第3話:小星家家族会議
今回は、ほぼ同時刻の小星結花視点のお話になります。
(小星家の力関係)は
母>>>父>>結花=裕太
な家庭ですが。
(家庭内での発言力的なもの)は
結花>母>父>>>>>>>>>裕太
という不思議な家庭です。
「お帰りなさい。どうしたの、難しい顔して」
近くの野球チームで指導を終えた父は、何時もの様に玄関口で母に出迎えられる。
「いや…まぁ。ちょっと色々あってな。鞄頼む」
「はいはい」
私が最近始めたバイトの出勤時間が、父の帰宅と似たような時間であるため。
私がリビングでスキンチェックミラーを見ながら出勤の用意している所に、父が帰宅するのは良くある事だった。
「結花か。…ったく、化粧をするなら自分の部屋でしなさい」
「えー。別に良いじゃん。すぐ終わるし…。…お帰りなさい」
このやり取りはいつもの事。そんなものだから、些細なもので気にしていなかったのだけど。
「むぅ…電話だ。…おぉ、黒木か! 連絡が無いから心配したぞ。そんな事は気にするな。それで親父さん、大丈夫だったか?」
帰宅早々電話に出た父は、誰かとやり取りをしていた。
「それは残念だ…。ところで黒木。お前は…大丈夫か? …うん。ふむふむ…。…そうか。俺の親父も自分が高校生の時に亡くなってなぁ…」
その時父は、肩を竦めながら電話相手に対して、当時の事を語り出すのだった。
*********
そういえば、私の母が当時の父を振り返り、父に関してこんな事を言っていた。
”お義父さんが亡くなった直後、うちの人も結構荒れてねぇ。根が真面目だったからか、落胆してからの暴れようといったらそれはもう…。髪型をこう…アフロ? じゃなくてリーゼント? そんなのにして学年主任に頭髪検査で怒られた事があってねぇ。その時学年主任と危うく取っ組み合いになったのよ。…まぁその時は私がなんとかしたんだけどね”
そんな事を母は言いながら、何かを投げる様な仕草をとる。
いやちょっと待ってよ。父を投げたって事?
そういえば、普段うちの父はとても温厚だけど。お酒を飲むと暴力を振るう訳ではではないが、何と言ったらいいのだろう…。暴君? そんな表現が正しいのだろうか。まぁ、そんな状態になる。
そういえば一昨年にも、高校ソフトの最後の試合で、私が負けて家でいじけていた時。
”何時までもくよくよすんじゃねえ! こっちは酒飲んでいー気分だったのによぉ…。傍でいじけられると家が辛気臭くなるじゃねーか!”
などと言われ、片手で摘まみ出された。私は必死に抵抗したのに、片手でぽいっと…。
「それじゃあ何時でも気軽に掛けて来なさい。野球の方は気が向いたらで良い。お母さんを大事にな」
そんな父は、その言葉を最後に相手から掛かって来た電話を、少々気にしながら切るのだった。
「ちょ、ちょっと。お父さん! 今の話は何よ。相手の人のお父さん? が亡くなったって…」
「む…。丁度良いか…。ちょっと相談したい事があるのだが、今時間はあるか?」
私の問いに質問で返した父は、反対側のソファに腰を掛けながら、私の返答を待つ。
突然の展開に、私は頭が追いついてこない。まさか急に相談を持ち掛けてくるなんて、思ってもみなかったからだ。
「時間はまだ大丈夫だけど、15分後ぐらいに此処を出るまでなら…」
前によく相談に乗った時は、確か自分のチームのスタメン決めの時だったかな。自分のチームなのに私に相談するっていうのもどうかと思ったけど。
「あらあら、どうしたのお父さん。私に相談する前に娘に相談ですか?」
その為か、キッチンで聞き耳を立てていた母も、私達の会話に参加しようとする始末だった。
*********
「あらあら…」
「それは大変だね…」
おおまかな事情を聞いた母と私は、それぞれ父に対して言葉を返す。
野球の指導をしていた中学に入学したばかりの子の父親が、ついさっき亡くなったのだ。その子が野球を始めた時から交流があった父としては、考え込むのも当然のことだった。
「それでだな。俺としては、あいつの家の経済状況が余り良くないのも知っているのだが。色々と事情を知ってるこっちからすれば、このまま何もしないっていうのも…。その、な…」
体格の良い父が、しょぼくれたまま私達に相談をしている。それだけでも相当悩んでいるというのは直ぐ分かる。
正直いって、裕太が部活動でここに居なくて良かった。こんな他人の息子を心配するような父を見て、きっと裕太は何か思うことがあっただろうというのが、容易に想像がつくからだ。
「うちもまだ手のかかるのが2人いますからねぇ。金銭面での援助はちょっと厳しいわね」
「…むぅ。甲斐性がなくて済まんな」
