぜ?毛皮はちょっと価値半減かもしれないけど、その他は普通に問題ないはずだろ?」

 「馬鹿やろう!毛皮がほとんどの価値を占めてるんだ!それに傷物に1000なんて普通はつかねぇーぞ!」


 エースとはエスティール大陸での通貨単位の名称だ。

 エースの下の更に細かい通貨としてミニという通貨もあるが、これは新通貨コインと旧通貨コインによって価値が若干変わるので貿易商人の間ではあまりうけがよくない。

 なので値切ったり値上げしたりして貿易商は大体エースで収まりきる値段で統一する。


 傷物ガルフの相場は大体500エース78ミニといったところなのだが、シンのようにお得意先を持ち、仲が良好ならこのような高価格での買い取りもありうるのだ。


 「とにかくこれ以上は無理だ!下げろってんならいくらでも下げるがな」

 「誰が好き好んで下げろっていうんだよ?」

 「税金徴収を気にする連中さ。役人に財産取り上げられるのが悔しくて調整を頼んでくる時がある」

 「ふーん……まぁ税金を払う義務のない村人にとっては関係ない話だな」

 「け!田舎もんはうらやましいぜ!ほれ!金だ!」


 店長は懐から1000エース紙幣を9枚取り出しシンに手渡した。

 シンは金を受け取るとちゃんと9000エースあるか確認し、財布の中に収める。

 用事も済んだし挨拶して帰ろうかと思った時だった。

 騒がしい一団が市場の中にやってきた。


 「どけどけ!山の鉄拳のご帰還だ!道を開けろぉい!」


 突如市場にやってきた一団は商人や店先の商品を見ている客を威嚇し道を開けさせると、市場中央の巨大な建物へと向かう。


 「あ~あ、嫌な連中が帰ってきやがったな」

 「あいつら誰だ?」

 「知らねぇのかシン坊?」

 「あぁ、初めて見る。あの中央の建物の所有者か?」

 「まぁ、そんな所だな。やつらは山の鉄拳っていう密売集団だ。あの建物はあいつらの事務所みたいなもんさ」

 「何を密売してるんだ?」

 「メディルだよ」

 「え?」

 「メディルハントをしてるのさ連中は……女のメディルを捕まえては奴隷としてお貴族様やスケベな金持ちに高値で売る。品定めと称して捕まえたメディルをあの建物の中で出荷前に輪姦するって話も聞いたぜ」

 「な……なんてことを!ふざけやがって!!」

 「あぁ……酷いことするぜ、まったくよ!いつか人間の女も襲わねぇかって皆心配してるんだぜ?」

 「今でも充分イカレてるだろ!!」


 シンは拳に力をこめて、山の鉄拳の集団を睨みつける。

 そのただならぬ雰囲気にしばし驚いていた店長はようやくレドスロープ村がどのような村であったかを思い出した。


 「お、おい!落ち着けシン坊!確かにレドスロープの住人であるお前からすれば許しがたいことだとは思うが、あいつらが密売してるのを黙認しなきゃならねぇ理由も知ってるよな?」


