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暗い近未来人の日記  作者: 立川みどり
安藤さん事件
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安藤さん事件・その2

二〇九二年十一月十三日


 きょう、通りを歩いていたら、いきなり街頭アンケートに声をかけられた。べつにめずらしくもないんだけど、例の健康ドリンクについてのアンケートだ。

 なんだかいやな感じがした。まさかと思うけど、わたしのあとをつけてきて、わたしを狙って声をかけてきたんじゃないかと思ったんだ。考えすぎかもしれないけど。

「急いでますので!」

 どなりつけるように言うと、横目でにらんで、小走りに手近なデパートに駆けこんだ。

 あれがもしも犯人の一味だったとしても、あの態度でべつにまずくはなかったと思う。街頭アンケートやキャッチセールスに出くわしたら、わたしはいつもああいう態度をとっているから。

 デパートの中に入って入り口をふり向くと、街頭アンケートは追いかけてこなかった。

 ま、街頭アンケートがデパートのなかまで追いかけてきたら、思いっきりあやしいわな。それこそ、悪質なキャッチセールスとまちがえたふりして、騒ぎたてればいい。デパートの警備員が駆けつけてきて、助けてくれるだろう。

 反対側の入り口から出ようかと思ったけど、デパートのなかでしばらく時間をつぶしたほうがいいと思って、地下食料品売場に降りた。

 で、ゲッと思った。例のドリンク剤の試飲をやっていて、デモンストレーターのおばさんがそれの入った小さな容器を通りすがりの人に差し出してるんだもの。

 何も知らずに飲んでいる人たちを見ると、思いっきり叫びたい。「それには発ガン物質が入ってるんだよ」って。

 そう思ったとたん、飲みかけていた若い女性が、「えっ」と小さな声を上げて、容器を落とした。

 おばさんがけわしい顔になって、女性があやまった。どこかで会った人のような気がする。しばらく考えて、以前に変な会社の面接にいったとき、帰りがけに出会った人と感じが似ていると思った。

 とはいっても、ちょっと話しただけだし、わたしは人の顔を覚えるのは苦手だから、同じ人だと確信があったわけじゃない。あの人の顔、ちゃんと覚えてなかったし。

 ただ、ちょっと似ているように感じただけだったのだが、その人はこちらをふり向いて言った。

「ひょっとして、D社の面接会場でお会いしませんでした?」

「あっ、あのとき帰りがけに会った方? 奇遇ですね」

 驚いた。やっぱりあのときの人だったんだ。

 その人は、なにか聞きたそうな、だけど、ためらっているって表情になった。

 まるで、さっきのわたしの心の叫びが聞こえたみたい。それとも、わたしがよっぽどけわしい表情をしていたのか。

 偶然に二度会っただけの人だけど、いちおう顔見知りになると、あのドリンク剤のことを教えてあげたいと思った。

 でも、どう言えばいいんだろう? あのドリンク剤はかぎりなくあやしいんだけど、安藤さんの死と結びつける決定的な確証はない。わたしの思い込みという可能性だってありうる。

 と、その人はわたしの背後の一点を見つめて、驚いた顔をした。

 反射的にふり向こうとすると、頭のなかで 『ふり向いちゃだめ』と、声が聞こえたような気がした。

 居眠りしているわけでもないのに、幻聴が聞こえるなんて。

 そう思ってちょっと混乱していると、彼女が小声で「尾行されてるみたい」とささやいた。

 気がつかなかった。あの街頭アンケートが追いかけてきたんだろうか?

「オリーブ色のトレーナーの若い男だけど」

 それなら、あの街頭アンケートではない。街頭アンケートは関係なくて、そのオリーブ色のトレーナーの男がずっと尾行してきていたんだろうか? でなきゃ、ふたりはグルって可能性もある。

「ありがとう」

 彼女にお礼を言って、その場を立ち去った。男が追いかけて来にくい売場にいって、さりげなくまくつもりだった。ちょうどいいタイミングでエレベーターに乗れればいいと思って、エレベーター乗り場にいったけど、待っているあいだに、そいつもそばに来てしまった。

