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暗い近未来人の日記  作者: 立川みどり
夏休み中
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夏休み中

二〇九二年七月二十日


 きょう、高校時代の同窓会があった。男子はまだ学生の人が多いけれど、女子は卒業後すぐに就職した人とか、短大や二年制とか三年制の専門学校に進学した人が多かったから、七割方は社会人……と思ってたんだけど、「家事手伝い」状態の人がけっこうたくさんいた。そのなかには、のんびり花嫁修業をしているお嬢さまな人とか、家業を手伝っているって人もいないわけじゃないけど、ほとんどの人は違う。リストラされたとか、ついに就職できなかったって人も多い。

 仕事に就いている人でも、公務員とか企業の正社員とか、経済的に安定した状態の人は少ないみたいだ。べつに統計をとったわけじゃないけど、仕事をもっている女子のほとんどは、準社員かアルバイトみたい。

 それどころか、とんでもない話を聞いた。金持ちのお妾さんになった人とか、フーゾクのほうにいっちゃった人とか、ホームレスになった人とかもいるっていうんだ。

 ホームレスになったのは、一年のときに同じクラスだった人だ。社宅にご両親といっしょに住んでいて、おとうさんがリストラされたら、一家三人追い出されたっていうの。

 そうか。社宅に住んでいたら、リストラされると住む家までなくなるんだ。

「定年まで仕事があれば、生活設計はあったそうよ。大きな会社だし、仕事もできる人だったから、安心してたんだって。でも、急に『来月からこなくていい、社宅も出ていってもらう』って感じで、住まいを探すひまもなくクビにされちゃったんだって」

 教えてくれた人は義憤にかられているみたいだった。その人と親しかったんで、話を聞いて腹が立ったみたい。

「なんかねー。社宅の部屋を空けるのも、リストラの目的のひとつだったみたい。社宅に入っていた人ばかり五人リストラされたんだって」

 なんかえぐいな~。職と住まいをいっぺんに奪うなんて。

「しかもね、ホームレスになったってのを理由に、おかあさんはパートの給料を大幅にカットされたんだっていうのよ。時給八百五十円だったのを五百円にされたんだって。『ホームレスなのに使ってやる』って理由で。おかあさんが働いているの、おとうさんと同じ会社なのによ」

 うへえ。それはえぐい。住まいと亭主の職を奪っておいて、それを理由に賃金カットするのか。なんか、いったんいじめてやろうと決めると、とことんいじめるのね。

「で、彼女、どこに住んでいるの? まさか、路上生活?」

 聞いてみたら、S市の施設にいるらしい。ホームレスになった人を住まわせる施設は全国にいくつかあるけど、ここみたいな小さな町にはない。彼女はほかのホームレスの人たちといっしょに20人一部屋の大部屋で暮らして、往復三時間かけてアルバイトに通っているらしい。

 ホームレスになったとバイト先にばれたらクビになるかもしれないから、隠しているんだって。それで、交通費が自腹になってしまって、ひどくきついらしい。

「身内にだれか助けてくれる人はいないの?」

 そう言ったら、話を聞いていた何人かがムッとした顔をしたり、怒りだしたりした。

「身内がホームレスになったら助けろって言う人、多いけど、そんなの身内だってどうしようもないでしょ?」

 めんくらって聞いてみると、どうも親戚にホームレスの人がいるらしい。自分たちだって生活にせいいっぱいなのだから、親戚にホームレスがいたって助けようがないのだ。そりゃまあ、そうよね。うちだって、祖父母あたりならともかく、遠い親戚なら、もしホームレスの人が出ても見捨てるだろう。

 久しぶりの同窓会だったのに、なんだか気まずかった。



二〇九二年七月二十五日


 きょうは中学校教諭の試験だった。中学校の先生って、もともとそれほどなりたかったわけじゃないし、このあいだの教育実習で本物の先生たちを見て、「向いてないかもなあ」とも思ったんだけど、こう不況だとねえ。いったんなりさえすれば、リストラされる心配があまりない職業って、あんまりないからねえ。

