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第6話:夢から覚めて

☆これまでのあらすじ

 高校教師として忙しい日々を送っていた小星結花は、初めて受け持ったクラスの卒業式を終えほっと一息をつく。

 一方結花の受け持ったクラスの卒業生の1人である黒木彗太は、先生と初めて会った昔の事を夢で思い出していた。

 自分が中学に上がったばかりの時に、父親が突然亡くなったこと。母親が涙を流している現状を見て、自分がしっかりしなければと孤軍奮闘していたこと。そんな時に出会った1人の女性が現在の担任になったこと。


 今回から現在のお話になります。

 夢から覚めた彗太が今思う事とは?

「…さむっ。もう3時か」

 卒業式を終えてから先生の話を聞いてからというものの、その後の待ち時間中につい居眠りをしてしまった。

 昔の夢を見てた気がするんだが、気のせいだろうか…。

 夢というのは起きてから覚えているケースの方が圧倒的に少ない、俺が何も覚えていないのは至極当たり前のことだった。

 ”彗太君とはこの春から先生と生徒だからね! 学校ではちゃんと先生って言うのよ?”

 3年程前のこの時期に、彼女からそう言われてからというものの。プレイベートな時でも小星先生とか結先生とか。語尾に『先生』とつける妙な感じが、正直嫌だった。今更他人行儀というか、距離が遠く離れた感じが否めないしな…。当の本人は、俺が先生という言葉を彼女に浴びせる度に言われる自分に酔いしれていた感はあるのだろうけど。

 そんな事を考えている自分を客観的にみると、もう随分前から彼女の事が好きだったんだと実感する。

 時折見せる彼女を笑顔が見て気持ちが和む。そして、その笑顔を守りたい。そして何より対等で居たい。

 そんな事を思いながらずっと過ごして来て、今漸く卒業式が終わった直後だった。

 やっと学生兼社会人という何とも言えない所から、学生と言う肩書は消えて、彼女と同じ社会人になる。

 まぁ、一応今月一杯までは学生という肩書は依然として消えないのだが…今日が良いきりなのは言うまでもない。だから、先生…もとい、結さんとはもう生徒と先生の関係は辞めと言う事をはっきりいって、これから先の彼女との関係を築いていきたい。

 そんな意味でも本日中に、結さんに伝えたい事があった。

「てか結さんどこにいるんだ…。部活にいる…よな。いや、その筈…、前もって確認したし。こうしちゃいられない、グラウンドに行くか」

 そんな事を考える間にも時間は過ぎていく。

 結さんは学校へ出勤するのに自家用車を使っているから、今日はその帰宅間際のタイミングを見失うと、もう2人きりになる時間は先ずない。

 というより、俺が今日で学校に行く理由がなくなるし、彼女との繋がりが希薄になる今、どうにか現状を打破したいのが大きい。

 それなら結さんの自宅前で待ち伏せ…。いやいやいや、ストーカー的な事は流石に辞めたい。そもそも待ってた所で、結さんの両親がすぐ傍にいるところで行動に移すっていうのもちょっとなあ…って感じだし。

 正に思い立ったが吉日。その言葉を体現するような行動を本日はする予定だった。


 *********


「ほらー! もっと声出しなさい!」

 グラウンドの防球ネットの所へ着くと、さっそくお目当ての人が居た。何十人もの野球部員が隊列を作りながらアップをしている中に混じって、最後尾に結さんがいる。相変わらず活発パワフルな人だな。

 野球部員に混じって、監督である結さんが一緒に練習する事は割とよく見かける光景ではあるが、うちの硬式野球部の基本的な指導は、ここ3年間結さんがほぼ全て1人で仕切っている。

 ”硬式野球部の顧問になっちゃったんだけど、練習メニューの意見が聞きたいなあ”

 何て言われた時には、俺も一緒になって練習メニューを一緒に考えたものだが…。最終的な練習メニューは結構変わってしまったな。改善に改善を重ねて、自分でも実際に動いて肌で感じて、時にはプロからの意見も取り入れた現在の練習メニュー。俺自身は傍から見る限りもう何も言うことはないというのが実感である。