 恐かったけど、気づいていないふりをしたほうがいいと思って、そのままエレベーターに乗ったら、そいつも乗り込んできた。

 そういう場合のことは考えてあった。三階にランジェリー売場があるから、そこにいくことにしたんだ。

 運よくランジェリー売場がバーゲンをやっていて、わたしといっしょに降りた女性たちの何人かが、そこに流れた。

 ランジェリー売場はコーナーになっていて、他の売場と区切られている。中に入って、さりげなく入り口をふり向くと、男は中に入れずにうろうろしていた。

 わたしの視線につられたのか、そばにいた女性がふと顔を上げて男に気づき、連れらしい別の女性にささやいた。

「ねえ、あの人、ちょっと変じゃない?」

 連れの女性も顔を上げた。

「だれか待ってるんじゃないの?」

「でも、あの人、さっきのエレベーターからいっしょだったよ。連れがいるって感じじゃなかったと思うけど?」

 観察眼の鋭い人だなと感心した。わたしだったら気がつかないよ、きっと。

 彼女たちの会話を耳にしたのか、何人かがばらばらと男を見た。

 店員さんがきびきびした足取りで男に近づいていくと、男はこそこそ逃げていった。

 すぐには出ないほうがいいと思って、しばらくバーゲン品を物色して、買物をしてから売場の外に出た。いつもはデパートで下着とか買わないんだけど、ワゴンセールのとかはいつも買っているスーパーのと同じぐらいの値段になってたしね。

 で、ランジェリー売場から出て周囲をみまわしたら、三十分ぐらいは経ったと思ったのに、少し離れたスカーフ売場にその男がいて、店員となにか話している。反対方向に足早に歩いてふり向くと、人ごみの間から、そいつがこちらにくるのが見えた。

 手近にトイレのマークが見えたので、とっさにそちらに向かって、トイレに入った。女性用のトイレまで追ってはこれないと思ったのだ。

 でも、入ってから、まずかったかもと思った。デパートのトイレにしてはめずらしく、個室が二つほどふさがったきりで、すいていたからだ。

 とりあえず個室に入ってカギをかけたけど、これじゃ逃げ場がない。どうしたものかと悩みながら二十分ほど個室にいて、結局、だれかが出ていくときにいっしょに出ようという結論に達した。

 ときおり足音や個室のドアを開閉する音が聞こえるから、出入りしている人はいるみたいだ。

 ついでに用を足し、どこかのドアが開いたのにつづいてドアを開けた。

 と、トイレじゅうに悲鳴が響いた。さっきの男がトイレに入りこんで、先にドアを開けた人とはちあわせをしたのだ。

 女性用トイレで個室から出たとき、目の前に男が立っていれば、そりゃあ、びっくりするだろう。

 わたしはとっさに個室に備えつけの非常用ボタンを押した。

 男が逃げ出そうとしたとき、ちょうど掃除係のおばさんが入ってきた。どう見ても六十代以上になっていそうな年配の人だったけど、「痴漢」という叫びを聞いて、勇敢にもモップで男になぐりかかった。

 まるでロールプレイング・ゲームのアクション・シーンのように、モップの一撃は男の頭上にみごとに決まった。

 なんてかっこいいおばさんなんだ。

 男はその場にうずくまったが、まもなく起き上がった。

「この、くそばばあ!」

 男がおばさんにつかみかかったので、わたしは折りたたみガサを取り出して柄を伸ばし、男の頭を後ろからぶっ叩いた。おばさんを助けなきゃと思ったんだ。

 もうひとりの女の人も同じことを考えたらしく、靴を脱いで、ハイヒールの踵で男の頭を叩いた。

 そのあいだに別の個室から出てきた女性ふたりと、男性用トイレから出てきた男の人は、関わりたくないという感じでそそくさと去っていった。

 やがて、デパートのガードマンらしい男の人三人が駆けつけて、男は、「てめーら、それでも女か!」と、お約束のセリフをわめき散らしながら連れ去られた。

 おかげで、やっとデパートを出て家に帰れた。あの男がどこの何者で、だれに頼まれてわたしのあとをつけていたのか知りたいとは思ったが、まあ関わらないほうがいいだろう。ガードマンさんたちが取り調べたりするだろうし。



二〇九二年十一月十七日


 学生寮にこのあいだの人が訊ねてきた。デパートの地下で、尾行している男がいるって教えてくれたあの人だ。

「一ノ瀬涼子といいます」と彼女は名乗った。

「事情を教えてください」

 そう聞かれたんだけど、警戒心が先に立った。だって、わたしはここの住所を彼女に教えていないのだ。大学名だって教えた覚えはない。

 それなのに、どうしてうちの寮がわかったのか?

