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狩人

 荒々しい切り立った岩山の上に一つの遺跡があった。

 その遺跡は石造りの石柱が無数に立ち並び、支えるはずの屋根を失った吹きさらしの神殿のようであった。


 その神殿の中央に巨大な魔方陣が浮かび上がっている。

 魔方陣の周りには取り囲むように黒いローブを着た者が何人も並んでいた。


 彼らは両手を合わせて目を閉じ、呟くように何事かをひたすら唱えている。

 その言葉に反応するかのように魔方陣の中心付近では黒い雷のようなものが発生し、序々に大きくなっていくのであった。


 その光景を一人の男が神殿の祭壇であっただろう台の上に立ち見守っていた。

 魔方陣の周りで何事かを唱えている者達とは違い、紫のローブを着ており、手には黄金の腕輪や指輪、その他体中に豪勢な装飾品を着けている。


 男はどうやら黒いローブの者達とは身分が違う、支配階級の者のようだ。

 男は大きくなっていく黒い雷を見つめ、口元を歪ませる。


 「もうすぐ……もうすぐだ」


 男は天を見上げた。

 そこには吹きさらしとなった神殿から見える曇り空があった。

 その曇り空を見上げて男は拳に力を込める。


 「この曇り空が明日にも晴れ渡るように、もうすぐ我らの苦痛も晴れる……それはもうすぐだ!」


 そう言って男は邪悪な笑みを浮かべた。

 それに応えるかのように黒い雷はより一層大きくなるのであった。



 地平線の向こうまで広がる草原、その広大な大地に一人の男が仰向けになって寝転がっていた。

 外見は16から17歳くらい、寝転がり大きく両手を広げたその右手には鞘に収めてはいるものの動物を狩るための「ハンターサーベル」がしっかりと握られている。


 少年の名はシン・ハーシェル。

 この草原を少し渡り歩いた所に位置するレドスロープ村の狩人だ。


 狩人は村の周辺を徘徊する村人を襲う危険性のある肉食獣を主に狩る職業で、レドスロープ村では15歳になれば男女問わず適正検査を受ける。

 これといって特産物もないレドスロープ村では狩りができない者は農作業に就き、狩りができる者は村の警護のために狩人となり生計を立てる。


 狩人が狩った獲物の肉は村の食料に、毛皮や骨などは街に交易品として売りに出される。

 狩人は村を害獣から守っているだけでなく、食料の調達や資金獲得も行っているのだ。


 そんな狩人を発掘するため、レドスロープ村では上記で述べた通り15歳になれば男女問わず適正検査を受けるわけだが、適正検査を通過すれば狩人見習いとして3年間熟練の達人の指導の下、村の安全を守るためにペアで肉食獣を狩る。