 その言葉でシンもようやく山の鉄拳を睨むのをやめる。

 しかし完全に怒りが収まったわけではない。


 「確かに山の鉄拳のやってることは最低だが、そのおかげで貴族からの無関税特権ってのがここに下りてるのも事実なんだ」

 「ふざけやがって!」

 「シン坊の気持ちはよくわかるが、ここは堪えてくれ」


 シンは唇をかみ締めた、ただここで指を銜えて見ていることしかできないなんて……

 山の鉄拳の集団を見ていると怒りが噴出しそうだったのでシンはこの場を離れることにした。

 ガルフがなくなって軽くなったリアカーの取っ手を持って店長に挨拶する。


 「じゃあ、俺はこれで……」

 「あ、あぁ……また上玉を頼むぜシン坊!」


 店長の言葉を背にシンは重い足取りでレドスロープ村への帰路につくのだった。



 山の鉄拳、事務所内。

 鍛え抜かれた鋼の筋肉を見せ付けるように上半身裸で歩いている山の鉄拳リーダーを先頭とし、チンピラのような連中が続々と事務所の中へと入っていく。

 そのチンピラに一人のメディルの少女が抱えられていた。


 そのメディルの少女は長い栗色の髪をしており、今は気を失っている。

 両手両足は縛られており、メディルがその凶暴な獣の姿に戻らないよう薬も打たれていた。


 チンピラは少女を鉄格子の部屋の中に放り込むと扉を閉めて鍵をかけた。

 そして鉄格子越しに少女の体をいやらしい目でなめまわす。


 「へへへ……まったく今度の獲物は上物だぜ!」

 「あぁ……まったくだな!竜のメディルなんてレア物すげぇ額で売れるぜ!!」

 「それだけじゃねぇぞ兄弟……あの胸」

 「あぁ、美味そうだ…まったく出荷前の品定めが楽しみだぜ!!」

 「まったくだ!!今からでもムラムラして来やがったぜ!」

 「気がはえーな!けけけけけ!」


 少女を見て性欲を丸出しにするチンピラとは違って筋肉を見せ付けるリーダーはすぐさま仕事に取り掛かる。


 「早く品定めがしたければ、買取先を早く見つけることだな!まずは仕事をしろ!!」

 「へへ……わかってますってばリーダー!最近奥様とのマンネリに悩まされているブルフライ公爵なんかどうですかな?」

 「そう思うなら営業にでも行って来い!!仕事もせずに美味しい蜜にありつけると思うな!!」

 「へ、へい!すみません!!」


 チンピラ二人は頭をボリボリかきながらすぐさま部屋を後にした。



 リバサウスから少し離れた街道をシンは歩いていた。

 今回の収入はかなりのものだ、しばらくはお金には困らないだろう。

 しかし、シンの表情は穏やかではなかった。


 「メディルハントだって?ふざけやがって!!」


 先ほどからずっと同じことを繰り返し呟いている。

 レドスロープ村は大陸でも数えるほどしかない人間とメディルが差別や偏見、身分を気にせず手を取り合って生活している村なのだ。


 そんな村の住人であるシンにとって山の鉄拳の行っていることは許されることではない。

 本当なら、あの場で山の鉄拳全員を殴り倒して捕らえられたメディルを助けたかった。

 しかし、そうすれば当然ややこしいことになっていただろう。

 もしかしたらリバサウスの住人全員を敵に回していたかもしれない。


 結局は保身に回ってしまった、そんな自分が腹立たしい。


 「くそ!」


 シンは足元にあった石ころを蹴った。

 すると蹴った先に一人の男が立っていた。

 その男はただ無言でこちらを見ている。


 歳は30後半といったところだろうか?

 ハゲた頭に太い眉毛、細い目に頭とは正反対にふさふさした髭、風格のある体型にボロボロのマントを羽織っている。

 そして人間とは少し違ったオーラを放っていた。


 そう彼は人間ではない、メディルだ。


 「どうしたのかね?機嫌が悪いようだが?」

 「いえ……何でもありません」

 「そうかな?何か気にいらない事でもあるようだが」

 「本当に何でもないですから……それよりあなたこそどうしたのですか?」

 「ん?私がどうした?」

 「メディルは確かあの街には入れなかったはずですが?」


 言われたメディルの男はシンを見ると大声を上げて笑い出した。

 そしてそのままシンの近くまで歩いてくる。


 「確かにメディルはあの町には入れないな?商売の街へメディルが入るのを人間は極端に嫌がる」

 「でも例外はあります」

 「あぁ……確か付き添いの下僕としてなら、だったか?」

 「俺は人だろうとメディルだろうと関係ないとは思うけどさ……」

 「ほう?人間からそのような言葉が聞けるとは思わなかったな」

 「俺はレドスロープの人間ですから」

 「あぁ……あそこは人間とメディルが身分を気にせず暮らしている所だったな」


 言ってメディルの男はリバサウスの方を見つめる。

 そしてリバサウス方面を見つけながら再びシンに話しかけた。


 「私はラッセル……実はリバサウスに私が探しているメディルが運ばれた可能性がある」

 「運ばれた?」


 シンはラッセルと名乗ったメディルの顔を見上げた。

 その視線はリバサウスを睨みつけている。


 「どういうことです?」

 「私はそいつを見つけ出し消さねばならん……それが私と同胞たちの使命だ」

 「消すって……まさかあんた」


 シンが言いかけたその時、リバサウス方面で爆発音が聞こえた。


 「な、なんだ!?」


 シンは慌てて振り返りリバサウス方面を見る。

 するとリバサウスの街が炎に包まれていた。

 突然のことにシンは言葉を失ってしまう。


 「……暴れだしたか」

 「な、何が起こってるんだ?」

 「ち、手遅れだったか!!」


 ラッセルはそう言うとリバサウスへと駆け出していく。

 その様子を見てシンもようやく呪縛が解けた。


 リアカーを引きずっていたのでは遅い、リアカーをその場に置いてシンもラッセルの後を追ってリバサウスへと走り出した。

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