そんな母の言葉に、父は更にしょぼくれると、軽くため息をつきながら言葉を返す。
そもそも、私と裕太がどちらもスポーツをしていて、ただでさえお金がかかる上に、裕太も今後大学に行く予定を控えている。
うちの両親は、自営業と言っても小さな通販サイトの経営なのだから、サラリーマンよりは収入が良いものの、そこまでではない。
他の家庭に対して、資金援助するのは土台無理だろうというのは、流石に私でも分かる。
…それなら。
「ねえ、お父さん。それならこっちで出来る事をしてみたらどうかしら」
「…どういう事だ?」
私の突然の提案に、父はソファーを座り直すと、口元に手をあてながら私の話を聞こうとする。
「単純よ。こっちで出来ることを提示してあげるのよ。出来ることと言ったら…そうだねぇ、労働力? お母さんとお父さん、正直いって普段割と暇じゃないの」
「お前、ずけずけと両親に暇とか…。まぁ割と暇だが」
「そうねぇ。仕事をする時間以外は結構暇ね。業者の持ち込みとかで出払う時はあるけど、それ以外は基本家にいるから」
やっぱり暇なんじゃん。
「それなら余った時間で、黒木君の所に労働力として提案するのと。後他に何かできないかな…。あ、経済状況の周知とか! 彗太君の家の経済状況って結構やばくなるよね。彗太君のお母さんは今専業主婦で働いていないっていうし…。それに、彗太君って年齢の割にしっかりしてるんでしょ? それならやっぱり、自分の家庭の経済状況を1番に考え出すと思うのよね。でも、12歳の子が行き成り自分の家の経済状況とか、そんなの分かるわけないし。お母さんも色々と大変そうだから、言うにもなかなか言い辛い事だろうし。だからそれを、私らで計算して察してあげるの」
多少思いつきな所もあったけど、そこまで方向性は可笑しくないよね…?
「そもそも他所の家の経済状況なんて、私らに分かるのかしら」
母の疑問は当然のだと思う。昔なら計算するのは難しいだろうけど。
「そこは大体で良いと思うよ。向こうは育ち盛りの子が3人に母親。こっちは両親と良く食べる子供2人。だから1年単位の食費計算は大して差がないからすぐわかるし。学費とか交際費諸々は、ネットで調べれば一般的なのはすぐわかるじゃない? それで彗太君が例えば…。そう、高校卒業までに今のままだとどれだけお金が足りないかさえ直ぐ分かれば、自ずと今しなきゃならない事が分かるじゃない」
自分で言ってて笑いそうになったわ。まぁ確かに、私と裕太は良く食べるけどね。
「うーむ、やっぱりお節介か? そんな事に私らが踏み込んで良い事なのかどうかが逆に心配になって来た…」
「もー。お父さんが言い出した事じゃないの、しっかりしてよ! 現状は母親が自分の両親と話をするだろうし、それで恐らく一時凌ぎの生活資金は大丈夫だとは思うけど。今後の事を考えると、生活していくための収入と出ていく支出。それを考えると、結構厳しい感じになるのは間違いないと思うよ。彗太君の母親の方は恐らく働き始めるだろうけど。そもそも専業主婦からブランクがあるんだから、そんな良い仕事も就けるかといったら微妙でしょ? それに、母親が働き出したら子供3人の面倒は誰がって話になるし。必然と一番上の彗太君の方にも結構な負担が来ると思うわよ」
中学1年生の彗太君が、妹さんと弟さん2人の面倒を見ることになったらと思うと。とても可哀相な事になるのは目に見えている。
「なるほど。そうなると、俺らが出来る事というのは…」
「彗太君の所のお爺さんお婆さん方がどうするかにもよるけど。彗太君のお母さんが、子供達の相手をする事が、基本的な負担になる可能性大だから。うちらがするならやっぱり、子供の面倒とか彗太君に家事の類を教えたり、実際に家事自体を手伝うとかが良いんじゃない? そこは向こうの親と相談で、此方に労働力がありますよーって感じで言えばいいと思う。大事なのは、此方が先回りして気にしてあげることだと思うよ」
「なるほど、先回りか…。ちょっと考えてみよう。取り敢えず色々と調べてくるか…」
そう言うなり、父は頭を掻きながら自室へと籠りに行くのだった。
そんな父を見送ると、母はぽつりと。
「ほんと頭が良く回る子ねぇ。一体誰に似たのかしら」
横目で私を見ながらそんな事を言いだす。
「いや、お母さんに似たんだよ!」
よく言うわ。私が以前ソフトで一度挫けそうになった時に、今までかかった費用一覧を紙にまとめて見せつけては、”あなたはこれをみてもソフトボールを辞められるの?”とか半分脅してた癖に。
「っと、ちょっと早いけど時間だわ。バイトあるからそろそろ出るね」
「はーい。いってらっしゃい」
そんなこんなで出勤の時間が近くなった私は、バイト先に行く為に自宅を出たのでした。