 わたしが試験を受けられるところでは、教師と公務員ぐらいのものだもんね。どっちかというと、公務員より教師のほうが安泰よね。公務員のリストラはないわけじゃないから。

 でも、試験は難しかった。とくに専門科目がね。社会科は地理も歴史も政治も経済もいっしょなんだけど、試験は政治と経済の比重がやたらに高かった。ちょっと不公平な気がする。

「だめだったような気がする」

 そう言ったら、何を思ったのか、父親が「いっそ大学院にいって学者をめざしたらどうだ?」と言い出した。大学入試のときには、四年制にいくだけで渋ったのに。

 聞いてみると、父の上司の娘さんが大学の歴史の講師になって、マスコミなんかにも出て、はぶりがいいんだそうだ。ただし、専門は日本史の幕末だそうだけど。

「奨学金でいけて、あとでそういうおいしい職につけるんなら、生活費の一部ていどなら援助してもいいぞ。あとで出世払いで返してくれれば」

「この子のはダメよ。全然ポピュラーじゃないんだから」

 母親が身もフタもないことを言う。そうしたら、父親が、「何の研究やってるんだ?」って。今まで知らなかったらしい。

 「トトカッパ文明よ」と答えたら、「なんだ、そりゃ」という返事が返ってきた。そうか。トトカッパ文明を知らなかったのか。

 トトカッパ文明は、今世紀の中ごろに存在が明らかになった文明だ。沖縄の南東あたりの海域で栄えて、海に沈んでしまったんだ。とはいっても、もちろん、むかし伝説で騒がれたムー大陸とかと違って、大陸ではない。いくつかの島からなる文明で、陸地面積は全部あわせて沖縄県と同じぐらい、文明が広がっていた海域はその二倍ぐらいだったらしい。現在わかっているかぎりでだけどね。

 この「トトカッパ文明」の名前の由来はふるっている。ここで海底火山の噴火が起こって、新しい島ができそうだというニュースが伝わってすぐ、オンラインでそれをネタにした小説が流れた。与那国海底遺跡とよく似た遺跡が新火山島で見つかって、古代のトトカッパ文明の存在が明らかになる……という内容の小説だったそうだ。

 それが人気サイトだったらしく、かなり広まったところで、偶然にもほんとうに遺跡が見つかった。もちろん、学者たちはもっとまじめな名前をつけたんだけど、「トトカッパ文明」の名のほうが広まって、学者たちがつけた名前は忘れられてしまったんだそうだ。当時、「トトカッパ文明」というのが、学者のつけた正式名称だと思いこんでいた人も多かったらしい。

 じつは、名づけ親の作家がつけたその由来は、「魚」の幼児語の「トト」と妖怪の「カッパ」をくっつけただけだという。それが正式名称になってしまって、本人もびっくりしただろうな。

 トトカッパ文明は、わたしが小学生のころ、ちょっとしたブームになっていたけど、今はあまりはやらない。もしも大学院の進学試験と奨学生試験に受かったとしても、これで、父親が期待しているようなマスコミの寵児になるのは、まず無理だろうな。

 だいいち、そのマスコミによく出ている女性の講師って、テレビ局とかにコネがあったんじゃないの? えらい教授ならともかく、講師って、ふつうはそんなに活躍できないと思うけど。給料だって、かなり安いって聞いたし。

 父親にそう言ったら、「そういえば、友だちがテレビ局のディレクターだと言ってたな」だって。で、「おまえ、やっぱり、ちゃんと就職しろよ」だって。

 うーん。こういうこと黙ってたら、進学の支援してくれたのかな?



