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暗い近未来人の日記  作者: 立川みどり
住居探し
10/32

住居探し

超不況の21世紀末に生きる女性が日記を書いているという形式の「暗い近未来人の日記」。今回は就職に際して部屋探しをする話です。

二〇九三年三月十三日


 バイトが終わって、二日間ゆっくり休息したところで、 四月から住む部屋を探すことにした。

寮に住みたければ、二十五日までに申し込むようにといわれている。ただし、入寮希望者が多くて、それまでに満室になってしまう可能性があるともいわれた。

 寮に入るのが手っ取り早いし、経済的でもあるんだけど、あの寮には住みたくないなあ。管理人が変な人だし、自由時間まで同じ職場の人と一つ屋根の下で暮らすってのもねえ。

 学生のときには寮暮らしを苦痛に感じたことはなかったんだけど、こういうのって、学生のときと社会人とで違うと思う。

 学生のときは、同じ寮の人たちは対等の友だちで、つきあうのも楽しかったけど、会社じゃ、そうはいかない。バイトをしたときの感じからいっても、夜も休日もあの先輩たちといっしょというのはきついよ。

 でも、部屋探しって、思ったよりたいへんだ。大学のときはずっと寮に入っていて、部屋探しをしたことがなかったから、こんなにたいへんとは思わなかった。

 希望としては、通勤に便利だけど、会社や寮に近すぎないところがいい。それにもちろん、家賃は安いほうがいい。

 そう思って、まず、T駅の駅近くにある不動産屋をのぞいてみた。

 T駅付近を選んだのは、会社まで電車一本で行けて、乗車時間は十分ほど。わりと近くに大学がひとつと専門学校がふたつあるから、ひとり暮らしの学生がたくさん住んでいるって聞いたからだ。

 学生が多い街は、勤め人の多い街に比べて、単身者向けで家賃の安い物件が多いらしい。だから、安くていい部屋が見つかるんじゃないかと思ったんだけど、甘かった。

 何軒かの不動産屋をのぞいたけど、手頃な単身者用は「学生限定」ってのばかり。そうじゃないのは、駅からけっこう距離があって、二DKとか三LDKとかのマンションで、家賃が高いところばかりだ。

 どうもT駅周辺の賃貸住宅ってのは、学生か、でなければ夫婦とかお金のある人でないと部屋を探しにくそうな感じだった。

 それでも数軒目の小さな不動産屋の店頭広告に、キッチンとトイレとシャワーがついて家賃が四万八千円って部屋があった。

 お風呂も欲しいとこだけど、正社員か準社員かも決まっていない状況を考えれば、風呂付きの高い部屋より、シャワーしかなくても安い部屋にしておいたほうが無難だろう。

そのほかの条件は悪くない。居室部分はいままで住んでいた学生寮よりだいぶん広いし、駅から徒歩六分だし。不動産屋の広告の「徒歩何分」ってのは、「小走りで何分」って思ったほうがいいってよく聞くけど、まあ、「徒歩六分」なら、ふつうに歩いても十分はかからないでしょ。

乗り気になってお店に入ったんだけど……。

 店にいたのは店主らしいおじいさんがひとりだけで、その人が感じ悪かったんだ。

 いや、店内の客がわたしひとりのときにはそれほどでもなかったんだけどね。わたし本人の収入はどうでもいいみたいで、保証人になってくれる父親の仕事や収入ばかり聞かれたのがちょっと引っかかっただけで。

 でも、「学生限定」としていない部屋がほかにもあると聞いて、似たような家賃の三つの部屋を比較検討していたとき、別のお客が入ってきたんだ。

 その客は女の人で、明らかに学生じゃなかった。いや、まあ、年をとってから大学や専門学校に入る人だっているから、「明らかに」とまでは断言できないか。

 とにかく、わたしの年より母の年に近そうな女性だったんだ。

 そういう年代の人なら、「学生限定」の部屋は借りられない。とすれば、わたしと同じ物件に目をつけたんじゃないかと思ったら、やっぱりそうだった。

 そのアパートは空室が一つしかないから、わたしが迷っているあいだにその人が決めちゃったら困るなあ……と思いながら聞き耳を立てていたら、不動産屋の対応はひどかった。

「いくら学生限定じゃないといってもねえ。住んでいるのはほとんどが学生だからね。勤め人の場合でも、新卒か、せいぜい卒業して一年か二年の若い人を想定してるんだよ。失礼だけど、あんた、年いくつ?」