 このあいだは疑いもしなかったけど、この人自身がわたしのことを探っている一味って可能性があるんじゃないのか? 尾行している男のことをわざわざ教えたのは、わたしにあやしまれずに接近する手段かもしれない。いや、ひょっとして、わたしが尾行を巻こうとするかどうか試したって可能性もないか?

 そんなことを考えていると、一ノ瀬涼子は顔を真っ赤にして叫んだ。

「わたしも巻き込まれたんです! あそこであなたに警告したばっかりに!」

 ホールにいた人たちがこちらをふり返ったので、彼女は声をひそめた。

「わたしのことを探りにきた人がいたんです。あのときの男の一味です。わたしのことをあなたの仲間と思っているみたいでした。もちろん、そのことであなたに文句を言うつもりはありません。ただ、事情がわからないと、何も手を打てません」

 彼女の言うことを、わたしは全然信用していなかった。だからこそ、あまり詰問してもまずいという気もした。この人が安藤さんを殺した犯人と何か関わりがあって、わたしのことを探っているのなら、少しとろそうにふるまったほうがいい。

「わたしは彼らの一味じゃありません」

 一ノ瀬涼子は、まるでわたしの心を読んだかのように言った。わざわざこんなことを言うあたり、ますますあやしい。

「どうしてわたしの住所を知ったんですか? 教えていないのに」

 このぐらい聞いても、まあ、だれでも感じる疑問よね……と思いながら、たずねたら、彼女はちょっと迷ってから答えた。

「わたしのことを探っていた人に聞き出したからです」

 あまりにも不審な答えだったので、首をひねった。

「あなたのことを探っていた人が、わたしの住所を教えた? ……って?」

「つまり……。あなたのことを探っていた人たちが、わたしをあなたの仲間と思って、わたしのことを探りにきたんです。で、こっちから事情を探りだそうとしたんですけど、その人も事情を知らされてなくて……。ただ、あなたの住所は知っていたので、あなたから直接聞こうと思ったんです」

 ますます変だ。この人は、自分の身辺を探っているあやしい人間に、面と向かっていろいろ質問したわけ? で、あのわたしのあとをつけてた男だか、その仲間だかが、聞かれたままにベラベラしゃべったわけ?

 それなら、双方ともにとんでもない天然じゃない?

 彼女は困っていたようだが、ちょっと考えてバッグに手を入れ、名刺を一枚取り出した。

「らちがあかないので渡しておきます。話してくれる気になったら連絡してください」

 そう言い残して、一ノ瀬涼子は帰った。

 名刺は、友だちに渡すプライベート用って感じのパソコン製だ。名前はたしかに 「一ノ瀬涼子」になっていて、たしかに彼女のスナップ写真が入っている。

 わたしに近づくためにこの名刺をわざわざつくったってんでなければ、「一ノ瀬涼子」ってのは本名か、少なくともふだんから使っている名前だろう。

 で、なんとなく、彼女に会ったときの日記を読み返して気がついた。

 彼女に会ったとき、二度とも、頭の中で声が響いたような経験をしている。空耳だろうと思っていたけど……。ほんとうは自分が強くそう感じただけなのに、声が聞こえたように錯覚したんだろうと思っていたけど……。

 もしかして、彼女、テレパスって可能性ある?

 テレパスなんて、今まで知り合いにはいなかったけど、そういう人がいるって話は知っている。

 人の心の動きに敏感な人ってのはときどきいるけど、まあ、ふつうは経験なんかで培われたコミュニケーション能力で、あいての表情やしぐさなんかから判断している。それに、人の気持ちがよくわかると自分で思いこんでいて、周囲にもそう公言しているけど、ほんとうは全然わかっていないって人もいる。

 だけど、そういうのでは説明できない読心能力をもっている人がときどきいるんだそうだ。

 しかも、日本人では、近年そういう人が増えているって、どっかで読んだ。テレパシーの実験をしたら、よく当たる人が昔の実験より多いっていうんだ。

 テレパシーってのは、離島や宇宙空間みたいな隔絶された場所で発現しやすく、日本みたいな過密地帯でテレパスが増えるのはふしぎらしい。

 日本の企業では異常なほどコミュニケーション能力が重視され、それに不況が加わって、マイペースで仕事をするタイプの人は、正社員からバイトに落とされたりして安く使われやすいから、生きのびるために読心能力が発達しているんじゃないかということだった。

