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暗い近未来人の日記  作者: 立川みどり
クリエイティブ課
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クリエイティブ課・その3

2093年11月18日


 クリエイティブ課に来てからずっと、三十分か四十分ぐらいのサービス残業が当たり前のようになっていたんだけど、今日あたりからもっと遅くなるらしい。で、定時を過ぎたら一時間以内にタイムカードを切るようにと言われた。

「就業規則だと、準社員の場合、残業代が出るのは定時から二時間過ぎてからなんだけどね。労基署は一時間以上でうるさく言ってくるのよ。小さな編集プロダクションみたいなところだと残業代が出ないのは業界の常識みたいになっているから、うるさく言われないらしいんだけどね。うちの会社、いろんな業種をやっているでしょう? うちの課以外はたいてい定時から一時間以内に上がっているし。だから、定時から一時間以内に、いったんタイムカードをポンしてちょうだい」

 課長に言われて、定時から三十分後ぐらいに、タイムカードをセンサーにポンとかざして退社処理した。実際に上がれたのは、定時から二時間近く経ってからだった。

 この課にいる間はこういう毎日になるのか。準社員の給料なのに。

 ただ、今日から関わるようになったのは、古代遺跡関係の本。軽めの一般向け入門書なのだけど、扱っている遺跡の一つは、卒論でやったトトカッパ文明遺跡。それ以外の遺跡もおもしろそうだし。ブラックな業界だけど、こういうところは魅力なんだよなあ。



2093年11月19日


 加藤さんが、今回の古代遺跡の本の文章を書いたライターさんに文句を言っている声が聞こえてきた。

「あんたが書いたのは、どれも臨場感がないんだよな。おれが取材に行ったとき見たのと、なんというか、感じが違うんだよ。もっと、こう……、ああ、うまく言えねえな。なに? 見たことがないから書けない? 何言ってやがる! そこをうまく書くのが、てめえの仕事だろうがよ! 写真? ねえよ。データを全部、出版社に渡したからな。いいな! もっと臨場感が出るように書き直せ! わからなければ調べろ! 三日で仕上げろよ!」

 加藤さんが取材に行って、現地を見た? なのに、肝心のライターさんは行っていない? 現地に行ったこともなければ、撮った写真さえ見せてもらえない?

 こういう本って、そういうふうに創るものなの?

 大谷さんが眉をひそめているのに気づいたので、あとでこそっと訊ねた。

「取材旅行って、ライターさんは行かないんですか」

「うん。たいていは編集者とカメラマンのふたりだけだわね。経費をできるだけ安く抑えたいのよ」

「安く……って、実際に執筆するライターさんが行かないのなら、何のための取材旅行なんですか?」

「写真を撮るため……ということになっているわ。いちおうね。でも、写真のためだけなら、使用料を払って写真を使わせてもらうことができるの。そのほうがずっと安上がり」

「じゃあ、なんで?」

「加藤さんが行きたかったからよ。あの人、遺跡めぐりとか好きらしくて。取材旅行という名目なら、会社のお金で旅行できるからね。カメラマンさんは加藤さんの友だちだし」

 なんてやつだ。それなのに、自分が見たとおりに書いていないと、現地を見ていないライターさんに文句を言うのか。

「課長がよく許可しましたね」

 そこが不思議だ。今回の古代遺跡の本では、国内はトトカッパ文明遺跡だけで、あとは全部海外。トトカッパ文明遺跡にしたって、いちおう国内だけど、沖縄から小型飛行機でいくような僻地だ。どの遺跡も、ふたり分の旅費はけっこう高額だろう。これだけ低予算でやりくりしている部署なのに、お金にシビアな課長がよく許可したな。

「課長もまあ、似たようなことを何度もしているしね。本場のフランス料理の本とかね。あ、でも、フランス料理の本ではライターさんも連れていったわね。そのときのライターさんは村瀬健司くんだったし」

 うへえ。お金がないからと、ライターさんやイラストレーターさんの報酬をばんばん削りながら、そんなことをしているとは。



2093年11月27日


 古代遺跡の本が校了となった。ここのところずっと、二時間以上のサービス残業が続いているんだけど、けっこう仕事に熱中していて、やりがいがあった。出来上がったという満足感もある。

 ブラックな業界なのに途切れることなく人が入ってきて、過酷な条件で働き続けている人がたくさんいるのは、こういうおもしろさがあるからなんだろうな。で、雇う側はそれを利用して、ブラックな条件を改めないんだろうな。

 でも、まあ、給料で働いている人間は、いくらブラックになっても基本給だけは保証されるけど。フリーランサーはそういう保証がないから、酷使に堪えるにも限界があるよね。ただ働き同然になったら食べていけないし。


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