 しかしシンのような若さで普通は単独行動を取らない。

 そう普通ではない……彼は特別であった。


 シンは適正検査を通過して半月で熟練の達人をも凌ぐ腕前を見せた。

 元々10歳の頃、村で保護された当時から異常なくらいの運動神経を持ってはいたが、これには周囲も驚きを隠せなかった。

 そんな理由もあって狩りの要領を覚えてからは1年と経たないうちに異例の単独行動での狩りを行なっているのだ。


 そんな彼は今、地面に寝転がって目を瞑っている。

 寝ているわけではない、目を閉じ視覚を消すことで聴覚を研ぎ澄まし、大地の鼓動を感じて獲物が来るのを感じ取っているのだ。

 風が頬を打って通り過ぎていく中、それは伝わってきた。


 「来た」


 その感覚は確実なものであった。

 すぐそこに狼の姿をした肉食獣ガルフが迫っていたのだ。


 シンは両足を真上に上げてそのまま地面へと落とし、その反動で体を起こす。

 しゃがみこんだ体勢で周りを見渡し、足のつま先に力を入れてその場から斜め上に飛躍する。

 その直後、さっきまで彼がいた場所に三方向からガルフが牙をむいて飛びかかってきた。


 ガルフは今さっきまでそこにいた者の姿を探すことわずか0.5秒……すぐさましゃがみ込む姿勢を取る。

 そして前足を力強く真正面に上げ、後ろ足で力強く地面を蹴る。


 ガルフは上空にいる標的に向かって飛躍するが、その時にはガルフの意識はすでになかった。


 シンが飛躍後の状態転換からくる落下の衝撃をすべてガルフの頭上に打ちつけたからだ。

 シンの着地と同時に1匹のガルフは勢いよく地面に叩きつけられる。

 それを見た残りの2匹は怒りの雄叫びと共にシンへと襲い掛かるが、シンのほうが一歩早くガルフへと駆け出していた。


 ガルフは迫ってくる剣を目では追っているものの、かわす暇もなく斬りつけられる。

 シンがハンターサーベルを鞘に収めた時にはすでにガルフは地面に倒れ息絶えていた。


 「今日は無傷で確保……というわけにはいかなかったか」


 シンは今倒した2匹のガルフを見る。

 2匹とも首の付け根に深い傷があり、そこから大量の血が流れ出していた。


 見るからに残酷ではあるが、狩人からすればごく自然な光景である。

 適性検査に合格しても刃物が怖かったり、血や死体の解体を見ると吐き気がするようであれば狩人にはなれない。

 狩人は命の奪い合いをして、命を摂取し自らを保持することを最も感じ取ることができる職業でもあった。

 しかし、いくら血に慣れてるとはいってもこればかりは落胆を隠せない。


 「またやっちまったな……」


 ガルフの肉は食用には使えないため、ガルフは村の食料にはなりえない。

 なのでガルフはそのまま交易品とするのだ。

 よってガルフは血抜き作業の為の傷を除けば、無傷で仕留めることによって価値が上がる。


 シンのお得意先も無傷のガルフ以外に関しては例え損傷箇所が少なくても傷つけて仕留めたというだけで売却値段が大幅に減少する。

 こればかりは流石に狩りに慣れるだけではできない。他の一流の狩人になれば無傷で何十匹と一度に仕留めるという。


 それらと比べる気はなかったが、3匹同時に相手にしたぐらいで斬らなければ勝てないレベルではまだまだなのは明白であった。


 (まぁ、ひとり立ちしたのが早すぎたんだ……気にしても仕方ない)


 シンは仕留めた3匹の血抜き作業をした後、それらの後ろ足をロープで結び、茂みに隠してあったリアカーに運び込む。

 わかってはいるものの自分の実力のなさにため息をつく、ガルフを運び込む動作はどことなく遅い。


 (はぁ……気にする事ないさ、一様は金になるんだし)


 シンは自分に言い聞かせ、ガルフ三匹の死体を乗せたリアカー押してその場を後にした。



 シンが今から目指す場所は交易の街ヴィーラ。大陸西部の中継貿易都市である。

 実際にはシンはそのヴィーラ郊外の街リバサウスに行くのだが、リバサウスで取引された商品がヴィーラに届けられ商品となることからリバサウスをヴィーラの一部と考える者も少なくない。

 むしろ、ヴィーラに届く前に安値で買い占められる穴場と見る商人もいるぐらいだ。


 ヴィーラでは大陸西部の名産品が各地の人たちによって運ばれてき、中央からやってきた商人に売り払われる。

 各地の名産品を買い取った商人はそれを中央(主に王都)へと持ち帰り、各都市のバザーにかけられる仕組みだ。


 レドスロープ村には有名な名産品はないが、狩人たちが持ってくる動物が主な品となっていた。

 中でもガルフは毛皮は暖かく、防寒服の材料として最適であり、レドスロープ村の村人はガルフの肉を食べないが消毒、殺菌や加工などの処置を行う施設が充実している王都ではガルフ肉も高級食材として、有名料亭や王宮で使用されていた。