「四十歳ですけど」

「じゃあ、おとうさんはもう退職して、収入ないんじゃないの?」

「年金をもらってますけど」

「年金暮らしじゃねえ。保証人は現役でなくちゃという大家さんが多いんだよねえ」

「母は現役です。七十歳まで定年を延長できるお店に勤めていますから」

「おかあさんじゃねえ。どうせ、たいした収入はないんだろ?」

 店主はため息をつき、女性は無言で店主をにらみつけた。腹を立て、いらいらしているのが伝わってくる。

「ま、無理だと思うけどねえ。どうしてもっていうんなら、大家さんに聞いてあげるよ。おとうさんの年金はいくらなの?」

「家賃を払うのは父ではなく、このわたしです。どうして家賃を支払うわたしの収入を聞かずに、父の収入ばかり問題にするんです?」

 女性の質問はもっともだと思ったが、店主にとっては思いもよらない問いだったらしい。

「ああ?」と、店主は怪訝そうな顔をした。

「そりゃあ、契約するとなったら、あんたの収入も聞くけどね。四十になって独身で、こういうランクのアパートを探してるってんじゃ、どうせたいした収入じゃないんだろ?」

「もうけっこうです!」

 女性はとうとう怒って帰ってしまい、店主はわたしのほうを向き直って肩をすくめた。

「やれやれ。お嬢さんもああいうふうになるんじゃないよ。若いうちにいい人を見つけることだね」

 わたしが同感すると思ってそういう言い方をしたみたいだけど、なんだかなあ。「ああいうふう」って、どういうのをいうんだろう。四十になって安アパートを探すのはみじめだって言いたいのかな。自分が紹介しているアパートなのにね。

 あの女の人のようによりも、この店主のような人間にはなりたくないなあ。

 内心でそう思いながら、いましがたのやりとりで気になった点を口に出した。

「学生限定じゃなくても、若い人限定なんですか、このへんのアパートって?」

「ああ、そうだよ。そのほうがいいでしょ?」

「じゃあ、住んでいるうちに若くなくなってきたら、出なくちゃいけなくなるんですか?」 店主は意表を突かれた顔をした。

「若くなくなってきたらって? まさか、三十になっても四十になっても住みつづけるつもりなんてしていないでしょ?」

「そんな先のことなんてわからないじゃないですか?」

「先のことって……。結婚するんでしょ?」

 店主の言い方からすると、どうやらこの店で紹介しているアパートでは、ある程度の年齢になったら更新打ち切りにされそうだ。それも、まだ二十代ぐらいの若い年齢で。

 そりゃあ、わたしだって、風呂なしアパートにずっと住んでいたいわけじゃない。独身でいたとしても、経済力さえあれば、住居をグレードアップしたい。

 でもねえ、そういう願望通りにはなかなかいかないのが、いまの世の中でしょ?

 不動産屋の店主はあの女性客をずいぶん見下していたけど、四十歳ぐらいで安アパートに住んでいる人、引っ越しにあたって安アパートを探さなきゃいけない人なんて、いまどき珍しくはないでしょ?

 というより、自分の持ち家とか、家賃の高いマンションに住んでいる人のほうが、むしろ少数派でしょ?

