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暗い近未来人の日記  作者: 立川みどり
営業所
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営業所・その5

二〇九三年九月八日


 今日から二週間ほど店舗勤務になる。五つの営業所はそれぞれ、商品の宣伝と販売のため、店舗を併設しているのだ。それで、新人はすべて、店舗での接客の仕事や、営業マンについて営業の仕事を学ぶことになる。

 しばらく遠藤さんや和谷さんと離れられるのはほっとするけど、接客だの営業だのの仕事をするのは気が重い。そういう職種は苦手だ。でも、やらなきゃいけない。

 今日は、まず店舗での接客。ショッピングモールや土産物屋での販売は、学生時代の短期バイトでやったことがあるけど、そういうのとはちょっと雰囲気が違う。

 最初にいろいろ教えてくれたのは、店舗でも服飾部門担当の加納さん。ファッショナブルだけど派手という感じでもない、いい意味でおしゃれな服装の美人だ。

 びっくりしたのは、まず商品の服や靴やバッグを買うようにと言われたこと。うちの会社は服や靴なども扱っているから、店舗で接客するにも、営業に出るにも、自社商品を身に着けて宣伝しなければいけないのだそうだ。

「どれでも三割引きで買えるから、とてもお得よ。もちろん、買った物はあなたの物だから、プライベートで着るのも自由だしね。あ、もしも、うちの商品を買ったのを持っているなら、それを着てもいいのよ。去年のとかで販売が終わっているのはだめだけどね。最近の商品で持っているのある?」

「いえ、ありません」

「じゃあ、ここで揃えてね。着たい服ある?」

 そう言われ、マネキンが着ている服の値札を見てたじろいだ。かっこいいと思ったら、シャツブラウスもスカートも一万円以上するよ。税込みだと、これセットで買うと三万円ちょっと。着替えもいるだろうし、靴もバッグもとなると、いくら三割引きだって、ひと月分の手取りの半分ぐらいは消えちゃうよ。

 茫然としていると、「それは高いのよ」と教えられた。

「マネキンが着ているのは、だいたい高い服でね」

 あ、それもそうか。で、目に留まったのがバーゲン用のワゴン。

「あ、ワゴンのは安いけど、それ売り終わったら販売終了になっちゃうから。販売終了になったのは着てはいけないのよ。新しいのを買わなくてはならないから、結局、高くついてしまう」

 うへえ。じゃあ、どれを選べばいいんだろう? 困っていると、加納さんが言った。

「迷うわよねえ。よければ、リーズナブルなお値段で、仕事用によさそうなのを選んでみましょうか」

「お願いします」

 で、加納さんが選んでくれたのは、シャツブラウスとブラウスとカットソー一着ずつ、スカートとパンツ一着ずつ、靴一足、バッグひとつ、折り畳み傘ひとつ。さすがにプロだけあってセンスがいい。組み合わせやすく、おしゃれだけど無難で、わたしに似合いそうなのを選んでくれた。お値段も、最初に目にしたのに比べればうんと安い。

 とはいえ、これだけ一度に買うとなると痛い。従業員割引価格に消費税が入って総額二万八千円ほど。自分が買いたくて買うのならともかく、仕事のために買わなくちゃいけないというところがねえ。

 服を買うのが好きな人ならいいんだろうけど、わたし、服やファッションには興味薄くて、必要を感じたときに安い店で買うという買い方してきたのよね。

「ほんとは靴やバッグも替えがあったほうがいいんだけど、就職して半年じゃ、厳しいわよね。あ、九月の下旬か十月になったら、上着も買わなくちゃ。そのつもりしていてね」

 そう言って先輩はため息をついた。

「本音言うとね、わたしたちも服代はけっこう負担なの。服は、シーズンが終わると販売終了になるものが多いから、去年のをまた着るというわけにはいかなくて、シーズンごとに買わなくちゃいけないし。リーズナブルなのばかり買うというわけにもいかないし。給料から天引きされた金額見て、いつもため息よ。……あ、買った服代は給料からの天引きになるから、いま払わなくてもいいからね」

 うーん、最終的な配属が販売部門になったら、出費の面でもいやだな。負担が大きすぎるよ。仕事で着る服を自腹で買わされるというのも、なんだか釈然としないし。



二〇九三年九月十日


 服の販売員というのはなかなか難しい。まず、服を選んでいるときに声をかけられたくない人と、声をかけて欲しい人がいるから、どのお客さんがどちらのタイプか見極めなくちゃいけない。加納さんのようなベテランにはわかるようだけど、わたしは見学していてもわからないよ。まして、迷っている人にアドバイスするとなると……。

 まあ、わたしはまだ見学だけでいいと言われたから、にこにこしているだけで、接客らしい接客はしていないんだけど。

 店舗は定休日なしで、十時から夜の九時まで開店しているから、従業員はシフト制だ。わたしは見習いの仮配属だから、今まで通り平日の九時から午後四時までだけど。お客さんが多いのは土日祝日と夜だという。一般的な平日勤務の人なら、仕事帰りや休日に来るだろうから、まあ、そうなるわな。

 シフト制だから、同じ売り場でも、日や時間帯によって、いっしょに働く人は変わる。初日に教えてくれた加納さんは、服飾販売部門のチーフで、昨日は十二時からの勤務。今日は休日だった。加納さんはやさしいし、ていねいに教えてくれたけど、やっぱり人によって違う。とはいっても、質問しにくい感じの人とかはいても、とくに意地悪な人もいないけど。少なくとも、いまのところは。

 わたしは比較的お客さんの少ない時間帯の勤務になるわけだけど、九時から十時までは開店準備時間で、掃除なんかもしなくちゃいけないから、朝はけっこう忙しい。

 販売部門でいいのは、お昼ごはん。飲食部門の人がつくる賄いを食べることができるんだ。評判がよければお客さんに出すこともできるというので、修業中の人たちがいろいろ工夫して作っていて、三日ともおいしかった。

 給料から一食三百円天引きされるということだけど、三百円でこの内容なら大歓迎だよ。



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