二〇九二年八月十日


 りーちゃんから電話がかかってきた。映像がオフになっているので、「なんで?」と聞いたら、風呂上がりで、あられもないかっこうをしているらしい。住宅事情でわたしの部屋はロフトがあてがわれていて、居間の電話を使うしかないもんね。節約のために、携帯はもってないし。

「ヨーコとか安藤さんとか、このあいだの同窓会にきてなかったでしょ? あすなら会えるっていうんで、集まれる人だけ内輪で集まることにしたんだけど。どうする?」

 そう言うので、会うことにした。ふたりとも久しぶりでなつかしいし、今度は宴会じゃなくて喫茶店だから、お金もかからないし。楽しみだな。



二〇九二年八月十一日


 約束の時間より五分ほど早く喫茶店にいくと、りーちゃんと安藤さんが先に来ていた。そのあとみんなつぎつぎにやってきて、うちのクラスの女子十人ほどと、なぜか男子も三人きていた。あと、担任の目黒先生も。

 安藤さんは、高校卒業後に二年間ビジネス系の専門学校に通って、いわゆる一流企業に就職した。現在、うちのクラスの女子のなかでは、公務員になった人ふたりと並んで、いちばん社会的に安定している。そう思ってたんだけど……。

「今度、会社のコマーシャルに出るんだって?」

 ヨーコにいわれて、安藤さんはワッと泣き出した。びっくりした。

「な、なにか悪いこといった?」

 ヨーコはうろたえている。

 安藤さんは「ううん」と首を横に振って説明した。

「うちの会社で今度発売するドリンク剤のCMに出るって、つい得意になって言っちゃったけど……。そのドリンク剤、危ないかもしれないの。発ガン性があるかもしれないって。社内でそういうウワサが流れていて、かなり確かな情報みたいなの」

「……発ガン性があるかもしれないのに、発売するの?」

 そう聞いたら、安藤さんは「うん」とうなずいた。

「社運を賭けて開発したので、いまやめたら損害が大きいんだって。それで、社員が飲んでいるところをCMで放送して、安全だって強調したいらしいの」

 な、なんて会社だ。

「それは確かなのか? 上司とかにちゃんと確かめたか?」

 先生がズレたことを言った。そんなこと、上司に聞いたって、危険性があってもなくても否定するに決まってるじゃないの。

「上司は否定しました」

「な、なんだ。ただのウワサじゃないか」

「でも、そのあと、わたし、言ってみたんです。『危険性がないのなら、わたしのようなヒラ社員より、もっと上のほうの人が出たほうがいいんじゃないですか? 部長が出てはどうですか?』って。そしたら、『おれには妻子がいるから』って。それから、『会社にとってもだいじな体だから』って。そのあと、『女性のほうが華があっていい』とかごまかしていましたけど」

「そ、それは確かに、CMに出るのは女性のほうが……」

「それが本心なら、どうして先に『おれには妻子がいるから』なんていうんです?」

 先生はウッとつまり、数秒目を白黒させてから口を開いた。

「で、どうするんだ?」

「どうって……。どうしたらいいのか……」

 安藤さんは、またワッと泣き出した。

「上司にいやだと言ったら、リストラの対象にすると言われました。『会社に忠誠心のないような人間はいらないよ』って。『何年も先に病気にならないかどうか心配するより、明日から食えるかどうか心配したらどうだ』ともいわれました」

「ねえ」と、ヨーコが口をはさんだ。

「転職を考えたほうがいいんじゃないの?」

「そうしたいわ。次の仕事さえあれば。でも、この不況でしょ? 次の仕事がなかったらと思うと……」

 安藤さんは泣きつづけ、みんな黙っていた。何と言っていいのかわからなかったのだ。ただ一つわかったのは……。一流企業に入れば安心というわけでも、会社が安泰なら社員も安泰というわけでもないことだ。会社が安定していても、社員が生活を脅かされることはある。安藤さんのような形で。儲かっている企業だって、社員にとことん非情になることはあるんだ。

 ……夏休みが明けたら就職活動に入るけど、なんだか憂鬱になってきたな。


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