 このさき、「三十歳になったから更新打ち切り」なんて形で引っ越さなきゃならなくなるのはまっぴらだ。めんどうだし、気分的にも不愉快だろう。自分の都合で引っ越すのならいいけどさ。

 そう思ったので、こちらから断って、その不動産屋をあとにした。

 で、出した結論。T駅付近、いえ、学生街でアパートを探すのはやめよう。

 そう決めたところで、どっと疲れて帰ってきちゃった。

 あすから、別の街で探すことにしよう。



二〇九三年三月十四日


 きょうはS駅付近で探してみた。電車一本で約十五分。各駅停車しか停まらないから、特急や急行停車駅より家賃相場はやや安めらしい。

 それに、ネットで調べたとき、駅から徒歩五分で家賃四万円って部屋があったし。部屋にはバスもシャワーも付いていないし、いまどき珍しい「間借り」だけど、大家さんちの敷地内に建てられた離れで、一軒家感覚で住めるって書いてあった。

 で、まず、そのネットで見た部屋に行ってみた。

 徒歩五分って書かれてたけど、実際には十分近くかかった。歩いた時間だけなら、六分か七分だったと思うけど、途中の横断歩道を渡るのに時間がかかったんだ。

 いまどき、住宅街の車道が地上を走っていて、歩行者が横断歩道を渡らなくちゃいけないってのも珍しいのに、そのうえ、その横断歩道、信号がないの。で、車がびゅんびゅん走っていて、横断歩道で停まってくれる車なんてない。

 こういう交差点、地方の小さい街とかでなら何度も見たことがあるけど、首都圏で、しかも交通量の多いところにあるなんてねえ。

 十台以上の車を見送ったあと、ようやくスピードを落として停まりそうな気配を示してくれた車があったので、急いで渡ろうとしたら、その車がいきなりアクセル全開って感じでスピードを上げ、わたしの体すれすれのところを猛スピードで走っていった。

 危うくひき殺されるところだった。なんなの、あの車!

 こんなところを通って通勤するのは、なんだか恐いなあ。慣れれば平気なのかな?

 見れば、少し離れたところに信号がある。距離は、たぶん、数十メートルってとこかな。歩行者はそちらへ回り道をしろってことなのかもね。そうだとすると、その回り道のぶん、明らかに所要時間にカウントされていないんだけど。

 まあ、でも、これぐらいはたいした問題じゃない。もしも、部屋そのものが住みやすければね。

 たどり着いたのはりっぱな門構えに敷地の広そうな邸宅で、出迎えてくれたのは六十代ぐらいの奥さん。

「息子のために建てたんだけど、仕事の都合で独立しちゃいましてねえ」なんて言うから、ちょっと期待した。

 お金持ちの家だと、敷地内に息子夫婦だの娘夫婦だのの家を建ててやることがあるって聞くからね。そういう二世帯だか三世帯同居のために建てた離れを安く貸してくれるっていうなら、ラッキーじゃない?

 そう思ったんだけど、期待は大ハズレだった。物置か、せいぜい子供の勉強部屋にするようなプレハブだったんだ。

 たしか、高校時代の同級生に、そういう部屋に住んでいるって言ってた子がいたっけ。

 でも、住んでいるといっても、確か、母屋にも自分のベッドがあるって言ってたよな。小学生の弟とふたり兄弟の男の子で、弟と同じ部屋だったんだけど、気が散って勉強がはかどらないし、プライバシーも欲しくて、プレハブの物置を勉強部屋にしてもらったとか話してたっけ。

 その子の場合、台風や大雨のときとか、地震警報が出たときには、母屋に引き上げるって言ってたっけ。

 間借りするとなると、そういうわけにはいかないぞ。どんな荒天のときでも、ここで過ごさなきゃいけないってのは、ちょっと恐いんじゃないかな。

 それに、キッチンとかトイレとかお風呂とかどうするんだろ? 

 部屋を見る前は、なんとなく、渡り廊下みたいなので離れと母屋がつながっていて、自由に行き来できるのを想像していたけど、これだと利用しづらいんじゃないの?

 その点を確認すると、奥さんはちょっといやそうな顔をして、しれっと答えた。

「インターホンで呼んでくれれば鍵を開けてあげますよ。まあ、留守のときなんかはしかたありませんけど」

 しかたないって……。キッチンやお風呂はともかく、トイレは?

