彩王主01 旅人の正体
『朔夜唄』
朔の月の夜は
息をひそめて
星降る夜に
おやすみ 愛し子
暁の 鐘が鳴るまで
ねむれ 愛し子
朔の月の夜は
見つからぬように
おやすみ 愛し子
***
赤く染まった空。星は静寂を失い、輝きを忘れた。熱を孕んだ風が火の粉を纏い、家々を飲み込んでいく。煙と 煤と 錆びた鉄の臭い。一つの村が消えた 朔の夜。
「……っ」
「――ヤト!アヤト!」
肩を強く揺す振られ意識が現実に戻ってくる。目の前には心配そうな顔をした三人の連れ。
「大丈夫か?酷くうなされていたが」
どうぞと言われ手渡された水に口をつける。冷えた水が喉を通り、高ぶった神経を落ち着かせてくれる。
「……久しぶりにあの夢をみた」
先ほどまでの悪夢を消し去るようにもう一度強く目を瞑る。
すべてを飲み込んだ 紅い炎華
「そろそろ日が暮れる。食欲があるようなら何か食べとくか?」
「ああ、大丈夫だ。今夜は忙しくなるだろうからな、今のうちに腹ごしらえしておこう」
「さすがに混んでいるな」
「こんなに客がいたのか、この宿」
「……失礼ですよ」
宿の一階の食堂は夕暮れ時とあって、客で賑わっていた。
空いている席に腰を下ろし、寄ってきた店員に四人分の酒と食事を注文する。
「それで、何か聞けたか?キイロ」
食事を待つ間、情報収集のため昼間宿を追い出したキイロの報告を聞く。
「ええ。この町の皆さんもとても親切で。花や果物まで貰ってしまいました」
後で一緒に食べましょうねと穏やかな顔でそう言い放ったキイロはこの中で一番愛想がいい。亜麻色の柔らかな髪と琥珀の瞳をもつ彼に甘く微笑まれたら、何人たりとも口を割らずにはいられまい。過去何度その笑顔に騙されたことか。
「この前の朔月は隣村が被害にあったそうです。今までの行動範囲と頻度からみて今夜はこの町で間違いないでしょう」
「この町の守りはどうなっている?」
私の右隣に座っているシアンがキイロに問う。
「緊急時の避難場所は中央集会所になっているそうです。あとは自警団の方々が見張りと巡回にあたっていましたが、あまり期待できませんね」
「傭兵も集まっているみたいだけどな」
呟いたのはベニ。
周りに視線をやると客の大部分は鍛え上げられた体を持つ男たちで、独特の雰囲気はすぐにそれとわかる。くつろいではいるが、隙がない。
「今日の獲物は大物なのか?」
「噂では光陰のバーミリオンらしいですよ」
「上物じゃねえか!これで少しは生活が楽になるな」
ベニが嬉々として叫べば、
「おい、誰のせいで切り詰める羽目になっていると思っているんだ。必要もないのにお前が馬鹿みたいに食うからだろう?少しは自重しろ」
シアンが的確な主張をする。
「てめぇシアンもう一度言ってみろ!誰が馬鹿だって!?」
「お前だ。ベニ」
恒例のベニとシアンによる罵り合いが始まった。両者とも種類は違うものの、美丈夫と呼ばれる部類に入る。艶やかな漆黒の髪と、紅く輝く瞳をもつベニ。対するシアンの首筋には淡い銀髪が揺れる。青玉の瞳は今、ベニを見据え冷たく輝いている。非常に整った顔立ちの二人が眉を寄せれば、その迫力は常人の倍。恐ろしい事この上ない。だが、決して二人が本気になることはないと分かっているので、横で傍観を決め込むことにする。下手に関わらないほうが身のためだ。この二人をうまく抑えられるのはキイロしかいない。正面に座るキイロに、どうにかしろと視線で合図を送ってみる。
聡いキイロはこちらの意を汲み取り、ひとつ頷くとタイミングよくここへ運ばれてくる料理を利用した。
「ベニ、シアン、料理がきましたよ」
白熱していた舌戦は二人の興味が料理に移ったことで呆気なく終結を迎えた。
「食べたら『お迎え』の準備をしましょうね」
***
「だいたいな、アヤトは細すぎんだよ。もっと食わんとでかくなれないぞ」
途中、ベニからの「もっと食え」攻撃をかわしながらも何とか食べ終え、3人を伴って宿から外に出た。
「ベニ、いったい私を何歳だと思っているんだ。成長期はとっくに終わっている。これ以上食っても縦には伸びん」
たしかに私はこの中で一番背が低い。ベニと並ぶと肩にも届かない。しかしそれはこいつらと比べればであって、世間一般の中では高い部類に入る。そもそもの基準が違うのだ。
「お前たちが規格外なだけだ。比べるな」
「そうですね。アヤトは今のままで充分かわいらしいので無理して食べることはありませんよ」
「可愛らしいって言うな!」
「アヤトを可愛いと言わずに他に何を可愛いと言う?」
キイロに反論すれば、シアンに真顔で返され思わず呻いてしまう。これ以上墓穴は掘りたくないので話題を変えることにした。
「・・・やつらが来るとしたら東側からだろうな。」
この町の西から南にかけては崖になっていたので、そこから来ることは先ずない。残るは北か東になるが、大人数で動きやすいのは東の関門の方だろう。
「ええ、おそらくは。」
東の関門まで足を運ぶと先ほど食堂で見かけたような男たちが何人かと、自警団と思しき集団がすでに集まっていた。
篝火が辺りの闇を追い払い、何ともいえない熱気の中で人数分の影が踊る。
集団に近づいていくと、横から男が声をかけてきた。
「なあ、兄ちゃん達もバーミリオンの首狙いか?悪いことは言わねぇからよ、その綺麗な顔がキズものにされないうちに避難しといたらどうだ」
周囲から一斉に笑い声が上がる。
「そうそう、大人しくしといた方がいいぞ。俺たちがバーミリオンをとらえたら、その金で兄ちゃん達を買ってやるからよ」
癇に障る、下卑た笑い声。野卑な視線に晒され徐々に思考が冷えて行く。
「足手まといにはならんよ」
男に視線をやり、軽く口の端を上げてみせる。
「折角この町まで来たんだ。少しぐらいは『遊ばせて』やろうと思ったんだがな。気が変わった。遠慮なく私が奴の首を頂くとしよう」
喉の奥で笑いを噛み殺し、お前たちの出る幕はないよと優しく諭すようにささやく。
一瞬の静寂。
何を言われたのかを、ようやく理解した男が再び口を開きかけた時、大気を引き裂く爆音が轟いた。
地面が揺れ、木端微塵に砕けた関門の破片が飛んでくる。
「来たぞっ!!」
―――赤く輝く広場に影が踊りだした。