 そんな理由のテレパシーって、なんだか悲しいな。

 おっと、脱線しちゃった。それはともかくとして……。

 一ノ瀬涼子がもしもテレパスだとしたら、探っていた相手からわたしの住所を知ったってのもわかる。

 彼女と最初に出会ったのは、安藤さんの件と関係ないと思う。そのときすでに例のドリンク剤の疑惑は安藤さんから聞いてはいたけど、それだけのことで就職の面接会場にわざわざ探りにきたりはしないだろう。

 二度目の出会いも、故意と考えるのはムリがあるような気がする。

 彼女とのやりとりを思い出してみると、たしかに、ときどきわたしの心を読んでいたような気がしないでもない。

 もしも彼女がテレパスで、味方になってくれるのなら、とても心強い。テレパスがどのていど人の心を読めるのかはわからないけど、探っていた相手からわたしの住所を読み取ったんなら、そうとうなもんじゃない?

 でも……。

 そんな能天気な期待なんてしていいんだろうか?

 どうしたもんかな、この名刺。追い返しちゃったけど、連絡をとってみようか? でも、飛んで火に入る夏の虫って気もするし……。

 うーん、どうしよう?



二〇九二年十一月二十日


 一ノ瀬涼子って人に連絡をとろうかどうか迷ってたけど、どうやら迷う余地がなくなってきたみたいだ。

 水谷さんから連絡があって、岡野くんが安藤さん殺しの容疑者になっているらしい。つまり、安藤さんの死因が自殺ではなくて他殺という疑いが強くなってきて、他殺なら岡野くんに動機があるってことになっているらしいんだ。

「そんなばかな。なんでまた……」

「岡野くんが麻緒を好きだったからよ」と、水谷さんが言った。

「いまはどうだかわからないけど、少なくとも高三のとき、岡野くんは麻緒を好きで、卒業まぎわには告白もしたの」

「えっ、そうだったの?」

「うん。麻緒のほうはべつにそれまで岡野くんに特別な気持ちを持ってなかったんだけど、そのとき彼氏もいなかったし、卒業をひかえて感傷的になってたし、告白されて悪い気はしなかったし……ってんで、卒業したあとしばらくは、メールとか電話のつきあいがあったの。でも、半年もしないうちに疎遠になって、まあ自然消滅したわけ。よくある話だけど」

「で、同窓会で焼けぼっくいに火がついて……とか、警察は考えてるわけ?」

「まーね。岡野くんが麻緒をストーカーして、殺したんじゃないかって疑ってるみたい。でなきゃ、岡野くんにストーカーされたのが原因で、麻緒がノイローゼになって麻薬に手を出したんじゃないかって」

「ずいぶん短絡的な推理ね」

「でしょ? どうも、警察がそういう疑いをもった理由ってのがね。麻緒の職場の同僚たちが証言したっていうの。麻緒が同窓会で久しぶりに会った高校時代の元カレにストーカーされて悩んで、ノイローゼ気味だったって」

「職場の同僚? そんなの、ほんとのこと言ってるわけないじゃん。どう考えても、バックにあるのは企業犯罪よ」

 わたしが尾行された話をしたら、水谷さんはあいづちを打った。

「そうよね。麻緒がストーカーなんかで悩んでたってのなら、わたしに話さずに職場の同僚たちにだけ話してるってはずないよね」

「そりゃあ、そうでしょ。安藤さんは会社に追い詰められてたのよ? それなのに、職場の同僚になんて気を許すはずないでしょ」

「そうよね。……なんだか、警察の人と話しているうち、ちょっと自分の考えに自信がなくなってきちゃって……。麻緒は岡野くんにも相談したんだから、岡野くんにストーカーなんてされてたはずないって、そう言ったら、麻緒が岡野くんにほんとうに相談したという証拠があるのか、なんて言うんだもの」

「ん? どういうこと?」

「つまりね。麻緒が岡野くんに相談したってのは、岡野くんがそう言ったのをわたしたちが信じこんだだけで、実際は違うんじゃないかって。聞き込みにきた刑事さんにそう言われたの。岡野くんと会う約束をしてしまったので、断るのを助けて欲しくてわたしたちをその場に呼んだんじゃないかって。そう言われてみると、それでもつじつまが合わなくもないような気がして……。ちょっと自信がなくなってきたの」

 そう言われると、わたしもちょっと自信がない。だけど、それならそうと安藤さんは前もって言うはずだから、やっぱり不自然だ。それに、もしも安藤さんの心配事がそんなことだとしたら、わたしの後をつけてきたあやしい男は何なのよ?