 そう思っていると、奥さんはつづけた。

「まあ、それに、あまり頻繁にとか、夜遅くとかも困りますけど。こちらも自分の生活ってものがありますからねえ。何か手を離せないことをしていても、鍵をあけなくちゃいけないわけでしょ? そのへんは、人の家を訪ねる常識の範囲とか、節度や思いやりをもってやっていただかないと、ちょっとアレですけど。まあ、夜とかにどうしてもというなら、近所に深夜営業のお店とか、コインシャワーとか、公園のトイレとかありますからね。べつに不自由しないと思いますよ」

 なんだか、暗に、「母屋のキッチンやお風呂やトイレはあまり使うな」と言われているような気がする。

 これはちょっとなあ。住むのにあまりにも不便すぎる。これなら、会社の寮のほうがまだしもましだ。プライバシーの面や管理人の人柄を考えて寮は避けたいと思ったけど、その点でも、ここは寮といい勝負だろう。

 それで、この部屋は断ることにした。



二〇九三年三月十九日


 いろいろ探したけど、結局、寮に住むことにした。

 だってねえ。漠然と、就職後のひとり暮らしの住まいとして思い描いていたような、ふつうの単身者用マンションとかは、家賃が高くてとても無理。就職が決まったといっても、正社員かどうかわからないわけだし。

 準社員の給料でなんとかなりそうな部屋といえば……。

 たとえば、きょう見た部屋は、ロフトにカーテンを垂らしただけ。ロフト付きの三LDKを三人に一部屋ずつ貸していて、さらにロフトにも間借り人を入れようってことだった。

 鍵もかけられない部屋なんて、ふつうの間借りよりひどいよ。

 きのう見にいった部屋もひどかった。

 ひとつは、「キッチン+八畳」なんて古風な表記をしてあると思ったら、土間に立たなければ調理できないような流し台の向こうに、四十センチ×八十センチぐらいの小さな畳を八枚敷いた居室があるだけ。

 つまり、実際の広さは二畳と同じ。しかも、冷蔵庫や食器棚は、キッチン部分に置けるスペースなんてないから、実質二畳ほどのスペースに置かなくちゃいけない。

 それに、トイレとシャワーは三階建ての各階に一つずつ。各階に八部屋ずつあるから、どちらも八人で共用だ。二人か三人ぐらいならともかく、八人となるときつい。

 で、もうひとつは、寮と同じぐらいの広さはあったけど、いまにも崩れそうな建物で、壁にヒビが入っているし、歩くとぐらぐら揺れた。

 キッチンや浴室の設備も、ドラマにでも出てきそうな古めかしい感じ。二十世紀の終わりごろを舞台にしたドラマで、フリーターの主人公が住む木造アパートという設定で登場した部屋の設備と、なんだか似ている気がする。

 ってことは、あの建物、ひょっとして、百年以上も前から建っているんじゃないのかな。

 築年数を聞いたとき、不動産があいまいに笑って答えなかったところが、どうもあやしい。

 どの部屋も、寮のほうがまだましだよ。管理人の人柄に問題ありだとしてもさ。

 それで、きょうの夕方、寮の申し込みにいった。

「申し込みが遅かったところをみると、うちに不満があったんでしょうけど。ふつうに借りるよりずっと得って、よくわかったでしょ」

 管理人にいやみを言われたけど、いちおう空き部屋はあった。七階建てのうち、五階の一角で、間取りや広さはバイトのときに泊まった部屋とほぼ同じだ。

 ベッドなどは備えつけだから、引っ越しの荷物は少ない。狭いからたいしたものは運び込めないし。

 乗用車のトランクと後部座席に積んで運べる程度だというので、兄貴が休日に車で運んでくれることになった。

 引っ越しは二十八日。仕事は一日からだから、部屋を片づけたり休息を取ったりするのに適当な余裕があって、ちょうどいいな。



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