 そういえば結さんの父も、俺がまだ野球をしていた頃は練習メニューを工夫する人だったから、その辺は父親に似たのだろうか。


 *********


「よく硬式野球部の監督何て引き受けたよね先生。元々ソフトボール選手なのに」

 常日頃から思っていた疑問を、ある時結さんにぶつけてみた。硬式野球を指導するなら硬式野球部出身の人が指導にあたるのが一般的だからだ。

 ”元々ここの高校の硬式野球部は弱小だったからね。万年一回戦コールド負けだったし…。硬式野球部の顧問とか、部活動の中でも練習時間が長い方だし、先生方は誰もやりたがらなかったのよ。そんな中で、硬式野球経験者の前監督が定年で辞めちゃって、続けて見てくれる人がいなくて私がやったって感じだね。そもそも、うちはソフトボール部がないから。ソフトボール部があったのならそっちの監督をやっていたかもしれないけど”

 結さんは教職に就く直前には、日本ソフトボール界の第一線で活躍するピッチャーになっていた。

 最高球速110kmを超える速球を武器に、コントロールも変化球のキレが良いからか、後少しで日本の代表のエースピッチャーという所まで行っていたのだ。

 そんな彼女に、ここぞとばかりにこんな質問をぶつけてみた。

 ”そういえば、ソフトボール選手にならなかったのはなんで?”

 この質問に、彼女は右腕で口元を包む動作をする。深く考え込む時に良く見かける彼女の癖だ。

 ”高校の時ソフトボール部の監督が、今の私にとっての一番の恩師なんだけど。大学に通ってる時に一度母校を訪ねて、先生に就職の相談をしたんだよね。その時に、「ふむ、教職かソフトの選手になろうかで困っているのか…。教職自体は仕事量多いから、生半可では続けて居られないと思うのは覚悟しているかい。…そうだ、教職とで迷っているなら家庭教師とか塾講師とか、あとは…子供の面倒をみるバイトとかでもしてみればいいんじゃないか」なんて言われたのが切っ掛けで、近くで募集があった保育補助のバイトをずっと続けたんだけど。結局大学卒業間際まで、どっちにするかの答えは見つからなかったのよね”

 ”子供の面倒みるバイトをしているなら、保育士とか小学校の教師とか選択肢にはなかったの?”

 当然の疑問だった。保育士の様な仕事であれば、似たような仕事としては保育士と小学校の低学年向けの教員の方が近いからだ。

 ”保育士に関しては給料が安定しないからねー。その割に結構きついから遠慮しちゃったかな…。小学校教師に関しては、そもそも論として、英語が壊滅的に苦手なのが大きいんだよね。大学でも何とか英語を極力かわしながら生活してきたし…。まぁ、小学生程度の英語の授業は簡単だし、基本的に専門の先生が別でついてはくれるから、何も問題ないっちゃ無いんだけど。それでもしんどいのには変わりないからねー。だからパスって感じ。後は中高大のどれかにしようと思って、高校の枠が丁度募集があったから今の職って感じだわ。数学だけは得意だからね!”

 この時驚いたのは、体育教師という選択肢は微塵も出さず数学教師を選んだことだと思う。

 周りの皆は、彼女の事を学年主任や教頭よりも怖い。なんて言うけれど。それは芯を持ってる人だからだと思うんだよな。

 で、そんな俺はというと。

「あれ、メールか…」

 よく聞くメールの着信音が、俺のスマホから流れる。仕事場からのメールだ。

 ”差出人:所長 件名:明後日の仕事内容についての事前ヒアリング 本文:高くて怖くて危ない仕事と、低くて寒くて安全な仕事があるんだけど。どっちがしたい? 両方とも期間は明後日(あさって)から1週間程度の予定ね。返答がなかったらきつい方の仕事を回すよ! それから明日は朝9時には出社しなさい。”

 いつも通り、所長からの妙な仕事のメールが届く。

 完全に所長に遊ばれてるよなぁ俺。まぁ何時いつもの事だけど…。

 高くて怖くて危ない仕事ってなんだよ。そもそも高い低いってなんだ。給料の差?

 だとすると、給料が高くて恐怖を感じる危ない仕事と、給料が低くて寒さを感じるけど安全な仕事…?

(ま、まぁ…。流石に命の危険は無い…よな?)

 ”差出人:黒木彗太 件名:Re:明日の仕事内容について 本文:よく分からないので、取り敢えず高くて怖くて危ない仕事の方をやります。”

 そう思った俺は、高いという項目に惹かれて、高くて怖くて危ない仕事を選んだのだった。

 父が亡くなってからというものの、普通の仕事にはありつけない自分を拾ってくれた所長には感謝と同時に、奇妙な日常を手に入れた気がするのは、気のせいではないのだろう。

 そんな事をふと、考えていた時だった。

「あ!」

 スマホからピピピピッとアラームが鳴り出す。

 それは俺の趣味である、ゲームの為に普段から鳴らしているアラームの音だった。

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