 それに、その刑事の言い方も気になる。

 警察官が捜査のとちゅうのあやふやな推理を、聞きこみに行った先でベラベラしゃべったり、相手に先入観を与えるようなことを言うのって、どっかおかしいような気がするんだけど……。

 刑事の知り合いなんていないから、よくわからないけど、推理が先走ったら、へたすりゃ冤罪事件になっちゃったりするから、刑事はそういうの慎むって、どこかでだれかに聞いたのよね。

 あ、そうか。だいぶん前に単発のバイトをしたとき、そこの店員さんに聞いたんだっけ。その人の友だちだか知り合いだかが、何かの事件で聞きこみにきた刑事さんにそう聞いたとか言ってたな。

 なら、水谷さんのとこに来た刑事って、ちょっと不謹慎じゃない? ……っていうより、ちょっとおかしくないか?

 そう思ったので、水谷さんにたずねた。

「その人、たしかに本物の刑事さん?」

「えっ?」と、水谷さんがけげんそうなので、疑問に思った理由を話した。

「えーっ。そんなこと疑いもしなかった。黒い携帯をちらっと見せられたし……。でも、言われてみれば、ちらっとしか見てなくて、マークとか確かめたわけじゃないから、ふつうの携帯かも……」

 刑事は、むかし警察のマークの入った黒い手帳を持ち歩いていた名残りとかで、同じマークの入った黒い携帯パソコンを持ち歩いているけど、でも、黒い携帯パソコンそのものはべつにめずらしくないのよね。一般に出回っている携帯パソコンの数台に一台は黒い色をしてるし……。

 ちらっと見ただけじゃ、マークなんて確かめられないし、そもそもそのマーク自体、偽造するのってべつにむずかしくないんじゃないの?

 身分証明がわりに使うんなら、いっそホログラフの携帯とか、ピンクと黄色のシマ模様の携帯とかいうような目立つのにすればいいのに。

 ま、それはどうでもいいけど……。

「やだ、もう!」と、水谷さんが泣きだしそうな声で叫んだ。

「頭がヘンになりそう。もう、何がなんだかわからない。……ちょっと待って。もし、あの刑事が偽者だとしたら、犯人の一味ってことよね」

「そりゃあ、そうでしょうね」

「で、岡野くんを陥れようとしてるってことになるわよね」

「そうね」

「……それって、岡野くんと連絡がつかないのと関係あると思う?」

「連絡がつかないって?」

「携帯に電話しても通じないし、メールの返事も来ないし、アパートにもいなくて、実家にも帰っていないらしいの」

「つまり……行方不明ってこと?」

「そうなの。警察が岡野くんを疑っているのも、それがあるからよ。……あ、警察じゃないかもしれないんだっけ」

「うーん……。どうなんだろ?」

 岡野くんが行方をくらましたってのなら、たしかに警察が疑ってもふしぎじゃないけど……。

 もしかして、岡野くんが危険なことになってるんじゃないのかな?

 それなら、放ってはおけない。水谷さんもそう思ったようだ。

「警察にこっちから連絡して、そういう刑事さんがほんとうにうちに聞き込みにきたかどうか、確かめてみる」

 水谷さんはそう言い、わたしは一ノ瀬涼子のことを話した。

「連絡をとって探りを入れてみる。ひょっとすると、あの人が協力してくれるかもしれない」

「ちょっと、だいじょうぶ? そんな人、信用して」

 水谷さんは心配そうだったけど、そう言われると、かえって一ノ瀬涼子とちゃんと話したほうがいいような気がしてくるからふしぎだ。

 もっとも、すぐに決断はつかなかったので、水谷さんとの電話のあと、いままでずっと迷ってたんだ。

 で、結論を出した。彼女を信用するかどうかはともかくとして、いちど会ってみよう。岡野くんが行方不明となると、ぐずぐずしていてはまずいような気がする。




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