 ガルフの牙は盗賊や格闘家の間では強力なダガーやナックルに加工できることで有名で、まさに1匹捕まえただけでも充分な収入は入ってくるのだ。

 それ故に、傷ひとつで価値が半減する(主に毛皮を買う商人の話だが)のがおしかった。


 「やれやれ……一体どれだけ値が下がることやら」


 シンが肩を落としてリアカーを引いているのを遠くから見守っている少女がいた。

 肩まで伸びた黒い髪をいじりながら、彼女はじっとシンの様子を観察している。


 「どうしたのかな?リーファ」

 「っ……!!」


 リーファと呼ばれたその少女は驚いて思わず持っていた花壇を落としてしまう。

 花瓶は割れてしまい、リーファは慌てて地面に散らばった花瓶の破片を拾い集める。


 「わ!ごめんリーファ、まさかそこまで驚くとは」

 「も、もう……何なんですか?一体」

 「ごめんごめん、リーファが珍しくボケーっと誰かを見てるからついね?」


 笑いながら謝って、一緒に散らばった破片を拾い集めているのはリーファが働いている店の店長だ。

夫が他界して以来一人で店を切り盛りしている彼女とリーファが出会ったのは一年前、孤児院から店長がリーファを引き取ったのだ。

 それ以来リーファはこの店で看板娘として働いている。


 「どうしたの?気になる子でもいるの?」

 「え!?」


 顔が真っ赤になったリーファを見て店長はニヤリと笑った。

 リーファが見ていた方を見回す。


 「誰なのかしら?その彼は?」

 「ち、違います!そんなんじゃありません!そんなんじゃ……」

 「もう照れちゃって!隠さなくてもいいのに」

 「だから違いますって!!」


 (そう、そんなんじゃなくて、どこか懐かしい感じがするだけ……どこか懐かしい)


 そんな風に思っているとリーファの目の前でリアカーが止まった。


 「え?」


 驚いてリーファは顔を上げる。

 すると、そこにはシンが立っていた。


 「あの……大丈夫ですか?」


 今まさに話題になっていた人物の登場にリーファは言葉を失う。

 そのリーファの様子に店長は目を光らせた。


 「あー平気平気!この娘ちょっとドジッ娘でさ~よく割るのよね~困ったものよ!」

 「はぁ……それは困りましたね」

 「本当よね~ところで君狩人?」


 驚きで言葉が発せられないリーファを尻目に店長はここぞとリーファが気になる男の情報を引き出そうとしていく。


 「えぇ、まぁ……これからガルフを売りに行くところでして」

 「あら~そうなの?もしかしてレドスロープの狩人さん?」

 「そうですけど」

 「やっぱり!その服装はレドスロープ独自の服装だもんね!」

 「田舎くさいってことですか?」

 「まさか~でも狩人って普通若い子には大人が付き添ってるんじゃないの?」

 「あぁ、俺の場合特例なんですよ」

 「ふ~ん、特例ねぇ……ところで君名前は?実はうちのドジっ娘が君のこと気になってるみたいで」

 「ちょ、ちょっと!!」

 「まぁまぁいいじゃないの!」


 リーファはあたふたとしているが構わず店長は笑いながら話を続けた。

 どうやらこういう話にクビを突っ込むのが好きらしい。


 「俺はシン。シン・ハーシェルっていいます」

 「そうなの~いい名前ね~この娘はリーファって……あらやだごめん~ちゃんと自分で言わないとね~」


 もはやこういう色恋沙汰に絡むのが嬉しくて堪らない店長はおかしなテンションになっていた。

 しかし、そんな店長とは裏腹にシンとリーファの二人は驚いた表情となった。

 お互いがその名前に聞き覚えがったのだ。


 「リーファ……?」

 「シン……?」

 「ん?どうしたのお二人さん?」


 リーファは何か思い出そうとしていた。

 シンという名前、どこかで聞き覚えがあるし、それに懐かしい感じがする。

 確実に以前どこかで会っている……しかし何か思い出せそうで思い出せない。


 「あの……以前どこかで?」

 「昔のことはあまり思い出したくない、というか思い出せなかったりします」

 「え?」

 「もし、昔どこかで会ったことがあると思っているなら……人違いだと思います」

 「そう……ですか。そうですよね、ごめんなさい。変なこと聞いちゃって」

 「いえ、別に」


 言ってリーファは無言で肩を落とした。


 (そうか……そうだよね。もし以前会ったことがある人なら、孤児院より以前の記憶を取り戻せると思ったのに……)


 リーファはしゃがみ込むと飛び散った破片の回収を始める。

 それを見てシンも破片を拾い集めるのを手伝った。


 破片を掃除し終えたのを見て、シンは自分のお得意先の元へと向かうことにした。

 しかし、心の中でさきほどのリーファの言葉が引っかかっていた。


 「リーファ……か」


 どこかで聞いたことのある名前、そしてリーファの言った言葉。

 昔のことは思い出せないし、思い出そうとすれば嫌なことも思い出す……

 だから振り返らずに前だけ向こうって決めた。


 今更昔を知ってるかもしれない人に出会ったからって立ち止まるわけにはいかない。

 今は狩人としての自分がいる……それだけで充分じゃないか!


 シンは両手で頬を強く叩くと気合を入れた。

 今は仕事をこなすだけだ。


 シンは再びリアカーを引いて取引先の店を目指す。

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