第4話:助け舟
今回は引き続き、同じ時間帯の黒木彗太君の物語です。
”それじゃあ何時でも気軽に掛けて来なさい。野球の方は気が向いたらで良い。お母さんを大事にな”
妹たちの迎えに向かっている俺は、電話越しのその言葉を最後に、監督からの電話を切る。
「あー…これからの事どうしよ。絶対家に貯蓄とかないよな…」
電話を終えてからの開口一番。出た独り言がそれだ。
俺が知っている限り、支払いなどで家は滞ったような事は無いけど、ただでさえ子供が3人でお金がかかるうえに俺が野球をしていたし、きっとローンとかも組んでただろうし…。貯蓄とかそんなにある訳ないだろうというのは想像に難くない。
「お金か…。父さんの生命保険とかは…。いや、ないな」
その時、生命保険の人が家に来てた時の事を思いだした。
母さんと話をしていたのを数回見た事はあるが、その時は我関せずと殆ど素通りしてしまっていた。ただ1つだけ覚えているのは、掛け金を下げるという様な話だ。なら尚更大した保険が下りる訳がない。
色々と詰んでないか今の状況。というのが客観的にみた自分の印象だった。
先週何かは、今後の自分の事を色々と考えていたんだけどな。
高校の入学先についてはスポーツ特待を狙えば授業料を何とかと思っていたし、その先の大学まで行こうとすれば特待生は当たり前で、プラスして奨学金を借りれば何とか行けると思っていたんだけどな…。
でも、それはもう無理だ。その話はそもそも、父さんが健在しているのが前提の条件だから…。
それに、この事に関しては野球が出来なくなるのであれば意味がない。そもそも野球をする為に考えてた進路だ。勉学の為に大学に行くとかは……ないな。今はそうしたいとは思ってはいない。
野球を辞めるとなれば、余程の事が無い限り高校を出たら間違いなく就職するだろうな。
(あー…。父さん、なんで死んじゃったんだよ…)
今の俺の心境といえばそんな感じだった。
*********
それから暫くして、俺は2人を預けたというあおぞら保育園の入り口へと到着する。
「下駄箱…靴どこに入れればいいんだ。わからないからここに置いておくか…」
この建物に直接入るのは今日が初めてだ。今までは、遠目からしかこの建物を見たことが無い。
”それじゃあ彗太は此処で待っていてね”
母さんのその一言を車内の助手席で毎度の様に聞いていた俺は、この建物の入り口を眺めながら、円と啓司を連れて戻ってくる母さんを見るのが常だった。
「すいません、黒木ですけど。母の代わりに2人を引き取りに来ました」
正直どうすれば良く分からないので、入口の傍にある受付らしき窓口に近付くなり、取り敢えず中に居る人影に向かって声を掛ける。
「はい、どの様なご用件でしょうか」
当たり前のことだが、顔の全く知らない人が応対に出る。3…いや、40代ぐらいの保育士の人かな?
「済みません…。黒木というものですが、妹の円と弟の啓司を迎えに来ました」
「あら、黒木さんの所の…? うーん…。えっとですね。何か身分証明が出来るものってあります? 学生証の類でも良いんだけど」
学生証学生証…あれ? そういえば財布もないな。…そうか、練習場所に色々と置いたままだったな…。すっかり忘れてた。
「あー、…持ってないかも…です。えっと、携帯は持っているんですけど駄目ですか? なんなら母さんに連絡を取って貰っても良いんですが」
そう言いながら俺は、急いでスマホで母さんに連絡を取る。
……あれ。でないな…。電話中か…。
「うーん。先日ちょっとした苦情を、とある親御さんから頂きまして。本人確認が出来ない方には、お預かりした子供の引き渡しを出来ない様に、先日規則で決めちゃってしまったんですよね…」
「マジすか…。あ、いや! なんとかなりませんかね…今回だけでも」
正直言って、母さんに余計な迷惑を掛ける様な事を今は出来るだけ避けたい。
「いえ、そう言われましても…」
「いや、ちょっ!」
俺がどうしたらいいかその場であたふたしていた、まさにそんな時だった。
「どうしたんですか~住田さん!」
その言葉を聞き俺は振り返ると。俺が入って来た所と同じ方向から、20歳ぐらいの女性が此方へと歩いて来たのだ。
「あ、小星さん。此方の方がちょっと…」
俺を応対していた女性が、困った顔をしながら俺の後ろに居る小星という女性を眺める。
…ん? 小星…?
「…あら、黒木さんの所の子じゃないの」
「小星さん。この子の事、知ってるの?」
「いや、先輩。知ってるも何も。この子、八重さんのお子さんですよ。よくその野球のユニフォームを着たまま、車の中で待っているのを見掛けてますし」
いや、ここから車の中って…。
そう思った俺は、普段車を置いている場所を、車があると仮定して普段車を止めていた場所を眺める。
助手席を軽く倒していつも戻ってくるのを、寝ながら眺めているのだから、見えても顔半分とかになる筈なんだが。ま、いいか。
「あら、そうなの?」
「はい、ですから身元は私が保証しますよ。それじゃあ、私はお二人を連れて来ますので。少々お待ち下さいね」
「え? あ、はい。お願いします」
助かった。下手したら母さんに余計な迷惑を掛けることになっていたからな。
(っとそんな事考えてる場合じゃない、調べ物をしないと…)
そう思った俺は、2人がこの場を離れると同時に、その場で1人調べ物をする為にスマホをいじるのだった。